上 下
30 / 39

【番外編】全力で愛してくれ1

しおりを挟む
「え? 来週からロケで一ヶ月帰ってこない?」

堀内ほりうち櫂斗かいとが恋人の来島きじま亮介りょうすけから、それを聞いたのは、七月の下旬、学生が夏休みに入った頃だった。

「ずいぶん急に言うんだな」

櫂斗はできた夕食の回鍋肉を食卓に運びながら、亮介を見る。彼はノートパソコンで何かを打ち込みながら「ああ」と素っ気ない返事をした。

(あ、こりゃ仕事モードだな……)

櫂斗はそれ以上何も言わず、そっと食卓に食事を並べていく。亮介は集中していると寝食を忘れるらしく、この状態なら櫂斗が何を言っても聞いていない事が多いので、話は食事の時にしよう、と櫂斗は諦めた。

亮介は人気アーティストの真洋まひろが所属する、芸能事務所のカメラマンだ。真洋が以前仕事をしたカメラマンから紹介され、事務所の社長が直々にジャケ写の依頼をしたのがきっかけらしい。

(よりによって夏休みと重なるのか)

櫂斗は内心ため息をついた。

櫂斗は全寮制男子高校の教師だ。自身も男子校にいた櫂斗としては良い思い出がないので躊躇ったけれど、引き抜きに来た理事長の甥が櫂斗の仕事を高く買ってくれ、話を引き受ける事にした。

夏休みとはいえ受験生相手に講座を開いているので、休みは普通のサラリーマンと変わらない。お盆休みくらいはあるので、そこで亮介とどう過ごそうかと考えていたのに。

(旅行とか、行けると思ったけどな……)

しかも一週間前に言うとは、と櫂斗の気分は落ち込んだ。日帰りでもいいから、亮介と非日常を楽しめると思っていたので、残念で仕方がない。

紆余曲折あって付き合い始めて七ヶ月。櫂斗の大怪我もあり、身体が元に戻るまで色々と控えていた部分があったけれど、もう元の生活に慣れたし、セックス以外に恋人同士らしい事をしてみたいと思っていた矢先だった。

櫂斗は二人のお茶碗を食卓に置くと、亮介に声を掛ける。

「亮介、ご飯できたよ」

「ん、ああ……サンキュ」

そうは言うものの、亮介はパソコンから目を離さず、手も止めなかった。眼鏡の奥の二重の目がじっと画面を見ていて、その真剣な眼差しについ見蕩れてしまう。

(ハッ……だめだ、見蕩れてる場合じゃない)

気を取り直し、櫂斗は亮介の肩を叩く。

「亮介」

すると彼は画面から目を離した。櫂斗と視線が合うと、目尻を下げて笑う。

「わり、集中してたな」

「ううん。……食べよう」

亮介はパソコンを閉じて自室に持っていく。戻ってきた彼は「さっき何か言ってたか?」と聞いてきた。一応、話し掛けられていたのは気付いたらしい。

「ずいぶん急に言うんだなって」

櫂斗はそう言うと、亮介は苦笑する。

「悪い。社長の思いつきで、廃校を貸し切ってMVミュージックビデオ撮ることになったんだ」

どうやら今回の仕事は、学生が主人公で、青春がテーマの曲らしい。

「思いつきって……そんな急に撮影場所とか確保できるもんなのか?」

「いや……俺にだけ言うの忘れてたとか言いやがったから、わざとだな」

亮介は顰め面をして手を合わせた。櫂斗もいただきます、と手を合わせる。

「何で言わなかったんだ?」

回鍋肉を頬張りながら聞くと、亮介は顰め面のまま答えた。

「アイツ、俺がどれだけできるか試してんの。あれこれ指示して、でかい仕事をチラつかせて……ああ全部やってやるよ」

最後は吐き捨てるように亮介は言う。

櫂斗は一度だけ、亮介がアイツ呼ばわりする社長に会ったことがあるけれど、一筋縄ではいかない人だと言うのはその場で分かった。女装した男性だったけれど、その辺の女性より美人だったな、と櫂斗は思い出す。

(だから、隙間時間さえ惜しいのか)

納得した櫂斗は、今日櫂斗が帰ってからずっと、亮介がパソコンで仕事をしている事に合点がいった。

「だから櫂斗、また次の大型連休まで旅行はお預けな」

「な……っ」

何で分かるんだ、と櫂斗は顔が熱くなる。亮介はニヤリと笑った。

「俺のパソコンで検索したからだろ? 履歴も消さないで、バレないと思う方が不思議だ」

「う……」

パソコンの知識は浅い櫂斗だから、詳しい亮介には敵うはずがない。櫂斗は誤魔化すようにご飯を口にする。

「エロサイトは見なかったんだな」

ニヤニヤ笑いながら亮介は言った。さすがにそれは自分のスマホで見る、と思ったけれど、口には出さない。

二人はご飯を食べ終わると、食洗機に食器を入れる。櫂斗は亮介の手を止めた。

「あとはやっておくから、亮介はいいよ」

「は? いつも櫂斗が作ってくれるから、俺が片付けしてるんだろ?」

案の定俺がやると言われ、櫂斗は首を横に振る。時間が無いんだろ? と言うと、ため息をついて抱きついてきた。

「お前は……良い嫁さんになるよ」

「嫁かよ」

櫂斗はクスクスと笑うと、その唇に吸い付かれる。唇が離れると、亮介は優しい目をして櫂斗を見ていた。

櫂斗は亮介の目が好きだな、と思っていると、もう一度、もう一度と彼はキスをくれる。

「ん……」

思わず櫂斗は声を上げて亮介を抱きしめた。すると彼の中でスイッチが入ってしまったのか、触れるだけのキスが性感を高める深いキスに変わる。

「ちょ、時間無いんだろ?」

唇が離れた時にそう言って、櫂斗は離れようとするけれど、亮介は許してくれなかった。そして彼の強引さに困りつつも、許してしまうのだ。

「櫂斗……」

「な、に……?」

はあ、と息を吐いて亮介を見ると、彼は強い眼差しで櫂斗を見ていた。その視線に櫂斗は心の中まで丸裸にされたようで、落ち着かなくなる。

亮介が櫂斗の頬に手を当てた。それだけなのに櫂斗はビクンと身体を震わせ、下半身に熱が溜まっていくのだ。

(亮介の視線が……やばい)

時間が無いのに、と櫂斗は亮介の視線だけで興奮していく身体を抑えようとした。けれど快楽に弱い櫂斗の身体は、勝手に期待してどんどん熱くなっていく。

「亮介、仕事は……?」

「ん? こうやって、櫂斗で遊ぶくらいの余裕はある」

「……っ」

触らせて? イクところが見たいと言われ、櫂斗はやっぱりからかわれていた、と顔が熱くなった。

時間が無いとか言いながら、亮介が本当に余裕無くギリギリに済ませる事なんて無いのだ。本当、いい性格してるよな、と心の中で嫌味を言うと、亮介はニヤリと笑う。

「本当に余裕無かったら飯も食わねぇの、知ってるだろ」

「お前ホント性悪だよな」

櫂斗は亮介を睨む。けれど、亮介はそんな櫂斗を見て嬉しそうに笑うからタチが悪い。

「お前はホントに可愛いな」

「……っ、んっ」

櫂斗は耳たぶを甘噛みされ、肩を竦める。するりとシャツの中に手が入ってきてお腹を撫でられ、そのままその手が上に移動し、乳首の周りを撫でられた。

亮介は再び櫂斗の唇に吸い付く。唇をチロチロと舐められ、くすぐったさとゾクゾクするのとで身体がヒクンと震えると、キッチンのシンクに押し付けられた。

「ちょっと……ここで?」

「いつもと違う場所は、燃えるだろ?」

「いや、せめてシャワー浴びたい。汗かいてるし」

「……そっか。そうだよな」

珍しく亮介が肯定したかと思ったら、シャツをまくりあげられ、乳首に吸い付かれた。

「んっ! ちょっと、話聞いてるのかよっ?」

櫂斗は亮介の頭を胸から離そうとおでこを押すけれど、亮介の愛撫が気持ち良すぎて力が入らない。反対側の乳首も指で弾かれ、櫂斗の下半身は一気に熱くなった。

「……ホントだ、汗でしっとりしてる」

口を離した亮介はニヤリと笑って、悪くねーよ、と再びそこに吸い付く。櫂斗は思わず顔を顰めて、口元に手の甲を当てた。

「んっ、んん……っ」

実は強引にされるのも悪くないと思っている櫂斗は、この状況にも興奮する。マゾっ気があるのは自覚しており、亮介との出会いも、自ら痴漢されていたところを、本当に被害に遭っていると思った亮介に助けられたという経緯がある。

「り、亮介……」

櫂斗は彼氏の名前を呼ぶ。快楽に弱い櫂斗は、もう声が震えていた。亮介は唇が付きそうな距離で手を止めて櫂斗を見る。

「やっぱここじゃ……」

ちゃんと最後までしたい、と消え入りそうな声で櫂斗は言うと、亮介はクスリと笑った。

「分かった、可愛がってやる」

櫂斗は、亮介の優しいキスを受け入れた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

処理中です...