上 下
13 / 39

13

しおりを挟む
遠くで、声がする。

まどろんだ意識の中、そう言えば散々な目に遭ったんだっけ、と櫂斗は思った。

「ショーマ、あんた櫂斗の事好きだったのか?」

亮介の声がする。ショーマもいるなら、あれからさほど時間は経っていないらしい。しかし、亮介が珍しく櫂斗の事を名前で呼んだことに、櫂斗は気付かなかった。

「あ? んな訳ないだろ。ただ、一回ヤっただけなのに、ずっと忘れられなくてムカついてたところだ」

「ふーん……」

吐き捨てるように言ったショーマと、興味が無い風に相槌を打つ亮介。櫂斗は、やっぱり亮介はオレに興味が無いんだ、と胸が痛んだ。

「……帰る。抱いてやってんの俺なのに、チラチラあんたの事意識してるコイツに、ド淫乱野郎って言っとけ」

「……気が向いたらな」

二人の会話の意味を、半分も理解できなかった櫂斗は、とりあえずショーマがいなくなる事にホッとした。

ショーマが舌打ちして出ていく気配がする。再び意識が落ちかけたとき、優しい手が櫂斗の髪を梳いた。その心地良さに、思わず声を上げる。

「ん……」

それがきっかけで意識が浮上してきた。目を開けると、ベッドの端に腰掛けている亮介がいる。

「……中、シャワーで洗うか?」

その言葉を聞いて、櫂斗は自分が何をされたのか思い出した。あまり力が入らない身体を起こして座ると、亮介の頬を思い切り引っ叩く。

怒りで呼吸が荒くなって、目に涙が浮かんだ。いくらなんでもやり過ぎだと、亮介を睨む。そして、それでも感じていた自分にも嫌気がさした。

「あんた、最低だ」

怒りを抑えた低い声で言うと、櫂斗はフラフラと浴室へ向かう。何故か亮介は無言で何もせず、じっと櫂斗を見ていた。

浴室に入ると、櫂斗は身体と中とをシャワーで洗う。よくあるラブホテルらしい造りのそこは、浴槽に照明が付いていたけれど、そんなものを点けて楽しむ余裕なんて無い。

(せめてオレがこんな性癖してなきゃ、お風呂でイチャイチャしたりできたのかな)

そう思うと涙が出た。でもそれは不可能な事だと分かっている。甘いロマンチックなシチュエーションよりも、無理矢理、強引な方が好きだからだ。

櫂斗は浴室から出ると、服を着て帰る支度をする。

「先生?」

無言のままの櫂斗に、亮介が話しかけてくるけれど、櫂斗は無視して部屋を出た。

亮介は追ってこない。それが、亮介の櫂斗に対する気持ちなのだと、櫂斗はまた涙を浮かべる。

(なんか……もうどーでもよくなったな)

ここまでされれば、亮介も気が済んだんじゃないだろうか。櫂斗は亮介の事が好きだけど、こんな事をされてはさすがにもうそばにはいられない。それに、少しでも櫂斗に気があれば追ってくるはずだ。

櫂斗は亮介を諦めるために、一切の感情を切り落とす。すると、疲れた、という思いだけが残った。




とぼとぼと歩いていると、いつの間にか自宅に着いていた。どうやって帰ってきたのか分からず、けれどそれを考えるのも面倒で、家に入ってベッドに倒れ込む。

「……フツーの恋愛したかったなぁ……」

櫂斗は呟いた。

女性が好きだったら。

今頃彼女がいて、母親も上機嫌で櫂斗の話を聞いてくれて、明るい将来の話ができたかもしれない。変な性癖を持つこともなく、健康的に健全に、性欲を発散できたのかもしれない。

それができなかったから、親を泣かせてしまった。

(オレは、親不孝者だ)

だからせめて教師という公務員を目指したけれど、非常勤と塾のダブルワークという中途半端な結果になっている。

(亮介にも嫌われるし)

彼に抱かれたのは最初の一度だけだ。櫂斗が欲しいと言ったら、誰が入れてやるかと言われた。そして、彼の目の前で違う人に犯された。しかもそれは、亮介の発案で。

どうしてあんなことをしたのだろう? 嫌われていたとしても、あそこまでされる覚えはない。

櫂斗の目に、また涙が浮かぶ。嫌な事ばかりで疲れてしまった。




もう、何も考えたくない。






それから櫂斗は、色も音も、感情も無い日々を送った。何をしても心が動かず、何を食べても味がせず、自分の行動全てが無意味だと思うようになっていた。

生きているのが無意味だと思った。

仕事は慣れがあるからか、何も考えなくても身体が勝手に動くので、誰もそんな櫂斗の変化に気付かない。

いつものように塾の仕事が終わり、櫂斗は貼り付けた笑顔で校舎を出る。まるで人形のような生活を送り、自宅が近付くにつれて、櫂斗の顔から表情が無くなっていった。

自宅に着くと、起きている事すら面倒になり、ソファーに寝転ぶ。ゴミを集めて出す気力も無いので、部屋にはゴミが溜まり、コンビニのパンの袋ばかりが増えていく。

ふと、風の音が聞こえた。

ここのところ夜になると気温が下がって涼しいので、櫂斗は涼を求めてベランダに出る。

目下には、閑静な住宅街と、遠くに繁華街の光が密集している場所が見える。あの光の辺りが、亮介の自宅なんだよな、とぼんやり眺めていた。

すると、下でカップルらしき二人が櫂斗の住むマンションに入っていく。楽しそうに笑う彼らは、どうやらお祝い事の帰りだったらしい、華やかな正装をしていた。結婚式の帰りかな、平日なのに、と櫂斗はその二人をボーッと眺める。

櫂斗には一生縁のない事だ。

櫂斗は何かに誘われるようにベランダの柵に足を掛けた。その場に立つと、より一層涼しい風が櫂斗の頬を撫でる。危ないとか、落ちたら、という考えは全く無く、ただただ風を感じたかったのだ。

心地良いな、と櫂斗は目を閉じた。

すると身体がふわりと浮いて、今よりも強い風を感じる。

ああ、涼しい、と思った瞬間。

今までに無い強い衝撃と、グシャリ、という音を聞いた。右半身が猛烈に熱くて、けれどそれがうっとりする程気持ち良い。このまま目を閉じれば、永遠にこの気持ちよさが続くのだろうか、と薄れていく意識の中で思う。

櫂斗は意識を失った。

もう、何もかも終わりにしたかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

「かわいい」よりも

すずかけあおい
BL
休日出勤の帰りに電車が止まっていた。ホームで電車を待つ誉に、隣に立っていた羽海が声を掛ける。 〔攻め〕相原 羽海(あいはら うみ)大学生 〔受け〕小長谷 誉(こながや ほまれ)会社員

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...