【完結】もてあそびながら愛してくれ

大竹あやめ

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夕方、家に帰ると、櫂斗はソファーにぐったりと座る。やはり体力も落ちているらしい、着替える気にも家事をする気にもなれない。

(亮介は……仕事は順調に進んでるのか?)

そう思ってスマホを見る。すると亮介から着信があってびっくりした。タイミング良いな、と思って通話に出る。

「亮介? どうした?」

『櫂斗、もう家か?』

そうだけど、と言うと、亮介はザワザワした所から移動したらしい、音声がクリアになる。珍しく少し慌てたような彼の声で、櫂斗は忙しいのに何の用だろう、と思った。

『悪いけど、外へ出られるか?』

「え、何で? ちょっと疲れちゃって……しんどいかも」

櫂斗が正直にそう言うと、亮介はそうだよな、とため息混じりに言った。

「ってかお前仕事は?」

『今終わったとこ。……櫂斗、外出るのはしんどいそうです』

どうやら誰かと話しながら電話しているらしい、誰だ? と櫂斗が思っていると、亮介は電話口で「でも……」とか言っている。

『ああもう、分かりましたよ……。櫂斗? これから俺ら飯食いに行くんだけど、お前も来るか? 迎えに行くし』

「ええ? オレ完全に部外者だし、邪魔だろ?」

何で突然そんな事になるんだ、と言うと、亮介は珍しく困ったような声を出す。

『っていうか、来てくれないと俺が困る……頼む』

頼むなんて言葉、亮介から聞いたことがないぞ、と櫂斗は茶化すと、隣で「先に行くからな」と男性の声がした。

『ちょ、社長……っ』

櫂斗はその会話を聞いていて、本当に珍しい、と驚いた。亮介は、専属になったという事務所の社長と話していたようだ。あの亮介が頭が上がらない社長とは、一体どんな人なんだろう、と興味が湧いた。

「亮介、迎えに来てくれるのか?」

『ああ。……悪いな、疲れてるのに』

いいよ、夕飯だけなら、と櫂斗は通話を切る。だるい身体に無理矢理気合いを入れて着替えると、はた、と気付く。

(やっべぇ、ホントにオレだけ部外者だし、やっぱり亮介の恋人って体で紹介されるんだよな?)

嫌な汗が出てきた。社長には亮介がゲイで、恋人ができた事も話しているだろう、問題は、どれだけの人数がいるのかだ。社長と亮介ぐらいならまだ乗り切れそうだけど、と頭を抱えた。

一時間ほど待っていると、亮介から駐車場に着いたと連絡があった。家を出て車に乗り込むと、亮介は櫂斗の顔を覗き込む。

「……思ったより疲れてんな。悪い」

そう言いながら、亮介はすぐに車を発進させた。

「まぁ、体力取り戻さないとって思ったよ」

櫂斗はそう言って苦笑すると、亮介はそれもだけど、実際退院してそう日が経ってないからな、と真顔で返してくる。何だか不機嫌そうだ。

「そんな顔をするなら、断れば良いのに」

櫂斗はそう言うと、車は信号で止まる。それと同時に顔を引き寄せられ、唇にキスされた。ちょっと、運転に集中しろよ、と胸を押すと、大人しく離れてくれる。

「……櫂斗に紹介したい仕事があるって言われたら、断れないだろ」

「え?」

詳しくは俺も知らないけど、と亮介は言う。彼は櫂斗が教員免許を持っていることまで話していたようだ。

「……あー、今日もたっぷりセックスできると思ったのに……」

「……不機嫌な理由はそこかよ」

櫂斗はそっぽを向いた。いかにも亮介らしい理由に、櫂斗は顔が熱くなる。そして、あ、と何かを思い付いた亮介の言葉に、櫂斗はさらに赤面した。

「誰かに見られるかもしれない、カーセックスってのも燃えるな」

「……っ」

お前、そういうの好きだろ、と言われ、急に機嫌が良くなった亮介に、言ってろ、と突き放す。

そうこうしている間に、目的地に着いた。店構えからして高級そうなお店で、櫂斗は緊張してしまう。

「ちょっと亮介、ここオレらじゃなかなか行けない所じゃ……」

「大丈夫だ、奢ってくれるって言ってたし」

そういう問題じゃない、ラフな格好で来ちゃったじゃないか、と櫂斗は躊躇うけれど、亮介は気にせず入っていく。慌てて付いていくと、顔を見るなり店員さんに奥へと案内された。

どうしよう、こんな高級店入った事ないし、何か粗相しそうで緊張する、と櫂斗は案内された個室に入った。

櫂斗は入った瞬間、既にいた人達の顔面偏差値の高さに、眩しくて目を閉じそうになる。

「あ、亮介さん、お疲れ様です。そちらが噂の彼ですか?」

一番に口を開いたのは、櫂斗も知っているシンガーソングライターの水春みはるだった。塩顔男子の代表みたいな甘い顔立ちで、掘りごたつ席に座ったままニッコリと微笑んでいる。櫂斗は思わず「本物だ」と呟いた。

「そうです。櫂斗、順に紹介するな? まず、右手奥が今回誘ってくださったAカンパニーの木村社長、その隣が社長のあきさん、左にいる彼は……櫂斗も知ってるな?」

水春は笑顔で、どうも、と会釈する。櫂斗もつられて会釈すると、顔面偏差値もだけど、すごいメンツだな、と思った。特に晶は長い金髪をまとめあげて、上品なフリルの付いた服を着ていた。波多野も綺麗だと思ったけれど、この人も綺麗だ。亮介が言っていた社長か、と見とれていると、その人が咳払いをする。

(ちょっと待て、今の咳払い……)

「ゲイだと聞いたが、女装した男もいけるのか?」

その人が喋る。声は高めだったけれど、男性の声だった。

「えっ、いや、あのっ」

櫂斗はあからさまにうろたえると、晶はニッコリ笑う。まさか女装している男性だとは思わず、晶は俺の知名度もまだまだだな、と呟いていた。

「冗談だ。なんだ亮介、お前結構面食いだな」

「それは自覚してます」

亮介は空いた席に座ったので、櫂斗もその隣に座ろうとすると、お前はこっち、と水春と亮介の間に座らされた。あまり興味が無かったとはいえ、有名人の隣に座らされたので、櫂斗は緊張で固まる。

「おやおや、食事どころじゃなさそうだよ」

木村が喋った。低く甘い声で、その声に違わず、髪を前髪だけ下ろして後ろに流し、二重の綺麗な眼を持った顔は本当に紳士ってこんな感じなんだな、と櫂斗は思う。

「じゃ、先に本題いくか。櫂斗」

「は、はい」

いきなり晶に名前で呼ばれて、亮介は名前まで教えてるのかよ、と彼を見る。亮介は苦笑しただけだった。

晶は木村の紹介を改めて詳しくする。

「木村さんはAカンパニーっていう舞台俳優中心の芸能事務所を経営してる。そして木村さんの親族は色んなビジネスをしていてな」

その中に学校経営もある、と晶は言う。櫂斗は、まさか紹介したい仕事って、と言うと、晶は頷いた。

「そこの採用試験、受けてみないか? 俺なりに櫂斗の先生としての評価を調べてみたけど、かなり良いみたいだし」

詳しくは木村さんに、と晶はバトンタッチする。

「私の祖父が創設者で、今は伯父が経営している学校なんだ。……これ、パンフレット」

木村は話しながらパンフレットを机の上に出してくる。そこには『旭学園高等学校』と書かれていた。

「常勤教師を目指していると聞いたけど、合っているかな?」

「……はい、でも……」

いきなりの事でびっくりして、頭が回らない櫂斗は戸惑って、愛想笑いさえできない。

確かに常勤教師になりたかった。けれどそれは母親の為であったことが大きく、櫂斗自身の願いだったかと言うと、自信が無い。

「もちろん、しばらく考えてくれてもいい。こちらの条件としては、今のお給料の二倍は出そう。……考えてくれるかな?」

櫂斗はそれを聞いて、割と本気で自分を引き抜きに来たんだ、と思った。このご時世に、そこまで給料を上げられる体力がある会社は、そうそうない。

櫂斗は考えるふりをしてパンフレットをめくった。そこに見えた文字に、ピクリと反応する。

「全寮制、男子校……」

櫂斗は自身が男子校にいた時を思い出し、冷や汗をかいた。あまり良い思い出じゃないので、それを連想させる学校に通えるだろうか?

「そう。もちろん、自宅から通っても構わないよ。三分の一程度の先生は、遠方から来てるから寮に入っているけれど」

櫂斗はお礼を言って、考えておきます、と返事をした。

それからは普通に食事が始まった。創作料理だったけれど、とても美味しく、疲れも吹き飛ぶ程だ。

しかし、時折晶がこちらを観察していることに気付く。その鋭い視線に全部見透かされそうで、視線を合わせる事ができなかった。櫂斗はその視線から逃げるように、トイレへと席を立つ。

(あの社長、結構なくせ者だな……)

見た目は綺麗なくせに、やることは早くて容赦がない。仕事ができる人なんだろうけれど、求められるレベルが高いと言った亮介の言葉に納得する。よくあの人の下で働こうと思ったな、と思いながら櫂斗は用を足した。

そして、戻ろうとした時にトイレの出入口でその晶が立っていて、心臓が止まるかと思う。

「そんなに警戒すんなよ」

晶は男子トイレに入ってきて櫂斗のそばまで来た。

「ってか晶さん、男子トイレに入るんですね」

どうでもいい事を口走り、櫂斗は思わず口を手で塞ぐ。男だからな、と気にしていない素振りの晶は、目元を緩ませた。

「悪い。フェアじゃないと思ったから、櫂斗とサシで話しがしたくて」

どういう事だろう? と櫂斗が思っていると、晶は話し出す。亮介と仕事をするにあたって、彼の身辺調査をしたと。どうしても業界的に信用できる人が良かったと言われれば、納得せざるを得ない。でも、何故それを櫂斗に言うのだろう?

「本人からも聞いたけど、アイツ、家族いないのな」

「え?」

「すぐに櫂斗に行き着いて、人となりを調べる事になった。先生の評価ってのは、それで分かった事だ」

今の亮介の情報は、櫂斗が知らないものだった。しかし掘り下げる事は叶わず、晶は話を続ける。

「……母親の呪いってのは厄介だよな」

「……そこまで調べたんですか」

櫂斗は思わずイラッとして語気を強めてしまった。しかし晶は眉を下げて悪かった、と素直に謝るので、それ以上怒ることもできない。

「俺も母親の呪いに悩まされたから。水春が救い出してくれたけど、同じ状況の櫂斗を放っておけなかった」

でも、余計なお世話だったみたいだ、強引に誘って悪かったな、と晶は苦笑する。晶は、櫂斗が話の途中で表情を曇らせたのに気付いていたらしい。しかし、意外だったのは、晶も同じ状況だったということだ。

「そうだったんですね……いや、素直にお話はありがたいです。でも、男子校には良い思い出がなくて」

櫂斗が通っていた学校とは違うと分かっていても、男子生徒しかいないという環境に、自分が身を置けるかが問題だ。

「……なるほどな。悪いモテ方してたのか」

「……モテるって言い方が合ってるかは疑問ですけど」

「社長、それ以上は俺も聞いてないんで掘り下げないでくれません?」

「亮介!?」

声がした方を見ると、出入口に亮介が立っていた。何でそこにいる? と櫂斗は聞くと、二人してなかなか戻ってこないから、と返ってきた。

そのまま話はそこで終わりになり、席へと戻る。晶には悪い話じゃないと思うから考えてくれ、と言われ、素直に頷いた。
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