11 / 35
11
しおりを挟む
病院は思ったより混んでいて、帰ってきた時には夕方になっていた。
木村に寮まで送ってもらうと、その前に月成が立っていることに気付く。どうやら英たちを待っていたらしい、姿をみとめると、こちらに向かって歩いてきた。
「さ、降りられる?」
何故か木村は有無を言わさず英に肩をかし、月成の方へ歩いて行く。
「あ、の、社長。オレ、一人で歩けますって……」
「そんなふらついた足で、転んで怪我でもされたら困るからね」
「木村社長。小井出の衣装のことですが」
月成は近づくなり、いきなり本題に入ってくる。英のことなどお構いなしだ。
「光洋、その話は後でしよう」
木村の声色が少し冷たくなった。月成の口調が厳しいのはいつものことだが、今日は二人の間に何故か火花が見えるようだ。
「いいえ。急いで小井出の鷲野の衣装を作らせないといけません。社長がオーケーを出してくれないから、ちっとも進まないんですけど」
英の体がびくりと震えた。月成は、やっぱり小井出を鷲野役にすることを、まだ諦めていないのだ。
「言ったでしょう。私は意見を変えるつもりはない。それに、英くんの前でする話じゃない」
「ったく、このガキのどこが良いんですか。とにかく、こいつはもう稽古にも入れさせませんので」
「……っ」
英はその一言を聞いて、弾かれたように木村を押しのけ、寮の中へ駆け込んだ。熱のせいで足がもつれ、エレベーターを使うのも忘れて階段を駆け上がる。木村の名前を呼ぶ声がした気がしたが、もう誰の声も聞く気にはなれなかった。
初めから好かれていないことは分かっていた。だが、あそこまで言われる筋合いはないはずだ。
大体、嫌われる理由も分からないのに、どうしろと言うのか。それに、先日レッスンをしてくれた時だって、本番までに仕上げておけと言われたはずなのに。
(ただ気に食わないってだけで、あそこまでする人なのかよ……)
幼い頃からあこがれ続けた月成光洋。どんなにきついことを言われても、出演できるから、とその憧れ像をかろうじて保っていた。しかし、それも今は完全に崩れてしまった。それが、自分がこの世界にいる意味がなくなったことも意味している。
「……疲れた」
英は呟いて、ベッドに倒れ込むと、すぐに眠りに落ちた。
木村に寮まで送ってもらうと、その前に月成が立っていることに気付く。どうやら英たちを待っていたらしい、姿をみとめると、こちらに向かって歩いてきた。
「さ、降りられる?」
何故か木村は有無を言わさず英に肩をかし、月成の方へ歩いて行く。
「あ、の、社長。オレ、一人で歩けますって……」
「そんなふらついた足で、転んで怪我でもされたら困るからね」
「木村社長。小井出の衣装のことですが」
月成は近づくなり、いきなり本題に入ってくる。英のことなどお構いなしだ。
「光洋、その話は後でしよう」
木村の声色が少し冷たくなった。月成の口調が厳しいのはいつものことだが、今日は二人の間に何故か火花が見えるようだ。
「いいえ。急いで小井出の鷲野の衣装を作らせないといけません。社長がオーケーを出してくれないから、ちっとも進まないんですけど」
英の体がびくりと震えた。月成は、やっぱり小井出を鷲野役にすることを、まだ諦めていないのだ。
「言ったでしょう。私は意見を変えるつもりはない。それに、英くんの前でする話じゃない」
「ったく、このガキのどこが良いんですか。とにかく、こいつはもう稽古にも入れさせませんので」
「……っ」
英はその一言を聞いて、弾かれたように木村を押しのけ、寮の中へ駆け込んだ。熱のせいで足がもつれ、エレベーターを使うのも忘れて階段を駆け上がる。木村の名前を呼ぶ声がした気がしたが、もう誰の声も聞く気にはなれなかった。
初めから好かれていないことは分かっていた。だが、あそこまで言われる筋合いはないはずだ。
大体、嫌われる理由も分からないのに、どうしろと言うのか。それに、先日レッスンをしてくれた時だって、本番までに仕上げておけと言われたはずなのに。
(ただ気に食わないってだけで、あそこまでする人なのかよ……)
幼い頃からあこがれ続けた月成光洋。どんなにきついことを言われても、出演できるから、とその憧れ像をかろうじて保っていた。しかし、それも今は完全に崩れてしまった。それが、自分がこの世界にいる意味がなくなったことも意味している。
「……疲れた」
英は呟いて、ベッドに倒れ込むと、すぐに眠りに落ちた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

勃起できない俺に彼氏ができた⁉
千歳
BL
大学三年生の瀬戸結(セト ユイ)は明るい性格で大学入学当初からモテた。
しかし、彼女ができても長続きせずにすぐに別れてしまい、その度に同級生の羽月清那(ハヅキ セナ)に慰めてもらっていた。
ある日、結がフラれる現場に出くわしてしまった清那はフラれて落ち込む結を飲みへと誘う。
どうして付き合ってもすぐに別れてしまうのかと結に尋ねてみると、泥酔した彼はぽつりと言葉を零した。
「……勃起、できないから」
衝撃的なその告白と共に結は恋愛体質だから誰かと付き合っていたいんだとも語った。
酔っ払いながら泣き言を零す結を見ながら清那はある一つの案を結に提示する。
「誰かと付き合っていたいならさ、俺と付き合ってみる?」

愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?
BL団地妻on vacation
夕凪
BL
BL団地妻第二弾。
団地妻の芦屋夫夫が団地を飛び出し、南の島でチョメチョメしてるお話です。
頭を空っぽにして薄目で読むぐらいがちょうどいいお話だと思います。
なんでも許せる人向けです。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
本能と理性の狭間で
琴葉
BL
※オメガバース設定 20代×30代※通勤途中突然の発情期に襲われたΩの前に現れたのは、一度一緒に仕事をした事があるαだった。
すいません、間違って消してしまいました!お気に入り、しおり等登録してくださっていた方申し訳ありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる