7 / 39
7
しおりを挟む
それから一ヶ月、櫂斗は毎日のように亮介に呼び出されては、身体をもてあそばれた。
しかし、櫂斗が両親の事を口走って以降、亮介はほぼ無言で櫂斗を責めるだけで、会話らしい会話はしない。しかも櫂斗が限界を迎えて終わるというパターンが常態化し、気付けば抱かれたのは最初だけになっていた。
いつまで付き合えば飽きてくれるのだろう、と櫂斗は思ったけれど、考えるのは止めた。きっかけは脅しだったけれど、会話は無くても亮介の責めは的確で、一人でいても勝手に身体が疼くようになってしまい、困ったなと苦笑する。
学校が夏休みに入ると、櫂斗の仕事は昼間中心になる。ハッキリ聞いた訳じゃないけれどフリーランスらしい亮介は、仕事の時間がバラバラでいつが空いているのか分からない。
(こんな事になるなら聞いておけば良かったな)
櫂斗は授業をしながら思う。以前亮介には関係の無いことだ、と空いている日の話をしなかった事を後悔した。
(かと言って、オレから連絡はしたくないし)
櫂斗から連絡すると、ホント好きだよな、とニヤニヤする亮介の顔が目に浮かぶ、それは嫌だ。
けれど、疼く身体は何とかしたい。櫂斗は仕事終わりに、亮介の家に行ってみることにした。
授業が終わると挨拶もそこそこに帰る準備をする。そんなに急いでデートですか? なんて同僚に言われたけれど、そんなんじゃないとだけ答えて塾を出た。
この時期は、夕方でもまだまだ日が高く、気温も高い。湿気でまとわりつく空気が鬱陶しいと思いながら、櫂斗は亮介の自宅へと向かう。
亮介の家の前に着くと、一呼吸してインターホンを押した。程なくして開いたドアから覗いた亮介は、驚いたような顔をしている。
「どうした?」
そう聞かれて、櫂斗は素直に目的が言えず黙る。俯いていると彼は「仕事が立て込んでるんだ」とドアを閉めようとした。櫂斗は慌ててドアの隙間に身体を滑り込ませる。おい、といつもの強い眼差しに耐えられなくて顔ごと逸らすと、彼はため息を一つついて櫂斗を中に入れた。
「悪いが先生と遊んでる時間は無いんだ」
「し、仕事、そんなに忙しいのか? ってか、お前ちゃんと飯食ってる?」
亮介の顔色をチラ見すると、やつれている気がした。そういえば、朝から食ってねーなと言うので櫂斗は分かった、と外へ出ようとする。
「おい?」
「食材買ってまた来るから、無視すんなよ」
櫂斗は顔が熱くなるのを感じながら、外へ出た。ショルダーバッグを掛け直し、近くのスーパーをスマホで調べてそこへ向かう。
(ってか、勢いで食材買ってくるとか言ったけど、アイツがどうなろうとオレには関係ないじゃないか)
スーパーでカゴに野菜を入れながら、櫂斗はそんな事を思った。けれど何となく、亮介は仕事に夢中になって寝食を忘れるタイプなんじゃないか、と考えると放っておけなかった。
(器用だから、家事はできそうだけど)
そう思って、櫂斗の中でうごめく指を想像してしまい、慌てて考えを打ち消す。
(会えないなら会えないで、何となく寂しいしな。……まるで恋してるみたいだな)
櫂斗は苦笑して、はた、と足を止めた。そして全身がカーッと熱くなる。好きだの恋だの、そんなものは随分前に諦めていたはずだ。だから櫂斗の思考に恋という単語が出てくる事自体、普通じゃない。
『先生、女が好きっていう感じじゃないから』
櫂斗は前に亮介に言われた言葉を思い出す。
あの言葉は当たっている。気持ちよければ女性ともできると思うけれど、基本櫂斗は同性と絡む方が好きだ。それに気付いた時から、恋愛は諦めている。それでも性欲はあるので、その場限りの相手を探したり、自分の欲求を満たすために痴漢相手を募っていたりしていたのに。
亮介には何故か全部バレている。最初は何気ない会話のようでいて、核心をついてくるのが嫌だった。それなのに……。
(最近は会話しなくなったな……)
全部遠慮なくさらけ出せる相手が亮介だけだと気付き、櫂斗はまた顔を赤くした。
(倦怠期の恋人じゃねーんだから)
そんな事を考えながらスーパーで会計を済ませ店を出ると、真っ直ぐ亮介の家に向かう。
亮介の家に着くと、再びインターホンを押す。すぐに亮介が出てきて、無視されなくて良かったとホッとした。
「キッチン借りるぞ」
櫂斗はそう言ってキッチンに立つ。ここのところほぼ毎日来ているのに、ここに立つのは初めてだな、と苦笑した。
「何? 先生が手料理振舞ってくれんの?」
案の定ニヤニヤしながらこちらを眺めている亮介。できたら呼ぶので、仕事してろと言うと、彼は驚いた顔をした後、いつか見た、目尻を下げて笑う顔を見せる。
亮介が仕事部屋へ引っ込むと、櫂斗は野菜を切っていく。調理器具はあるものの、ほとんど使われていない状態だったので、もったいない、と櫂斗は思った。
そして、今日の分のメインから作っていく。細かく切ったピーマン、人参、チャーシューをご飯と一緒に炒め、中華スープの素と醤油、塩コショウで味付けをしたら、最後に卵だけ炒ってご飯に混ぜる。お皿に盛ったら炒飯のできあがりだ。男の料理だけれど、コンビニや牛丼屋よりはマシだと、亮介を呼びに行く。
「まだ作るから先に食べてろ」
買ってきた春雨スープの素にお湯を入れて亮介の前に出すと、意外そうな顔をして櫂斗を見た。
二人分作ったので一緒に食べないのか、と聞かれたけれど、まだ櫂斗の仕事は残っている。
ピーマンの残りは鶏肉とオイスターソース炒めに、人参は炒りごまと炒めて金平に、野菜を全部使って作っていく。それを買ってきた保存容器に入れて、粗熱を取るためにそのまま置いておくと、櫂斗の仕事は終わりだ。
「冷めたら冷蔵庫入れろよ」
言う通りソファーで先に食べていた亮介にそう言うと、櫂斗も作った炒飯を食べ始める。
「料理、上手いのな」
不意に亮介がそんな事を言い出すので、櫂斗は照れ隠しに「別に普通だろ」とぶっきらぼうに答えた。
「いや、普段からやってるのは分かったよ。俺はめんどくさいが先にきちゃうから」
一人暮らしの一番のネックだな、と櫂斗は笑う。久しぶりに日常会話をしている気がして、何だか胸の辺りが温かくなった。
亮介は先に食べ終わると、サンキュ、美味かったと食器を片付けようとする。櫂斗はそれを止めた。
「いい。仕事あるんだろ? 俺がやるし、片付けたら帰るから」
「は? じゃあ何しに来たんだよ」
亮介にそう言われて、櫂斗はかぁっと顔が熱くなる。視線を落として正直に言った。
「何って……ここに来たらやる事は一つしかないだろ。でも、仕事の邪魔はしたくないから……」
「……」
亮介は黙って櫂斗の隣に座ると、顔を引き寄せ耳たぶを噛む。
「い……った!」
結構な力で噛まれ、櫂斗は身を引こうとするけれど、その直後にそこをべろりと舐められて、背中を震わせた。
「先生のそういう所、俺は嫌いだ。……片付け終わっても帰るなよ? 一段落させてくる」
耳に息を吹き込むように言われて、櫂斗はまた肩を震わせる。赤くなってるであろう耳を手で押さえると、亮介は機嫌良く仕事部屋に向かった。
「……何なんだ……」
櫂斗は呟いた。最初は遊んでる時間が無いとか言っていたくせに、櫂斗の作った夕飯は食べて、櫂斗が帰ると言ったら帰るなと言う。
(まるで、オレにここにいて欲しいみたいじゃないか)
そう思ったら、顔どころか全身が熱くなった。え? オレのこの反応何? と慌てる。
確かに亮介は帰るなと言った。だからここにいて欲しいのは間違いないと思う。けれどそれで櫂斗が照れる意味が分からない。
(出会った頃に言われてたら、確実に逃げたくなってたのに)
この心境の変化は何だ、と櫂斗は炒飯をかき込む。
(一ヶ月も毎日のように会ってれば、情も移るわな)
しかも身体の関係だけとはいえ、櫂斗は人に言えない性癖をさらけ出している、それを受け止めてくれるだけでも、亮介は櫂斗にとって特別な存在だ。
櫂斗は食事を終えると、亮介の分の食器も洗って片付ける。作り置き惣菜の粗熱が取れていたので蓋をして、冷蔵庫に放り込んだ。
(……何か、彼女みたいだな)
もうその手の考えはよそうと思っていたのに、櫂斗はまた顔を赤くする。
(いやいやいやいや!)
とりあえず、食器も片付けたし何か別の事をするか、と櫂斗は無理やり思考を切り替える。しかし勝手に亮介の物を触るのも気が引けるので、ソファーに座ってスマホを見た。
「……」
何だか落ち着かない。辺りを見回すと、コルクボードに写真が増えていることに気付く。近付いて見てみると、やはりコスプレの写真で、このボードに必ずいる人物が写っている。
(コイツの事、気に入ってんのかな)
わざわざここに集めて飾ると言うことは、そういう事だろう。確かに可愛い顔をしているし、写真の中のその人はいい表情をしている。信頼しているんだな、と思ったらキュッと胸が締め付けられた。
そう考えていると、櫂斗はハッと自分がまた乙女思考になっている事に気付く。
亮介だって仲のいい人の一人や二人、いるに決まっている。それをどうこう言う権利は、誰にも無いはずだ。
(ああもう、分かったよ)
櫂斗はため息をついた。亮介の事が気になっている事は認めよう。けれど櫂斗は、まだ彼の事をあまり知らない。知っているのはフリーのカメラマンということと、櫂斗とプレイの相性が合うということだけだ。
(ん……入れられたい……)
櫂斗は小さく肩を震わせた。ほぼ毎日しているのに、櫂斗の欲は日に日に増していくばかりだ。しかも亮介は、櫂斗をグズグズにしておきながら、それで満足しているのか抱こうとしてこない。
(やば……落ち着け)
遊ばれているのはそれで分かる。けれど、それでもいいと求めてしまうのだ。
「……やっぱり帰るか」
帰って、自分で慰めて寝よう、やる事無いしと、櫂斗は亮介に断りを入れるべく、仕事部屋のドアをノックした。
「どうした?」
すぐに開いた扉から、亮介が出てくる。櫂斗は自分の視線が泳ぐのを自覚した。
「や、やっぱり暇だし帰るわ。作ったおかず、冷蔵庫に入れたから食べろよ?」
「……俺は帰るなって言ったはずだけど?」
声のトーンが下がった亮介に、櫂斗は冷や汗が出る。何でそんなに怒るんだよ、と内心怖くなった。
「だって、やる事無いし……」
「……」
目に見えて不機嫌オーラを出す亮介は、櫂斗の腕を引っ張り、部屋の中に入れた。そこにはパソコンが二台あり、そのうちの使っていない方の机の椅子に座らされる。
「じゃあ、そこでオナニーでもしてろ」
早速仕事に戻った亮介は、櫂斗を見もせず言った。大きな画面には、亮介が撮ったらしい写真が表示されている。その画の陰影の美しさに、櫂斗は思わず見入った。
「これ……オレが見てもいいやつか?」
「守秘義務を守れよ? 破ったらアイツらうるさいから」
櫂斗は改めて画面を見る。写っているのは真洋だ。コルクボードに貼ってあった写真は、やはり仕事で撮ったものらしい。
「アイツらって?」
「本人とプロデューサー。悪いけど仕事の話はこれ以上できない」
それもそうか、と櫂斗は大人しく椅子に座る。こだわっているのか、スプリングといい、すごく座り心地が良い椅子だった。
どうやら亮介は、写真の修正や編集をしているようだ。表示された真洋は際どい格好をしているものの、その表情は柔らかく、人を惹きつけるものがある。
「……綺麗だな。真洋だろ、これ? 信頼されてんだな」
「どうしてそう思う?」
「表情かな」
「……」
亮介はため息をついた。褒めているのに何でため息なんだよ、と櫂斗は思うと、亮介はそのまま画面を閉じて席を立った。
「……やる気削がれた。寝る」
「は? まだ九時台だぞ? ……ちょっ……」
櫂斗は腕をまた掴まれ、亮介に連れて行かれる。どこへ行くんだ、と思ったら浴室に連れ込まれた。
しかし、櫂斗が両親の事を口走って以降、亮介はほぼ無言で櫂斗を責めるだけで、会話らしい会話はしない。しかも櫂斗が限界を迎えて終わるというパターンが常態化し、気付けば抱かれたのは最初だけになっていた。
いつまで付き合えば飽きてくれるのだろう、と櫂斗は思ったけれど、考えるのは止めた。きっかけは脅しだったけれど、会話は無くても亮介の責めは的確で、一人でいても勝手に身体が疼くようになってしまい、困ったなと苦笑する。
学校が夏休みに入ると、櫂斗の仕事は昼間中心になる。ハッキリ聞いた訳じゃないけれどフリーランスらしい亮介は、仕事の時間がバラバラでいつが空いているのか分からない。
(こんな事になるなら聞いておけば良かったな)
櫂斗は授業をしながら思う。以前亮介には関係の無いことだ、と空いている日の話をしなかった事を後悔した。
(かと言って、オレから連絡はしたくないし)
櫂斗から連絡すると、ホント好きだよな、とニヤニヤする亮介の顔が目に浮かぶ、それは嫌だ。
けれど、疼く身体は何とかしたい。櫂斗は仕事終わりに、亮介の家に行ってみることにした。
授業が終わると挨拶もそこそこに帰る準備をする。そんなに急いでデートですか? なんて同僚に言われたけれど、そんなんじゃないとだけ答えて塾を出た。
この時期は、夕方でもまだまだ日が高く、気温も高い。湿気でまとわりつく空気が鬱陶しいと思いながら、櫂斗は亮介の自宅へと向かう。
亮介の家の前に着くと、一呼吸してインターホンを押した。程なくして開いたドアから覗いた亮介は、驚いたような顔をしている。
「どうした?」
そう聞かれて、櫂斗は素直に目的が言えず黙る。俯いていると彼は「仕事が立て込んでるんだ」とドアを閉めようとした。櫂斗は慌ててドアの隙間に身体を滑り込ませる。おい、といつもの強い眼差しに耐えられなくて顔ごと逸らすと、彼はため息を一つついて櫂斗を中に入れた。
「悪いが先生と遊んでる時間は無いんだ」
「し、仕事、そんなに忙しいのか? ってか、お前ちゃんと飯食ってる?」
亮介の顔色をチラ見すると、やつれている気がした。そういえば、朝から食ってねーなと言うので櫂斗は分かった、と外へ出ようとする。
「おい?」
「食材買ってまた来るから、無視すんなよ」
櫂斗は顔が熱くなるのを感じながら、外へ出た。ショルダーバッグを掛け直し、近くのスーパーをスマホで調べてそこへ向かう。
(ってか、勢いで食材買ってくるとか言ったけど、アイツがどうなろうとオレには関係ないじゃないか)
スーパーでカゴに野菜を入れながら、櫂斗はそんな事を思った。けれど何となく、亮介は仕事に夢中になって寝食を忘れるタイプなんじゃないか、と考えると放っておけなかった。
(器用だから、家事はできそうだけど)
そう思って、櫂斗の中でうごめく指を想像してしまい、慌てて考えを打ち消す。
(会えないなら会えないで、何となく寂しいしな。……まるで恋してるみたいだな)
櫂斗は苦笑して、はた、と足を止めた。そして全身がカーッと熱くなる。好きだの恋だの、そんなものは随分前に諦めていたはずだ。だから櫂斗の思考に恋という単語が出てくる事自体、普通じゃない。
『先生、女が好きっていう感じじゃないから』
櫂斗は前に亮介に言われた言葉を思い出す。
あの言葉は当たっている。気持ちよければ女性ともできると思うけれど、基本櫂斗は同性と絡む方が好きだ。それに気付いた時から、恋愛は諦めている。それでも性欲はあるので、その場限りの相手を探したり、自分の欲求を満たすために痴漢相手を募っていたりしていたのに。
亮介には何故か全部バレている。最初は何気ない会話のようでいて、核心をついてくるのが嫌だった。それなのに……。
(最近は会話しなくなったな……)
全部遠慮なくさらけ出せる相手が亮介だけだと気付き、櫂斗はまた顔を赤くした。
(倦怠期の恋人じゃねーんだから)
そんな事を考えながらスーパーで会計を済ませ店を出ると、真っ直ぐ亮介の家に向かう。
亮介の家に着くと、再びインターホンを押す。すぐに亮介が出てきて、無視されなくて良かったとホッとした。
「キッチン借りるぞ」
櫂斗はそう言ってキッチンに立つ。ここのところほぼ毎日来ているのに、ここに立つのは初めてだな、と苦笑した。
「何? 先生が手料理振舞ってくれんの?」
案の定ニヤニヤしながらこちらを眺めている亮介。できたら呼ぶので、仕事してろと言うと、彼は驚いた顔をした後、いつか見た、目尻を下げて笑う顔を見せる。
亮介が仕事部屋へ引っ込むと、櫂斗は野菜を切っていく。調理器具はあるものの、ほとんど使われていない状態だったので、もったいない、と櫂斗は思った。
そして、今日の分のメインから作っていく。細かく切ったピーマン、人参、チャーシューをご飯と一緒に炒め、中華スープの素と醤油、塩コショウで味付けをしたら、最後に卵だけ炒ってご飯に混ぜる。お皿に盛ったら炒飯のできあがりだ。男の料理だけれど、コンビニや牛丼屋よりはマシだと、亮介を呼びに行く。
「まだ作るから先に食べてろ」
買ってきた春雨スープの素にお湯を入れて亮介の前に出すと、意外そうな顔をして櫂斗を見た。
二人分作ったので一緒に食べないのか、と聞かれたけれど、まだ櫂斗の仕事は残っている。
ピーマンの残りは鶏肉とオイスターソース炒めに、人参は炒りごまと炒めて金平に、野菜を全部使って作っていく。それを買ってきた保存容器に入れて、粗熱を取るためにそのまま置いておくと、櫂斗の仕事は終わりだ。
「冷めたら冷蔵庫入れろよ」
言う通りソファーで先に食べていた亮介にそう言うと、櫂斗も作った炒飯を食べ始める。
「料理、上手いのな」
不意に亮介がそんな事を言い出すので、櫂斗は照れ隠しに「別に普通だろ」とぶっきらぼうに答えた。
「いや、普段からやってるのは分かったよ。俺はめんどくさいが先にきちゃうから」
一人暮らしの一番のネックだな、と櫂斗は笑う。久しぶりに日常会話をしている気がして、何だか胸の辺りが温かくなった。
亮介は先に食べ終わると、サンキュ、美味かったと食器を片付けようとする。櫂斗はそれを止めた。
「いい。仕事あるんだろ? 俺がやるし、片付けたら帰るから」
「は? じゃあ何しに来たんだよ」
亮介にそう言われて、櫂斗はかぁっと顔が熱くなる。視線を落として正直に言った。
「何って……ここに来たらやる事は一つしかないだろ。でも、仕事の邪魔はしたくないから……」
「……」
亮介は黙って櫂斗の隣に座ると、顔を引き寄せ耳たぶを噛む。
「い……った!」
結構な力で噛まれ、櫂斗は身を引こうとするけれど、その直後にそこをべろりと舐められて、背中を震わせた。
「先生のそういう所、俺は嫌いだ。……片付け終わっても帰るなよ? 一段落させてくる」
耳に息を吹き込むように言われて、櫂斗はまた肩を震わせる。赤くなってるであろう耳を手で押さえると、亮介は機嫌良く仕事部屋に向かった。
「……何なんだ……」
櫂斗は呟いた。最初は遊んでる時間が無いとか言っていたくせに、櫂斗の作った夕飯は食べて、櫂斗が帰ると言ったら帰るなと言う。
(まるで、オレにここにいて欲しいみたいじゃないか)
そう思ったら、顔どころか全身が熱くなった。え? オレのこの反応何? と慌てる。
確かに亮介は帰るなと言った。だからここにいて欲しいのは間違いないと思う。けれどそれで櫂斗が照れる意味が分からない。
(出会った頃に言われてたら、確実に逃げたくなってたのに)
この心境の変化は何だ、と櫂斗は炒飯をかき込む。
(一ヶ月も毎日のように会ってれば、情も移るわな)
しかも身体の関係だけとはいえ、櫂斗は人に言えない性癖をさらけ出している、それを受け止めてくれるだけでも、亮介は櫂斗にとって特別な存在だ。
櫂斗は食事を終えると、亮介の分の食器も洗って片付ける。作り置き惣菜の粗熱が取れていたので蓋をして、冷蔵庫に放り込んだ。
(……何か、彼女みたいだな)
もうその手の考えはよそうと思っていたのに、櫂斗はまた顔を赤くする。
(いやいやいやいや!)
とりあえず、食器も片付けたし何か別の事をするか、と櫂斗は無理やり思考を切り替える。しかし勝手に亮介の物を触るのも気が引けるので、ソファーに座ってスマホを見た。
「……」
何だか落ち着かない。辺りを見回すと、コルクボードに写真が増えていることに気付く。近付いて見てみると、やはりコスプレの写真で、このボードに必ずいる人物が写っている。
(コイツの事、気に入ってんのかな)
わざわざここに集めて飾ると言うことは、そういう事だろう。確かに可愛い顔をしているし、写真の中のその人はいい表情をしている。信頼しているんだな、と思ったらキュッと胸が締め付けられた。
そう考えていると、櫂斗はハッと自分がまた乙女思考になっている事に気付く。
亮介だって仲のいい人の一人や二人、いるに決まっている。それをどうこう言う権利は、誰にも無いはずだ。
(ああもう、分かったよ)
櫂斗はため息をついた。亮介の事が気になっている事は認めよう。けれど櫂斗は、まだ彼の事をあまり知らない。知っているのはフリーのカメラマンということと、櫂斗とプレイの相性が合うということだけだ。
(ん……入れられたい……)
櫂斗は小さく肩を震わせた。ほぼ毎日しているのに、櫂斗の欲は日に日に増していくばかりだ。しかも亮介は、櫂斗をグズグズにしておきながら、それで満足しているのか抱こうとしてこない。
(やば……落ち着け)
遊ばれているのはそれで分かる。けれど、それでもいいと求めてしまうのだ。
「……やっぱり帰るか」
帰って、自分で慰めて寝よう、やる事無いしと、櫂斗は亮介に断りを入れるべく、仕事部屋のドアをノックした。
「どうした?」
すぐに開いた扉から、亮介が出てくる。櫂斗は自分の視線が泳ぐのを自覚した。
「や、やっぱり暇だし帰るわ。作ったおかず、冷蔵庫に入れたから食べろよ?」
「……俺は帰るなって言ったはずだけど?」
声のトーンが下がった亮介に、櫂斗は冷や汗が出る。何でそんなに怒るんだよ、と内心怖くなった。
「だって、やる事無いし……」
「……」
目に見えて不機嫌オーラを出す亮介は、櫂斗の腕を引っ張り、部屋の中に入れた。そこにはパソコンが二台あり、そのうちの使っていない方の机の椅子に座らされる。
「じゃあ、そこでオナニーでもしてろ」
早速仕事に戻った亮介は、櫂斗を見もせず言った。大きな画面には、亮介が撮ったらしい写真が表示されている。その画の陰影の美しさに、櫂斗は思わず見入った。
「これ……オレが見てもいいやつか?」
「守秘義務を守れよ? 破ったらアイツらうるさいから」
櫂斗は改めて画面を見る。写っているのは真洋だ。コルクボードに貼ってあった写真は、やはり仕事で撮ったものらしい。
「アイツらって?」
「本人とプロデューサー。悪いけど仕事の話はこれ以上できない」
それもそうか、と櫂斗は大人しく椅子に座る。こだわっているのか、スプリングといい、すごく座り心地が良い椅子だった。
どうやら亮介は、写真の修正や編集をしているようだ。表示された真洋は際どい格好をしているものの、その表情は柔らかく、人を惹きつけるものがある。
「……綺麗だな。真洋だろ、これ? 信頼されてんだな」
「どうしてそう思う?」
「表情かな」
「……」
亮介はため息をついた。褒めているのに何でため息なんだよ、と櫂斗は思うと、亮介はそのまま画面を閉じて席を立った。
「……やる気削がれた。寝る」
「は? まだ九時台だぞ? ……ちょっ……」
櫂斗は腕をまた掴まれ、亮介に連れて行かれる。どこへ行くんだ、と思ったら浴室に連れ込まれた。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる