6 / 35
6
しおりを挟む
それから期限の一週間後、主人公の配役は英に決定したのだった。
「ちょっと、もうちょっとタイミング合わせてよね」
大体の演技の動きが付いてきた頃、後は細かい練習に入る。英は小井出との掛け合いのシーンでうまくいかず、彼が文句を言ってきた。
英に主人公の役を与えられた後、小井出の機嫌は常に悪い。風当たりも強くなっていた。
「今のはたんぽぽが悪い。お前の食いつきが遅いからだ」
「……はい」
しかし相変わらず月成は英に対して厳しいままで、不満を漏らしてばかりの小井出の演技には何も言わないくせに、英の一挙一動に口を出してくる。
このころになると、楽曲も出来上がり、踊りながらストーリーが進むシーンも出てくる。小井出はダンスもでき、歌もそこそこうまいのだ。
舞台上での彼の唯一の欠点を上げるとすれば、背が低いことだけ。しかし、それも可愛い容姿と合っているから、完全な欠点とはいえないかもしれない。
月成の小井出との比較、苦手なダンスが増えてきたこともあって、英の精神はちょっと追い詰められている。
短期集中で繰り返し練習を重ねることによって、体で演技を覚えるこの時期が、英にとって一番つらいときになるのだ。
「よし。小井出、次の仕事があるだろ。今日は終わりだ」
「はい監督。ありがとうございました」
同じ稽古量をこなしているというのに、小井出の足は軽く走っていく。この差は何だろう、と英は思う。
思い当たる節を挙げるとすると、英は無駄な動きが多いからだ。本来の振り付けより無駄な動きをしたり、無理な重心をかけたりしているので、どうしても体への負担が大きいのだ。
これはこの後も自主練だな、と思っていると、月成がへたり込みそうな英を見下ろしていた。
「おいたんぽぽ。お前はこのダンスナンバー今週中の課題だ。お遊戯やってんじゃねぇんだぞ」
「……はい」
英の呼び名はあれからずっとたんぽぽだ。態度も変わらない。いちいち突っかかってると無駄なので、流すことにしている。
大人しく返事をした英を一瞥し、月成は稽古場を出ていく。
「ふーっ」
英は床に仰向けになった。
主役となれば当然、セリフも運動量も格段に多くなる。体に叩き込むことが多すぎてパンクしそうだ。
「だめだ、体が冷える前にやらないと」
英は起き上って、稽古場の自分の荷物からハンディカメラを取り出した。
振り付けを覚えるのが苦手な英にとって、これは必須のアイテムだ。先日、振り付け師にレッスンをしてもらったのを録画し、見返して振りを覚える。
映っている小井出や笹井は一度先生がやった振りをすぐに再現しているのに、英だけがもたついている。今日も、ところどころ忘れた個所があって、月成に何度も叱られた。
まずは自分のペースで一つずつ振りを確認。次にゆっくりそれらを繫げていって、最後に曲に合わせてやってみる。それの繰り返しだ。
(そうか、ここはこういう重心移動で楽にいける)
本来ならこれは先生の振りを見た時点で見つけるべき点だ。しかし、どうしても形ばかりを見てしまって、そこまで見抜けていない。
(で、こう流れるから、こうなって……)
そのコツが分かってしまえば、後は体に染みつくのも早い。ただ英は、そこまで行き着くのに時間がかかるだけなのだ。
それなら、と曲をかけて合わせてやってみる。何回か通して、つっかえずに一曲踊れたら終わろうと黙々と練習を続けた。
「あっつー」
「お疲れさん」
声がして振り返ると、いつかと同じように木村が椅子に座っていた。
「あ、お疲れ様です。もしかして、もう閉めますか?」
慌てて片づけようとした英に、そうじゃないよ、と止め、頭にタオルをかけてくれる。
「すごい汗だね。水分はちゃんと採ってる?」
「はい……」
そのままわしわしと頭を拭かれる。何だか子供扱いされているようで不満だ。
「……頑張ってるね。私も、応援のし甲斐があるよ」
「あ、ありがとうございます。月成監督には叱られてばかりですけど」
「光洋が?」
しまった、と英は思った。つい愚痴めいたことを言ってしまい、後悔する。
「光洋が何て?」
「あ、あはは……」
しかも予想外に食いついてきた木村は、詳しいことを聞き出そうとしている。笑ってごまかすと、木村はタオル越しに頭を撫でた。
「……着替えておいで。おいしいものを食べに行こう。何が良い?」
「え、でも……」
「英くん。これは社長命令だよ。早く着替えておいで」
笑顔で言われ、英は逆らえなかった。
「ちょっと、もうちょっとタイミング合わせてよね」
大体の演技の動きが付いてきた頃、後は細かい練習に入る。英は小井出との掛け合いのシーンでうまくいかず、彼が文句を言ってきた。
英に主人公の役を与えられた後、小井出の機嫌は常に悪い。風当たりも強くなっていた。
「今のはたんぽぽが悪い。お前の食いつきが遅いからだ」
「……はい」
しかし相変わらず月成は英に対して厳しいままで、不満を漏らしてばかりの小井出の演技には何も言わないくせに、英の一挙一動に口を出してくる。
このころになると、楽曲も出来上がり、踊りながらストーリーが進むシーンも出てくる。小井出はダンスもでき、歌もそこそこうまいのだ。
舞台上での彼の唯一の欠点を上げるとすれば、背が低いことだけ。しかし、それも可愛い容姿と合っているから、完全な欠点とはいえないかもしれない。
月成の小井出との比較、苦手なダンスが増えてきたこともあって、英の精神はちょっと追い詰められている。
短期集中で繰り返し練習を重ねることによって、体で演技を覚えるこの時期が、英にとって一番つらいときになるのだ。
「よし。小井出、次の仕事があるだろ。今日は終わりだ」
「はい監督。ありがとうございました」
同じ稽古量をこなしているというのに、小井出の足は軽く走っていく。この差は何だろう、と英は思う。
思い当たる節を挙げるとすると、英は無駄な動きが多いからだ。本来の振り付けより無駄な動きをしたり、無理な重心をかけたりしているので、どうしても体への負担が大きいのだ。
これはこの後も自主練だな、と思っていると、月成がへたり込みそうな英を見下ろしていた。
「おいたんぽぽ。お前はこのダンスナンバー今週中の課題だ。お遊戯やってんじゃねぇんだぞ」
「……はい」
英の呼び名はあれからずっとたんぽぽだ。態度も変わらない。いちいち突っかかってると無駄なので、流すことにしている。
大人しく返事をした英を一瞥し、月成は稽古場を出ていく。
「ふーっ」
英は床に仰向けになった。
主役となれば当然、セリフも運動量も格段に多くなる。体に叩き込むことが多すぎてパンクしそうだ。
「だめだ、体が冷える前にやらないと」
英は起き上って、稽古場の自分の荷物からハンディカメラを取り出した。
振り付けを覚えるのが苦手な英にとって、これは必須のアイテムだ。先日、振り付け師にレッスンをしてもらったのを録画し、見返して振りを覚える。
映っている小井出や笹井は一度先生がやった振りをすぐに再現しているのに、英だけがもたついている。今日も、ところどころ忘れた個所があって、月成に何度も叱られた。
まずは自分のペースで一つずつ振りを確認。次にゆっくりそれらを繫げていって、最後に曲に合わせてやってみる。それの繰り返しだ。
(そうか、ここはこういう重心移動で楽にいける)
本来ならこれは先生の振りを見た時点で見つけるべき点だ。しかし、どうしても形ばかりを見てしまって、そこまで見抜けていない。
(で、こう流れるから、こうなって……)
そのコツが分かってしまえば、後は体に染みつくのも早い。ただ英は、そこまで行き着くのに時間がかかるだけなのだ。
それなら、と曲をかけて合わせてやってみる。何回か通して、つっかえずに一曲踊れたら終わろうと黙々と練習を続けた。
「あっつー」
「お疲れさん」
声がして振り返ると、いつかと同じように木村が椅子に座っていた。
「あ、お疲れ様です。もしかして、もう閉めますか?」
慌てて片づけようとした英に、そうじゃないよ、と止め、頭にタオルをかけてくれる。
「すごい汗だね。水分はちゃんと採ってる?」
「はい……」
そのままわしわしと頭を拭かれる。何だか子供扱いされているようで不満だ。
「……頑張ってるね。私も、応援のし甲斐があるよ」
「あ、ありがとうございます。月成監督には叱られてばかりですけど」
「光洋が?」
しまった、と英は思った。つい愚痴めいたことを言ってしまい、後悔する。
「光洋が何て?」
「あ、あはは……」
しかも予想外に食いついてきた木村は、詳しいことを聞き出そうとしている。笑ってごまかすと、木村はタオル越しに頭を撫でた。
「……着替えておいで。おいしいものを食べに行こう。何が良い?」
「え、でも……」
「英くん。これは社長命令だよ。早く着替えておいで」
笑顔で言われ、英は逆らえなかった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。
恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。
副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。
なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。
しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!?
それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。
果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!?
*この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
*不定期更新になることがあります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる