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八月中旬、世間は明日からお盆休みになる人も多い中、櫂斗も例に漏れずお盆休みになる。塾は今年は四日程休みになり、浮き足立っている生徒や同僚も多い。

「先生休みはどこか行くんですか?」

午後、夏休みの課題を自主学習していた女子生徒たちにそんな事を聞かれる。彼女らも普通の中学生だ、久しぶりに塾が休みになるので、何をして遊ぼうか話していたらしい。

「いや、特に予定はないかな」

「えー、じゃあ先生とどっか遊びに行きたい」

「あ、私もー」

「先生、みんなで遊びに行こうよ」

冗談か本気か分からない生徒たちのお誘いに、櫂斗は曖昧に笑った。しかし女性というのは面白くて、次の瞬間には話題が変わっている。

「ってか、先生彼女いるの?」

「それ私も気になるっ。先生イケメンだし優しいし頭良いし、モテそうだよね」

「で? 先生彼女いるの?」

何故か話題が櫂斗に関する事ばかりで嫌になるけれど、無下にもできず、わざとらしく笑顔で答えた。

「さあ? 想像におまかせするよ」

すると、生徒たちは黄色い声を上げる。

「え? え? それってどういう事っ?」

「私の想像だと絶対いるよ! 時々早く帰ったりしてるから!」

「そういえば他の先生も、堀内先生には彼女がいるらしいって言ってたしっ」

勝手に盛り上がっている彼女たちを、面白いなと眺めつつ、課題をやる手が止まっていたので先を促した。

「ほらほら、課題やるよ」

「はーい」

素直に聞く生徒たちは、基本真面目な子ばかりだ。課題を再び集中してやりはじめた彼女らを見守っていると、スマホが震える。

櫂斗は席を立って教室を出た。そこでスマホを確認すると、顔をしかめる。

『いつからお盆休み?』

短い文だけれど、返信しないと面倒な事になる相手だ、櫂斗はすぐに電話する。すると、すぐに相手は電話に出た。

「お母さん? 何?」

『何って……あなた全然連絡無いから、今年も顔を見せないつもりなのかと思って』

実際櫂斗は顔を見せるつもりは無かった。実家は櫂斗にとって、気が休まる所ではないからだ。

「ごめん、仕事があるから今年もそっちへ行けそうにない……」

そう言うと、母親は短くため息をつく。

『話があるの。一泊で良いからそっちに泊めてちょうだい』

「え、何話って……電話じゃダメ?」

櫂斗は嫌な予感がした。母親が持ってくる話とは、ろくなものじゃない。しかも一泊していくとか、確実に櫂斗にとって嫌な話だ。

『私も顔を見たいし、きちんと一人暮らししてるのか知りたいから』

「大きなお世話だよ。ちゃんとやってるから良いよ」 

過保護に聞こえるようでいて、母親の目的は違う所にあるのは、経験則から分かる。めんどくさいな、と思いながら、何とか母親の泊まりは回避したいと思った。

『じゃあ行っても問題ないわよね? で、いつからお盆休みなの?』

仕事があると話したのは嘘だと、しっかり見抜いた上で母親はもう一度聞いてきた。櫂斗は折れて明日からなら、と言うと母親はじゃあまた明日、と言って通話を切る。

櫂斗はため息をついた。

両親、特に母親からは信頼されていないのは分かっている。もともと過干渉気味だった母親は、あるきっかけでさらに櫂斗に口を出すようになった。

ともあれ、ある程度母親の気が済むようにしないと面倒な事になるので、早目にそれをこなしておこうというのが櫂斗の魂胆だ。



その日の仕事を無事に終わらせ、櫂斗は真っ直ぐ家に帰る。部屋の掃除をしながら母親に見つかってはまずい物をクローゼットの奥に隠し、買い物に出かけて冷蔵庫の中を食材で満たしておいた。これだけやれば、一人暮らしをきちんとしてると思わせる事ができるだろう。

(お母さんの話って、最近は一つしかないから多分今回もそれだな……)

櫂斗は夕飯を作りながら思った。ちなみに今日のメニューは豚の生姜焼きだ。

櫂斗が講師を始めて一年、収入も安定しているし、母親としてはそろそろ櫂斗の浮いた話が聞きたいようだ。

けれど、それは不可能に近い。

櫂斗は顔をしかめた。母親は、櫂斗がゲイだということを、認めようとはしない。

それもそうだ、最悪な形で櫂斗がゲイだとバレて、櫂斗はしばらく大人しくしていた。それが母親からすれば改心したのだと思わせる事になってしまったのだ。

確かにやった事は反省している。けれどゲイが治るものだと思っている母親からすれば、もう同性はこりごりだと櫂斗が言うのを待っている。

(好きになる人の性別を、変えられたらこんな事にはならなかったのか?)

櫂斗は生姜焼きを皿に盛ると、千切りキャベツも盛る。キャベツは山盛りにして、それをテーブルに置くとご飯と肉と一緒にかき込んだ。

(アイツだったらどうするんだろ?)

櫂斗は亮介を思い出す。そういえば、プライベートな事はほとんど知らないのに、よく好きになったなと思う。時々見せた眉を下げて笑った顔を思い出して、顔が熱くなるのを感じた。

あれから、亮介からの連絡は来ていない。仕事が立て込んでると言っていたし、真洋という有名人を相手に仕事をしているんだ、気も遣うだろう。

そこまで思って、櫂斗はいやいや、と考え直す。もうこの恋は諦めなきゃいけないのだ、嫌われているなら尚更。

自身の失恋と、母親の期待に添えられない罪悪感とで、櫂斗は大きなため息をついた。

「ホント、明日が憂うつだな……」

櫂斗は残りのご飯をかき込んで味噌汁で流し込むと、食器を洗うべく、席を立った。
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