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それからしばらく雑談しながら食事をして、お開きになった。食事中、お酒が出なかった事に内心ホッとしていると、木村と晶と水春は、この後飲みに行くと言っていた。やはり病み上がりの櫂斗に合わせてくれていたらしい。

返事は亮介を通して返してくれればいい、と見送られ、亮介の車に乗り込み発車した。

「そう言えば、酒は弱いんだっけ?」

亮介が聞いてくる。車に乗ったとたん睡魔に襲われた櫂斗は、あくびをしながら答えた。

「そんなに強くない。……色々失敗したから、人前では控えてる」

失敗? 何したんだ? と聞かれたけれど、もう櫂斗は答えられなかった。ホント、すぐ寝落ちするんだから、と呆れた声が聞こえる。

「櫂斗、……櫂斗、着いたぞ」

次に気が付いた時には、櫂斗の自宅マンションの駐車場にいた。

「わり……寝てた……」

「……疲れてたんだろ。久々に外へ出たし、今日は早く休め」

そうする、と櫂斗は車を降りる。そのまま玄関まで送ってもらい、家に入ると亮介まで付いてきた。

「ん? 亮介?」

帰るなら駐車場で別れれば良いのに、わざわざ来なくても、と言うと、野暮な事言うなよ、とキスをされた。何度も吸いつかれ、これ以上はしたくなるからダメだと拒否すると、亮介はクスッと笑う。

「機材家に置いたら、また戻ってくる」

「え? お前明日も仕事なんじゃないのか?」

写真の加工編集だからパソコン作業だな、と亮介は言うので、だったら尚更自宅のパソコンが良いだろ、と言うと、いつかと同じように耳たぶを噛まれた。

「いた……っ」

「俺が良いって言ってんだろ。妙に遠慮するのも嫌いだ」

「だって、仕事の邪魔したくないし」

邪魔じゃないから言っている、と亮介はまたキスをくれる。櫂斗は自惚れでなければ、亮介は櫂斗の想像以上に、櫂斗の事が好きなのかもしれない、と顔が熱くなった。

「亮介……お前俺の事、結構好きなのか?」

やたらと一緒にいたがる亮介に、櫂斗は直球で聞いてみる。すると彼は無言でまたキスをしてきた。しかも今度は優しいそれではなく、情熱的な、感情をぶつけるようなキスだ。

櫂斗は遠慮なく入ってきた亮介の舌を受け入れる。その舌が自分のと絡み、吸われると、ゾクゾクと身体が震える。下半身が熱くなるのを感じ、ダメだって、と顔を背けた。

「いつでも犯したいと思うくらいにはな。……すぐ戻るから待ってろ」

「……っ」

どうしてそういう言い方しかできないんだ、と櫂斗は思うけれど、よく考えたらそれってかなり好きって事だよなと思い至り、赤面するしかない。

亮介はそんな櫂斗の頭をわしゃわしゃと撫で、家を出て行った。櫂斗はリビングのソファーに座ると、すぐにうとうとしてしまう。やはり結構疲れているらしい。

しばらくしてインターホンの音で目が覚めた。亮介が戻ってきたようだ。玄関ドアを開けると、やはり彼がいる。

「……寝てたか」

「ああ、やっぱり疲れてるみたいだ」

そうか、と亮介はリビングへと足を進める。彼はソファーのそばに荷物を置くと、話がある、と櫂斗をソファーに座らせた。突然真面目な顔をして言うので、櫂斗はドキリとしてしまう。なんだろう、と不安な顔をしていると、そんなに怖がるなよ、と亮介は笑った。

亮介は隣に座ると、櫂斗の手を取った。

「櫂斗……一緒に暮らさないか?」

「え……?」

櫂斗は思わず亮介の目を見る。優しい瞳でこちらを見る彼は、冗談を言っている訳ではないようだ。

「多分俺は、今までに無いくらい一人の相手にハマってる」

そう言われ、それが自分で嬉しく思う反面、彼の言葉に引っかかる部分があった。

「一人って……いつもはひとりじゃないのかよ?」

そのまま聞いてみると、亮介は苦笑する。

「ま、今だから言えるけど、サバ読んだりしてまで遊んでたからな」

だからか、と櫂斗は納得いく。服を脱がすのが早いのもそのせいなのかもしれない。でも、そこで櫂斗は亮介の年齢すら知らない事に気付いた。

「お前、今いくつなんだ?」

「二十五。櫂斗の二つ上だな」

何でオレの年齢を知ってる、と驚くと、退院する時に運転免許証見てただろ、と言われ納得する。亮介はこんなに好きになる相手はそういないだろうから、櫂斗の気が変わらないうちに養子縁組まで持ち込もうと画策していたようだ。それを聞いて櫂斗は困惑する。

「いや、オレの母親知ってるだろ? そんな事知られたら発狂するに決まってる」

「退院しても未だ連絡無い人を身内扱いするのか? お前は自分を大事にしてくれない人へと惹かれていくんだな」

ドMと自己肯定感の低さをこじらせやがって、と亮介は舌打ちした。だって、と櫂斗は視線を落とす。

親不孝者だから、と櫂斗は言うと、どこが? と亮介は言う。結婚して、孫を見せられないからと視線を落とすと、でもそれは櫂斗自身の幸せじゃないだろ、と言われ泣きそうになった。確かに、櫂斗の幸せじゃない。けれど、身近な人を幸せにできなくてどうする、と櫂斗は思う。

「子供の幸せを願えないのは親としてカウントしなくていいだろ。大体、今の生活に満足してないから、他人に幸せにしてもらおうと思うんだ」

自分が幸せじゃないのに、他人を幸せにできるはずがないだろう、と亮介は言う。

櫂斗は、亮介のその言葉がストンと腑に落ちるのが分かった。亮介の言う通りだと、今なら納得できるのが不思議だ。自分の幸せは、自分にしか測れない、と亮介はキスしてくる。

「そう言えば、亮介は家族がいないって晶さんに聞いた……」

「ああ」

俺がそう思うのは、そのせいもあるだろうからな、と亮介は言う。

彼の家庭は全員が互いに無関心で、亮介が高校生の時に一家離散したらしい。ある日突然一人、一人、と家を出て行って、残された亮介は気が楽になったと言う。そして何より、その時には彼は既に金銭的に自立していた事が大きかった。

亮介はケロッとして言うけれど、当時の彼の苦労は計り知れないな、と櫂斗は思う。

「でも、だからこそ、好きな事を思い切りやれたし、それを仕事にもできた。俺は自分を不幸だとは全然思ってないしな」

「……」

亮介は強い。他人に左右されることなく、自分のやるべき事をやって、ちゃんと成果を上げている。それに対して自分はどうだ、と凹みそうになった。

「だから櫂斗、採用試験受けたらどうだ?」

視線を落としていると、亮介は気付いたのかそんな事を言う。そこに繋がるのか、と櫂斗は苦笑した。どうやら晶との会話も聞かれていたらしいし、櫂斗は迷っている事を話してみる。

「男子校ってのが、少し引っかかってて。オレ、男子校にいた事があって、あまり良い思い出無いから」

「……それは、ショーマも関係してるか?」

亮介の問いに、櫂斗は頷いた。覚えていたんだな、と櫂斗は苦笑する。

「オレがゲイだとカミングアウトするのに消極的なのは、これが原因だから……」

ま、半分は自業自得なんだけどな、聞いてくれるか? と櫂斗は話し出した。

「オレ、男子校に電車通学してたんだ」

櫂斗は思い出すように斜め上に視線を送る。

「高校一年の夏、衣替えした途端、電車で痴漢されるようになって」

そこまで言ってすぐ、亮介は察したらしい、本当にお前は、と抱きしめられる。

「痴漢で感じたのか?」

櫂斗は首を横に振った。その時は何でオレなんだろう? って思っていた、と言うと、亮介は先を促す。

「しばらくはお尻を黙って触らせてたんだけど、ある日突然、それが前になってさすがに慌てた」

困惑する櫂斗の意志とは別に、反応していく下半身に慌てて電車を降りると、痴漢していたサラリーマン風の男にトイレに連れ込まれ、犯される。

「そこで扉が開いた感じだな」

「被害者なのに感じた自分が許せなかった?」

櫂斗は頷く。

「でも、そこで開花した性欲に、オレは勝てなかったんだ」

学校で性欲の捌け口を見つける毎日に、櫂斗は噂でこう言われていたらしい、テストで零点を取るより堀内を犯す方が簡単だ、と。

「それはまた、結構な言われようだな」

「だろ? 二年に上がる頃には知る人ぞ知るって感じだったな」

その頃にショーマに声を掛けられたんだ、と櫂斗は目を伏せた。

「あいつらは複数人で来た。見つかるリスクが高くなるから順番にしてくれって言ったのに聞かず……」

でも結局突っ込まれたのはショーマだけだったな、と苦笑すると、亮介は眉間に皺を寄せる。

「なんだ、当時から好きだったんじゃないか」

素直じゃない奴、と亮介は呟いた。櫂斗はなんの事だか分からず首を傾げると、こっちの話だ、とまた先を促す。

「遊ばれた後、オレそのまま気絶して放置されてて……先生に見つかるわ、親に連絡されるわで大騒ぎ」

でも、その時点ではオレは被害者だったんだよね、と櫂斗は笑う。

複数人いた相手はショーマをはじめ全員見つかったけれど、それ以外の人までも口を揃えてこう言った。

「全員、オレに誘われたって言うんだ。オレを被害者だと思っていた親と先生は、オレの言い分は一切聞かずにオレを責めた」

特に母親は半狂乱になって怒鳴り散らし、櫂斗は落ち着くまでじっと耐えていた。こんな事なら大人しくしていた方が良さそうだと、転校先では優等生を演じ、イメージの良い教職を目指したのだ。

「男同士でそういう事するなんて信じられない、まさか男が好きなの? って聞かれて頷いたら、二年くらいまともに口聞いてくれなかったな」

「それはまた……」

しんどかったな、と言われ、櫂斗の涙腺が崩壊した。

櫂斗はぎゅっと、亮介の服を掴む。肩に額を押し付け、溢れる感情を吐露する。

「まともな恋愛できないのは、痴漢に犯されて感じたから諦めてた。だったらせめて表向きは、人に認められる人になろうって、思ってたのに……」

結局そのストレスをまた、自ら痴漢される事で発散する事になって、本末転倒だと気付いて絶望した。

「女性を好きになろうともした……けど、興味が湧かないんだ」

「……波多野さんとかは?」

「……綺麗だとは思うけど、友達以上には思えないよ」

そうか、と亮介は櫂斗の頭を撫でてくれる。その手の優しさに、櫂斗はしばらく無言で泣いた。

「わり、シャツ濡らしちゃった……」

落ち着いたので顔を上げると、亮介は無言で微笑んだ。櫂斗はその顔が好きだと思い、自らキスをする。

「櫂斗……話してくれてサンキュ。でもやっぱり、環境を変えて挑戦する意味はあると思うんだ」

何より条件が破格だろ? と亮介は櫂斗の頬を両手で包む。甘い仕草に、櫂斗はくすぐったさを感じた。

それ程その学校は櫂斗を欲しがっているという事だ、何より非常勤ではなく常勤で。公立学校ではないけれど、それにしても給料が公立学校に行くよりも高い。

「質の高い授業がもっとできると思ったら、ワクワクしないか?」

櫂斗はそう言って笑う亮介が、かっこいいと思った。向上心が高い亮介は、きっといつかは今の事務所も辞めて、新たな事に挑戦していくのだろう。

「オレで質の高い授業ができるかは謎だけど……」

「……お前は……そこだよなぁ、ネックは」

亮介はため息をついた。いいか、と彼は一つキスをする。

「仕事の評価は、人の言葉より数字を信じろよ。向こうが今の櫂斗の評価を、給料で示してくれたんだぞ?」

その理論でいくならば、今の塾より学校の方が評価している事になる。じゃあそういう亮介は、今現在一体いくらで評価して貰っているのか。

「ん? 俺? ……まあ、二十代の平均年収はあるな……そもそもフリーランスだから、増減あるし」

「とか言って、結構高給取りなんだろ。家にあったパソコンとか椅子とか、結構良い物じゃないか」

亮介が返答を誤魔化したのに気付いて、櫂斗は詰め寄った。珍しく亮介は慌てた様子で櫂斗をなだめる。

「いや、比べていいのは過去の自分だけだぞ櫂斗っ」

どうしてもそこを掘り下げるつもりか、と言われ、櫂斗は頷いた。すると亮介は視線を逸らす。

「俺はマイナスからスタートしてるから……」

「マイナスって……借金ってことか?」

やはり亮介も一筋縄ではいかない過去だったらしい。少し前に事業を立ち上げようとして、失敗したとか。

櫂斗の目が据わる。

「……総額いくらで、残りの返済はいくらだ?」

「勘弁してくれ、櫂斗」

お前よくそれで一緒に暮らそうとか言ったな、と櫂斗は亮介を睨んだ。基本真面目な櫂斗は、そういう所は許せない。

「……八桁で、残り七桁……でも、今年中には完済できる」

観念したように亮介は言う。具体的な数字ではなかったものの、完済の目処が立っているということなので許した。

「……七桁を今年中に返済できる程の年収なんだな分かった」

櫂斗は早口で言うと、亮介は肩を落とした。そこへ、追い討ちをかけるように言う。

「借金あるやつとは養子縁組しないぞ」

「分かってる……分かってるよ……」

完全にしょげている亮介が可愛くて、それで許してしまう自分も甘いな、と櫂斗は思う。

「……風呂入って寝るか」

あまり追い詰めても可哀想だ、と櫂斗は話題を逸らした。

そして、どちらからともなくキスを交わした。
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