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全力で愛してくれ2
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「じゃあ今回はここまで」
櫂斗がそう言ったのと同時に、チャイムが鳴った。
受験生相手の夏休み特別講座が終わると、櫂斗の仕事は概ね終わりだ。ザワついた教室を出ると、エアコンが効いていた室内とは違い、暑さと湿気が襲ってくる。櫂斗はその不快さに顔を顰めると、早足で図書室に向かった。
あれから、亮介はバタバタしながらロケに行き、櫂斗は少し寂しい気持ちで過ごしている。
(一ヶ月か……長いな)
仕事の内容は聞けないけれど、大掛かりな撮影だと聞いた。チームで作るとはいえ、あのバタバタした中でコンテやカット割りなども考えていたらしいから、亮介のキャパシティはかなりのものだと思う。
図書室の鍵を開けると、そこもまた暑くて不快な空気が櫂斗を襲った。真っ先にエアコンのスイッチを入れ、窓を開けて暑い空気を外に出す。
櫂斗の担当教科は現国だ。それもあってか図書室の管理を任されて、自習する生徒や本を読む生徒を見守っている。と言っても図書委員がいるので、櫂斗は隣の図書準備室にこもって勉強したり、デスクワークをするだけなのだが。
そして、櫂斗はここで仕事をするようになって、ある本にハマっていた。図書室にいる間だけそれを読むようになり、今日もそれの続きを読もうと思っていたのだが。
(さすが私立校、本の量も多くてよく揃ってる)
今まで誰かが借りた直後に読んでいた本だったから、本棚に返す前のものを取って読んでいた。しかし今日はそれが見当たらなくて、続きを探したら棚の上の方にある事に気付く。
櫂斗は脚立に登って手を伸ばす。右肩が怪我の後遺症で少し上がりにくいので、利き手ではない左手を伸ばした。けれど、ぎっちり本棚に本が収まっていてなかなか抜けない。
「ああもう……」
腕が痛くなってきたので一度休憩すると、下から声を掛けられた。
「先生、取ろうか?」
見ると、図書室によく来ている三年生だった。三年生という事は、櫂斗も講座で会っているはずだけれど、名前が思い出せない。
「ああ……悪い、よろしく」
櫂斗は素直に脚立を降りて彼にお願いする。交代して脚立を軽やかに上った彼は背が高く、半袖から見える腕は適度に筋肉が付いていて、櫂斗は思わず視線を逸らした。
「先生、どれ?」
「そのシリーズの三巻……そう、それ」
目的の本を持って降りてきた生徒は、はい、と櫂斗に本を渡す。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして。……堀内先生、右肩が少し不便なの?」
そう言って微笑んだ生徒は、先生という立場の櫂斗に敬語を使わない、言い方は悪いが馴れなれしい雰囲気の男だった。見た目も茶髪で、ワックスで毛先を遊ばせて軽い感じで、でも清潔感はあるので見た目にも気を遣っている感じだ。
見た目に気を遣うなら、言葉遣いにも気も遣えよ、と櫂斗はこっそり思う。
「……ああ、君は確か一組の……」
「相原琢磨。先生、右肩だけじゃないよね? 足も時々不便そう」
櫂斗は驚いた。ほぼ元通り怪我が治ったとはいえ、天候や体調によっては痛んだり動かしにくかったりするのだ。よく見てるな、と相原を見る。
「ああ……よく分かったな。事故の後遺症だ」
「そっか。……その本面白いよね、ホラーだけど純愛」
相原も読んだのか? と聞くと一年の時に、と返ってきた。本の趣味が合う人と久しぶりに会ったので、櫂斗は嬉しくなって笑う。
「だよな。俺、この作家さん元々好きなんだ。教師になってから発売された本はなかなか読めてなくて……」
「……そういえば、堀内先生は今年の三月から赴任してきたんだよね? その前も教師だったの?」
櫂斗はまた驚く。正式に授業を始めたのは四月だし、三月は準備で生徒の前に出たことは無かったはずだ。
そして、櫂斗にある勘が働く。これはもしかして、厄介な人に出会ってしまったのかもしれない。
「まあ、塾と非常勤だけどな。……これ、ありがとう」
櫂斗はそう言って、笑顔で去ろうとした。しかしその進路を相原は塞ぐ。櫂斗は作り笑顔でまだ何かあるのか? と聞く。
辺りは他の生徒もチラホラ来ていて、無下に扱うこともできない。
相原はニッコリ笑う。コイツ、分かっててやってるな、と櫂斗は更に警戒した。
「堀内先生に今日の講座で分からなかったところ、聞きたくて。準備室入ってもいい?」
「あそこは生徒立ち入り禁止だぞ」
参ったな、と櫂斗は内心ため息をつく。やはり厄介な事になりそうだ。
「大体、その茶髪は何だ。身だしなみと、言葉遣い直してから来い」
櫂斗はそう言って、強引にその場を離れた。後ろで、分かりました~と軽く笑ったような声がする。
(これだから男子校は嫌なんだ……)
櫂斗は準備室に入ると、大きなため息をつく。
櫂斗自身が男子校に通っていた時、かなり良くないモテ方をしていたのを思い出しかけて、頭を振ってかき消した。
『テストで零点取るより堀内を犯す方が簡単だ』
誰かが櫂斗の事を揶揄した言葉だ。自業自得とはいえ、もうあんな風には言われたくない。
男子校という狭い空間の中で、男同士疑似恋愛をする人もいる。櫂斗はそんな生徒たちの格好の相手だった。ましてやここは全寮制だ。
(いや、考えるのはよそう)
櫂斗は椅子に座ると、持っていた本を読み始めた。
櫂斗がそう言ったのと同時に、チャイムが鳴った。
受験生相手の夏休み特別講座が終わると、櫂斗の仕事は概ね終わりだ。ザワついた教室を出ると、エアコンが効いていた室内とは違い、暑さと湿気が襲ってくる。櫂斗はその不快さに顔を顰めると、早足で図書室に向かった。
あれから、亮介はバタバタしながらロケに行き、櫂斗は少し寂しい気持ちで過ごしている。
(一ヶ月か……長いな)
仕事の内容は聞けないけれど、大掛かりな撮影だと聞いた。チームで作るとはいえ、あのバタバタした中でコンテやカット割りなども考えていたらしいから、亮介のキャパシティはかなりのものだと思う。
図書室の鍵を開けると、そこもまた暑くて不快な空気が櫂斗を襲った。真っ先にエアコンのスイッチを入れ、窓を開けて暑い空気を外に出す。
櫂斗の担当教科は現国だ。それもあってか図書室の管理を任されて、自習する生徒や本を読む生徒を見守っている。と言っても図書委員がいるので、櫂斗は隣の図書準備室にこもって勉強したり、デスクワークをするだけなのだが。
そして、櫂斗はここで仕事をするようになって、ある本にハマっていた。図書室にいる間だけそれを読むようになり、今日もそれの続きを読もうと思っていたのだが。
(さすが私立校、本の量も多くてよく揃ってる)
今まで誰かが借りた直後に読んでいた本だったから、本棚に返す前のものを取って読んでいた。しかし今日はそれが見当たらなくて、続きを探したら棚の上の方にある事に気付く。
櫂斗は脚立に登って手を伸ばす。右肩が怪我の後遺症で少し上がりにくいので、利き手ではない左手を伸ばした。けれど、ぎっちり本棚に本が収まっていてなかなか抜けない。
「ああもう……」
腕が痛くなってきたので一度休憩すると、下から声を掛けられた。
「先生、取ろうか?」
見ると、図書室によく来ている三年生だった。三年生という事は、櫂斗も講座で会っているはずだけれど、名前が思い出せない。
「ああ……悪い、よろしく」
櫂斗は素直に脚立を降りて彼にお願いする。交代して脚立を軽やかに上った彼は背が高く、半袖から見える腕は適度に筋肉が付いていて、櫂斗は思わず視線を逸らした。
「先生、どれ?」
「そのシリーズの三巻……そう、それ」
目的の本を持って降りてきた生徒は、はい、と櫂斗に本を渡す。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして。……堀内先生、右肩が少し不便なの?」
そう言って微笑んだ生徒は、先生という立場の櫂斗に敬語を使わない、言い方は悪いが馴れなれしい雰囲気の男だった。見た目も茶髪で、ワックスで毛先を遊ばせて軽い感じで、でも清潔感はあるので見た目にも気を遣っている感じだ。
見た目に気を遣うなら、言葉遣いにも気も遣えよ、と櫂斗はこっそり思う。
「……ああ、君は確か一組の……」
「相原琢磨。先生、右肩だけじゃないよね? 足も時々不便そう」
櫂斗は驚いた。ほぼ元通り怪我が治ったとはいえ、天候や体調によっては痛んだり動かしにくかったりするのだ。よく見てるな、と相原を見る。
「ああ……よく分かったな。事故の後遺症だ」
「そっか。……その本面白いよね、ホラーだけど純愛」
相原も読んだのか? と聞くと一年の時に、と返ってきた。本の趣味が合う人と久しぶりに会ったので、櫂斗は嬉しくなって笑う。
「だよな。俺、この作家さん元々好きなんだ。教師になってから発売された本はなかなか読めてなくて……」
「……そういえば、堀内先生は今年の三月から赴任してきたんだよね? その前も教師だったの?」
櫂斗はまた驚く。正式に授業を始めたのは四月だし、三月は準備で生徒の前に出たことは無かったはずだ。
そして、櫂斗にある勘が働く。これはもしかして、厄介な人に出会ってしまったのかもしれない。
「まあ、塾と非常勤だけどな。……これ、ありがとう」
櫂斗はそう言って、笑顔で去ろうとした。しかしその進路を相原は塞ぐ。櫂斗は作り笑顔でまだ何かあるのか? と聞く。
辺りは他の生徒もチラホラ来ていて、無下に扱うこともできない。
相原はニッコリ笑う。コイツ、分かっててやってるな、と櫂斗は更に警戒した。
「堀内先生に今日の講座で分からなかったところ、聞きたくて。準備室入ってもいい?」
「あそこは生徒立ち入り禁止だぞ」
参ったな、と櫂斗は内心ため息をつく。やはり厄介な事になりそうだ。
「大体、その茶髪は何だ。身だしなみと、言葉遣い直してから来い」
櫂斗はそう言って、強引にその場を離れた。後ろで、分かりました~と軽く笑ったような声がする。
(これだから男子校は嫌なんだ……)
櫂斗は準備室に入ると、大きなため息をつく。
櫂斗自身が男子校に通っていた時、かなり良くないモテ方をしていたのを思い出しかけて、頭を振ってかき消した。
『テストで零点取るより堀内を犯す方が簡単だ』
誰かが櫂斗の事を揶揄した言葉だ。自業自得とはいえ、もうあんな風には言われたくない。
男子校という狭い空間の中で、男同士疑似恋愛をする人もいる。櫂斗はそんな生徒たちの格好の相手だった。ましてやここは全寮制だ。
(いや、考えるのはよそう)
櫂斗は椅子に座ると、持っていた本を読み始めた。
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