29 / 35
29
しおりを挟む
それから半月後、舞台は公演を開始した。月成作品にしては珍しく、分かりやすいハッピーエンドではなかったので舞台の評価は分かれたが、公演が終わるころには欠点を抱えた人たちの純愛、とまぁまぁ良い評価をもらっていた。
英も奮闘し、初稽古で期待外れだと言われたマスコミを黙らせ、さらに「報われない英が可愛そう」という声もあり、英を主役でスピンオフを作ることになったのだ。
驚いたのは、月成がそれを予想して、すでに設定を作っていたことだ。英が先日見たノートは、まさにそれだったらしい。
そして、いつものように社長の自宅で打ち上げし、盛り上がっていた。
「英~」
「ちょ、東吾さん、離れてください」
酔った東吾があれこれと絡んできて、正面に座る月成の眉間の皺が取れなくなっている。しかし、酔っ払いとは厄介で、しばらくすると注意されたことも忘れてまた絡んでくるのだ。
「妬くくらいなら注意すれば良いのにねぇ」
「え?」
耳元に寄せられた東吾の口からそんなセリフが聞こえ、思わず聞き返すと、東吾はふふ、と笑って離れて行った。
「たんぽぽ。場所を変えるぞ」
それを見ていた月成は、英の意思を無視して立ち上がる。そんな月成に、東吾はからかうように声を上げた。
「英のこと飽きたら俺にちょうだい」
何を言い出すんだ、と英は冷や汗をかく。しかしそれで月成の機嫌はさらに悪くなったらしい、無視して会場を出て行ってしまった。
「あの、東吾さん。後でオレが怒られるのでやめてもらえませんか」
「えー? やだ」
「おら、たんぽぽ早く来い!」
相変わらず飄々と困ることを言う東吾に、多分話していることすら気に入らないのだろう月成が、早く来いと急かしてくる。間に挟まれた英は、とりあえず監督の機嫌を優先した。
英も会場の部屋を出ると、月成はもう廊下を長い足で歩いている。その方向からするに、以前にも訪れた、社長のリビングだ。
「そういえば、木村社長は?」
走って追いついた月成に聞くと、月成はまた機嫌を悪くしたらしい。どうしろというんだ、と途方に暮れていると、すぐに目的地に着く。
「やあ英くん。光洋も」
見覚えのある部屋に入っていくと、バーカウンターには木村が座っていた。一人で飲んでいたのだろうか。
「たんぽぽが社長の事を心配してハゲそうだってよ」
「はぁ?」
木村の隣に座った月成は、さらに隣に変な声を上げた英を座らせる。そして、カウンターにあった酒を勝手に注いで飲んだ。
木村はその言葉に苦笑し、月成の空いたグラスに酒を注ぎ足す。
「みっともない嫉妬をするくらいなら、ちゃんと二人で話し合いなさい。私もそうできた人間じゃないのでね。ごちそうさま」
早口で告げた木村は、今日は少し酔っているようだ。ザルだと聞いていたのに酔っているとは、一体どれだけ飲んだのだろう。
「雅樹……」
月成が木村を呼んだ。いつもの役職ではなく、名前で呼んだことに、英はハッとさせられる。
「……悪かった」
英には何の話か分からなかったが、気まずそうに謝る月成に、木村はため息をつく。そういえばこの間、二人は何かの約束をしていた。そしてきっと、月成がその約束を破ったのだろう、と直感的に思う。
ああ、良いな、と英は思った。この二人と友人になれたら良かったのに、と少し寂しい気持ちが沸いてくる。この二人は信頼関係で繋がっていられる、それがうらやましいとも思った。
「さぁ、一人にしてくれないかい? 気持ちの整理が必要なんだ」
木村のその言葉に、月成も英も逆らわなかった。
その後、英は月成と木村邸を出て、帰り道の途中にあるコンビニで酒とつまみを買った。まだ飲むのか、と正直思ったが、まだ一緒にいられる、と浮かれたのは内緒だ。
しかし、道中ずっと月成は無言で、また何か怒っているのかと心配になってくる。
とうとう話しかけられずに寮の前まで来ると、月成が「来い」と自宅へと歩き出した。これは月成監督の仕事場が見られるかも、とテンションが上がる。
「良いんですか? お邪魔しても」
しかしその言葉ににやりと笑った月成を見て、英はすぐに後悔した。
「お前のいやらしい声が、隣近所に漏れても良いならそっちにするが?」
「な……っ」
やっぱりろくなことを考えていなかった月成に絶句していると、ズルズルと家の中へと引きずられる。
「あ、アンタっ、そのために家で飲みなおそうって……!」
「ああ? それ以外に何があるんだ。まさか言葉通りに家飲みするだけだと思ったか? どこのお子様だ」
良いから入れ、と玄関に投げ入れられた英は、家の中を見て言葉を失う。
部屋から流れて来たらしい本の山が、床を埋め尽くしていた。はっきり言って、汚い。
「最近本棚が足りなくってな。放置してたら雪崩れた」
「雪崩れたって、どれだけ放置してたんですかっ」
靴を脱いで器用に本を避けて入っていく月成に習い、英も奥へと進んで行く。リビングまでに二つの部屋があり、二階へ続く階段もあったが、どこも本だらけだ。
しかし、一歩リビングへ入ると、そこは綺麗に片づけられた、普通の空間だった。
「何なんすか、この家……」
ぐったりしてソファーに座ると、正面にテレビがある。何となくデッキを見ていたら、とんでもないものを発見してしまった。荷物を放り出して近づくと、間違いない、『美女や野獣』のDVDだ。
(うそ、これ売ってないのに!)
しかしそこにあるのはきちんと装丁もされたDVDで、貴重なものに出会えた嬉しさに思わず月成に視線を送る。
「目ぇキラッキラさせやがって……言っとくがそれは俺の脚本じゃねぇんだぞ」
見ても良いかと尋ねると、呆れた声でオーケーの返事がもらえたので、さっそくデッキに入れる。
見覚えのあるAカンパニーのロゴが出てきて、本編が始まった。
「せっかくだから飲め」
「ちょっと、静かにしててもらえませんか」
せっかく貴重な映像を見せてもらえるのだ、見逃すものかと見ていると、隣で月成が背もたれに凭れて舌打ちをする。
画面には、貴族の恰好をした月成が出てきた。英が十年前に見たものと、寸分変わらず記録に残っているのが嬉しい。
「その舞台はな……」
月成が、どこか遠くを見るような目で呟いた。
演出が気に入らなくてあれこれ口を出したこと。しかもプロの演出より月成の演出の方がウケて、その演出家から睨まれるようになったこと。そして、その人は演劇界でも重鎮だったらしく、俳優を辞めさせられたことを話した。
だが、そこで諦める月成ではなく、だったら、頭でっかちなジジイを追い出してやろう、と脚本家の道を選んだのだそうだ。こういう業界はコネと伝手の力がものをいう、一から始めるのは相当大変だっただろう。
英はいつの間にか映像そっちのけで、月成の話に聞き入っていた。
「だから、俳優時代の俺の映像がないのも、あのジジイの嫌がらせだ」
その時に木村もだいぶ奮闘して、DVD作成まではこぎつけたが、販売には至らなかったらしい。
そして、見本として残ったのがこれだということだ。
「だって、良いものは売れるんですから。その人は怖かったんでしょうね」
「……だろうな」
そこで、月成の顔が近づいてきて軽くキスされた。久しぶりの行為に、英はドキドキしてしまう。
どうもこういう雰囲気には慣れず、話を逸らす。
「ところで、社長とは何の約束をしてたんですか?」
英は言ってから、しまった、と思った。近くにあった顔の眉間に、皺ができる。
「この場面で他の男の話をするとは、いい度胸してるな」
「あ、いや、その……」
ソファーの上で、じりじりと寄ってくる月成を避けるように、英は後ずさった。
「そもそもお前のせいで、俺が謝る羽目になったんだ。責任取れ」
「はぁ? どういうことですかっ」
端に追い詰められた英は、月成に両腕を捉えられ、押し倒される。
「お前、雅樹に話しただろ」
「な、何を?」
「お前と両想いになるまで、お互い手は出さないと約束してたんだ。それなのにベラベラ喋りやがって」
勝手な言い分に、英はムッとした。そもそも、気持ちが通じ合ってないのに手を出す方が悪い、と月成の下で暴れる。
「あれだけ俺の事好きだと視線で言っておきながら、両想いじゃねぇって? ふざけんな」
英にしてみればそのセリフこそふざけるな、だ。月成の顔が再び近づいてきたので顔を背けたら、耳を噛まれてビクッとなる。
「大体、お前は俺に憧れてこの世界に来たんだろ?」
そのまま耳元で囁かれて、ゾクゾクと背筋に何かが走った。そのまま耳の中に舌を入れられ、声を上げる。
「ひぃ……っ」
「色気のねぇ声だな」
緊張ですくみ上る英から少し離れた月成は、呆れ顔だ。
「わ、悪かったですねっ」
「できれば演技のためにも、男女問わず三人くらいと付き合え……と言いたいところだが、しょうがねぇ、俺が全部教えてやる」
後半にやりと笑った月成は、やはり獲物を狙う肉食獣のような眼をしていた。そして、自分が飲んでいた焼酎を口に含むと、英の口にキスをする。
(こ、これって……)
飲めということだろうか。英は少しずつ月成から移されるアルコールを飲んだ。独特の香りがある焼酎だったみたいで、鼻につんと抜ける。喉、胃が熱くなってクラッとしたが、徐々に性感を高める月成のキスは、それだけで十分酔えた。
(そっか、前もこうなったけど……)
月成はキスが上手いのだ。英の口からこぼれた焼酎が顎を伝い落ちていくが、それも気にならない。
「……ん」
じわじわと頭がしびれるような感覚があり、自分が立っているのか横になっているのかも分からなくなる。
(気持ちいい……)
ふわふわとした意識の中で、月成が仕掛けてくるキスはあくまで優しく、強い刺激は与えてこなかった。いつの間にか舌を絡め、深いキスになっていたのも気付かなかったほどだ。
しかし唇も性感帯、じっくり時間をかけて高められれば、息が上がってくる。
「ちょ、苦しい……」
まだ続きそうだったキスの合間に首を振ると、月成は満足げに英を見た。
「ま、初めてに等しいならこのくらいか。初心者には、気持ちのいいことだけ教えてやる。親切だろ?」
経験が浅いことを強調するセリフはやめてほしかったが、突っ込む気力も奪われてしまっていた。
息を整えながら黙って月成を見ていると、最後に軽くキスをされる。
「とりあえず、風呂入るぞ」
キスの余韻でふわふわしていた英は、それに素直に頷いた。
英も奮闘し、初稽古で期待外れだと言われたマスコミを黙らせ、さらに「報われない英が可愛そう」という声もあり、英を主役でスピンオフを作ることになったのだ。
驚いたのは、月成がそれを予想して、すでに設定を作っていたことだ。英が先日見たノートは、まさにそれだったらしい。
そして、いつものように社長の自宅で打ち上げし、盛り上がっていた。
「英~」
「ちょ、東吾さん、離れてください」
酔った東吾があれこれと絡んできて、正面に座る月成の眉間の皺が取れなくなっている。しかし、酔っ払いとは厄介で、しばらくすると注意されたことも忘れてまた絡んでくるのだ。
「妬くくらいなら注意すれば良いのにねぇ」
「え?」
耳元に寄せられた東吾の口からそんなセリフが聞こえ、思わず聞き返すと、東吾はふふ、と笑って離れて行った。
「たんぽぽ。場所を変えるぞ」
それを見ていた月成は、英の意思を無視して立ち上がる。そんな月成に、東吾はからかうように声を上げた。
「英のこと飽きたら俺にちょうだい」
何を言い出すんだ、と英は冷や汗をかく。しかしそれで月成の機嫌はさらに悪くなったらしい、無視して会場を出て行ってしまった。
「あの、東吾さん。後でオレが怒られるのでやめてもらえませんか」
「えー? やだ」
「おら、たんぽぽ早く来い!」
相変わらず飄々と困ることを言う東吾に、多分話していることすら気に入らないのだろう月成が、早く来いと急かしてくる。間に挟まれた英は、とりあえず監督の機嫌を優先した。
英も会場の部屋を出ると、月成はもう廊下を長い足で歩いている。その方向からするに、以前にも訪れた、社長のリビングだ。
「そういえば、木村社長は?」
走って追いついた月成に聞くと、月成はまた機嫌を悪くしたらしい。どうしろというんだ、と途方に暮れていると、すぐに目的地に着く。
「やあ英くん。光洋も」
見覚えのある部屋に入っていくと、バーカウンターには木村が座っていた。一人で飲んでいたのだろうか。
「たんぽぽが社長の事を心配してハゲそうだってよ」
「はぁ?」
木村の隣に座った月成は、さらに隣に変な声を上げた英を座らせる。そして、カウンターにあった酒を勝手に注いで飲んだ。
木村はその言葉に苦笑し、月成の空いたグラスに酒を注ぎ足す。
「みっともない嫉妬をするくらいなら、ちゃんと二人で話し合いなさい。私もそうできた人間じゃないのでね。ごちそうさま」
早口で告げた木村は、今日は少し酔っているようだ。ザルだと聞いていたのに酔っているとは、一体どれだけ飲んだのだろう。
「雅樹……」
月成が木村を呼んだ。いつもの役職ではなく、名前で呼んだことに、英はハッとさせられる。
「……悪かった」
英には何の話か分からなかったが、気まずそうに謝る月成に、木村はため息をつく。そういえばこの間、二人は何かの約束をしていた。そしてきっと、月成がその約束を破ったのだろう、と直感的に思う。
ああ、良いな、と英は思った。この二人と友人になれたら良かったのに、と少し寂しい気持ちが沸いてくる。この二人は信頼関係で繋がっていられる、それがうらやましいとも思った。
「さぁ、一人にしてくれないかい? 気持ちの整理が必要なんだ」
木村のその言葉に、月成も英も逆らわなかった。
その後、英は月成と木村邸を出て、帰り道の途中にあるコンビニで酒とつまみを買った。まだ飲むのか、と正直思ったが、まだ一緒にいられる、と浮かれたのは内緒だ。
しかし、道中ずっと月成は無言で、また何か怒っているのかと心配になってくる。
とうとう話しかけられずに寮の前まで来ると、月成が「来い」と自宅へと歩き出した。これは月成監督の仕事場が見られるかも、とテンションが上がる。
「良いんですか? お邪魔しても」
しかしその言葉ににやりと笑った月成を見て、英はすぐに後悔した。
「お前のいやらしい声が、隣近所に漏れても良いならそっちにするが?」
「な……っ」
やっぱりろくなことを考えていなかった月成に絶句していると、ズルズルと家の中へと引きずられる。
「あ、アンタっ、そのために家で飲みなおそうって……!」
「ああ? それ以外に何があるんだ。まさか言葉通りに家飲みするだけだと思ったか? どこのお子様だ」
良いから入れ、と玄関に投げ入れられた英は、家の中を見て言葉を失う。
部屋から流れて来たらしい本の山が、床を埋め尽くしていた。はっきり言って、汚い。
「最近本棚が足りなくってな。放置してたら雪崩れた」
「雪崩れたって、どれだけ放置してたんですかっ」
靴を脱いで器用に本を避けて入っていく月成に習い、英も奥へと進んで行く。リビングまでに二つの部屋があり、二階へ続く階段もあったが、どこも本だらけだ。
しかし、一歩リビングへ入ると、そこは綺麗に片づけられた、普通の空間だった。
「何なんすか、この家……」
ぐったりしてソファーに座ると、正面にテレビがある。何となくデッキを見ていたら、とんでもないものを発見してしまった。荷物を放り出して近づくと、間違いない、『美女や野獣』のDVDだ。
(うそ、これ売ってないのに!)
しかしそこにあるのはきちんと装丁もされたDVDで、貴重なものに出会えた嬉しさに思わず月成に視線を送る。
「目ぇキラッキラさせやがって……言っとくがそれは俺の脚本じゃねぇんだぞ」
見ても良いかと尋ねると、呆れた声でオーケーの返事がもらえたので、さっそくデッキに入れる。
見覚えのあるAカンパニーのロゴが出てきて、本編が始まった。
「せっかくだから飲め」
「ちょっと、静かにしててもらえませんか」
せっかく貴重な映像を見せてもらえるのだ、見逃すものかと見ていると、隣で月成が背もたれに凭れて舌打ちをする。
画面には、貴族の恰好をした月成が出てきた。英が十年前に見たものと、寸分変わらず記録に残っているのが嬉しい。
「その舞台はな……」
月成が、どこか遠くを見るような目で呟いた。
演出が気に入らなくてあれこれ口を出したこと。しかもプロの演出より月成の演出の方がウケて、その演出家から睨まれるようになったこと。そして、その人は演劇界でも重鎮だったらしく、俳優を辞めさせられたことを話した。
だが、そこで諦める月成ではなく、だったら、頭でっかちなジジイを追い出してやろう、と脚本家の道を選んだのだそうだ。こういう業界はコネと伝手の力がものをいう、一から始めるのは相当大変だっただろう。
英はいつの間にか映像そっちのけで、月成の話に聞き入っていた。
「だから、俳優時代の俺の映像がないのも、あのジジイの嫌がらせだ」
その時に木村もだいぶ奮闘して、DVD作成まではこぎつけたが、販売には至らなかったらしい。
そして、見本として残ったのがこれだということだ。
「だって、良いものは売れるんですから。その人は怖かったんでしょうね」
「……だろうな」
そこで、月成の顔が近づいてきて軽くキスされた。久しぶりの行為に、英はドキドキしてしまう。
どうもこういう雰囲気には慣れず、話を逸らす。
「ところで、社長とは何の約束をしてたんですか?」
英は言ってから、しまった、と思った。近くにあった顔の眉間に、皺ができる。
「この場面で他の男の話をするとは、いい度胸してるな」
「あ、いや、その……」
ソファーの上で、じりじりと寄ってくる月成を避けるように、英は後ずさった。
「そもそもお前のせいで、俺が謝る羽目になったんだ。責任取れ」
「はぁ? どういうことですかっ」
端に追い詰められた英は、月成に両腕を捉えられ、押し倒される。
「お前、雅樹に話しただろ」
「な、何を?」
「お前と両想いになるまで、お互い手は出さないと約束してたんだ。それなのにベラベラ喋りやがって」
勝手な言い分に、英はムッとした。そもそも、気持ちが通じ合ってないのに手を出す方が悪い、と月成の下で暴れる。
「あれだけ俺の事好きだと視線で言っておきながら、両想いじゃねぇって? ふざけんな」
英にしてみればそのセリフこそふざけるな、だ。月成の顔が再び近づいてきたので顔を背けたら、耳を噛まれてビクッとなる。
「大体、お前は俺に憧れてこの世界に来たんだろ?」
そのまま耳元で囁かれて、ゾクゾクと背筋に何かが走った。そのまま耳の中に舌を入れられ、声を上げる。
「ひぃ……っ」
「色気のねぇ声だな」
緊張ですくみ上る英から少し離れた月成は、呆れ顔だ。
「わ、悪かったですねっ」
「できれば演技のためにも、男女問わず三人くらいと付き合え……と言いたいところだが、しょうがねぇ、俺が全部教えてやる」
後半にやりと笑った月成は、やはり獲物を狙う肉食獣のような眼をしていた。そして、自分が飲んでいた焼酎を口に含むと、英の口にキスをする。
(こ、これって……)
飲めということだろうか。英は少しずつ月成から移されるアルコールを飲んだ。独特の香りがある焼酎だったみたいで、鼻につんと抜ける。喉、胃が熱くなってクラッとしたが、徐々に性感を高める月成のキスは、それだけで十分酔えた。
(そっか、前もこうなったけど……)
月成はキスが上手いのだ。英の口からこぼれた焼酎が顎を伝い落ちていくが、それも気にならない。
「……ん」
じわじわと頭がしびれるような感覚があり、自分が立っているのか横になっているのかも分からなくなる。
(気持ちいい……)
ふわふわとした意識の中で、月成が仕掛けてくるキスはあくまで優しく、強い刺激は与えてこなかった。いつの間にか舌を絡め、深いキスになっていたのも気付かなかったほどだ。
しかし唇も性感帯、じっくり時間をかけて高められれば、息が上がってくる。
「ちょ、苦しい……」
まだ続きそうだったキスの合間に首を振ると、月成は満足げに英を見た。
「ま、初めてに等しいならこのくらいか。初心者には、気持ちのいいことだけ教えてやる。親切だろ?」
経験が浅いことを強調するセリフはやめてほしかったが、突っ込む気力も奪われてしまっていた。
息を整えながら黙って月成を見ていると、最後に軽くキスをされる。
「とりあえず、風呂入るぞ」
キスの余韻でふわふわしていた英は、それに素直に頷いた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

【センチネルバース】forge a bond ~ぼくらの共命パラダイムシフト~
沼田桃弥
BL
時は二五〇〇年の日本。突如出現したクリスタルと黒い靄をしたシャドウにより、多くの人の命が奪われた。それは未知なる力を持ち、通常の武器では倒せず、政府は防衛機関アイリスを設立する。アイリスは様々な取り組みにより、人々の安全の象徴的存在となった。
それから数年が経過し、健人は日々平穏に過ごしていたが、アイリスに勤める父から便りが届き、蘇芳という軍事用シンクロイドとのバディ契約をしろと命令されてしまい――。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる