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9 後日談1
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「なあ槙人、これってどう解くんだっけ?」
「ん? ああ、これはね……」
大学祭も終わって落ち着いた頃、朔夜は大学の図書館で自習をしていた。向かいの槙人に聞くと、彼は身を乗り出して教えてくれる。
「……なんかさぁ、大学祭終わった辺りから、お前ら仲良くなったよな」
朔夜の隣に座った一誠が、頬杖をついてそんなことを言ってくる。朔夜はそ、そうかな、なんてしどろもどろになってしまい、逆に怪しまれないかとヒヤヒヤした。
実際、槙人は独占欲と執着心が強いと言っていた通り、どうしてもの時以外は朔夜と一緒にいる。穏やかに笑いながら、さり気なく周りを牽制する彼に、本当のことを言うつもりはないからな、と言ったけれど。
――言わないの? まあ、朔夜がそう言うなら良いけど。
そう言いつつ、前述の通り牽制を忘れない辺り、本当に怒らせたら怖いんだろうな、と思う。
でも、それも好きだからこそだと言われたら、拒否できないほどには朔夜は槙人が好きだ。
(甘いのかな……)
そう思いながら、ふと視線を感じてノートから視線を上げると、目を細めて微笑している槙人と目が合った。
朔夜は慌てて視線を戻す。
槙人は、朔夜と知り合ってほどなくして好きになったと聞いた。一誠が好きな朔夜が好きだったから、惚れられて流されてくれるならそれでいい、と慰められたのだ、身体で。
朔夜はため息をつく。
「見すぎ」
「ん? 続き解けるかなーって見てただけだよ?」
そんな会話に、笑ったのは一誠だ。
「ほんと、槙人は朔夜が好きだなぁ」
「ば……っ」
ばか、と言おうとして、思わず大きな声になってしまい、朔夜は慌てて口を噤む。それを見た槙人は笑って、そうだね、と目を伏せた。
「好きだよ。一途そうじゃん? 朔夜は」
そう言って、意味ありげな視線をよこしてくる。う、と呻いた朔夜は、ノートに意味もなくもじゃもじゃと線を書いた。実際、長年一誠に片想いしていたわけだし、合っているけれど。
「え? まじで? 恋愛的な意味で言ってる?」
一誠の言葉に朔夜の手が止まる。そろそろと顔を上げると、槙人は優しい目で一誠を見ていた。
「そうだよ。何かおかしいかな?」
「……」
一誠が黙ってしまう。朔夜は破裂しそうな心臓が、口から飛び出てこないようにするのに必死だった。時を巻き戻したことを知らない二人は、朔夜が一誠に告白した時、どれだけ冷たい目と言葉をぶつけられたか、わかる由もない。
けれど、続いた一誠の言葉に、朔夜は驚く。
「……いや、……そうか……そんなもんなのか……」
一誠自身も驚いていたようで、戸惑いは見せたものの、槙人を口撃する様子はない。朔夜の視線に気付いた一誠は、微苦笑を浮かべた。
「好きになるのに性別は関係ないってよく言うけど、……槙人を見て納得した」
「……っ」
朔夜の心臓が、さらに大きく跳ねる。
それは、朔夜がずっと望んでいた言葉だった。一誠にそう言われたいと、長年片想いしてきた気持ちが、報われた気がしたのだ。これはもう、完全に時を巻き戻す前の世界線とは、完全に違うんだ、と思い知らされた。
――今なら、一誠に言える。朔夜はそう思う。
朔夜が今後誰と一緒にいて、誰と笑い合いたいか。
伝えたい、と強く思ったのだ。
「あのな、一誠……」
朔夜はギュッと拳を握ると、一誠を真っ直ぐ見つめる。
「実はオレたち、付き合ってるんだ」
緊張で目眩がした。一誠が目を見開いたのがわかって、ああ、やっぱり失敗したのかな、と思う。
「でも、真剣なんだ。槙人もオレを一途に思ってくれてる。……一誠には言っておきたいと思って」
一誠は元好きだった人以前に、大切な友人だ。だからこそ、コソコソ隠れるような真似はしたくないと感じた。そんな、浅い関係ではないはずだ、と思ったのだ。
けれど、黙り込んでしまった彼に、朔夜は次第に怖くなってくる。
やっぱり受け入れられなくて、このあとは無視か罵倒か、と思っていたら、彼はフッと力を抜いて笑った。
「……なんだ、そういうことだったのか」
彼が笑ったことが意外で、え? と聞き返してしまう。すると一誠は、気まずそうに頭の後ろを掻いた。
「いや、……お前女の子に興味なさそうだったし、そういうのをからかったこともあったからさ。……悪かった。……良かったな」
「……っ!」
そう言われて、言葉よりも先に涙が出る。伝えるのも勇気がいっただろ、ありがとうな、と言われて、この人と友人になれて良かった、と嗚咽が漏れる。
単純だけれど、あの悪夢のような大学祭を経験した過去が、それで全部清算されたと思った。止まらない涙を拭っていると、槙人がハンカチを渡してくれる。
「ずいぶん悩んでたんだよ、朔夜は。……このタイミングで言うとは思わなかったけど」
「そっか。……そうだよな」
受け取ったハンカチで遠慮なく涙を拭いていると、槙人がフォローしてくれた。本来はこんなふうに気遣える、良い奴だったと一誠を見ると、彼はやっぱり笑っていた。
「槙人なら朔夜を任せられるかな」
「大丈夫。誰にも渡さないから」
槙人がそう言うと、一誠は今度こそ声を出して笑う。朔夜は、槙人と一誠が笑っていることが嬉しくて、泣きながら笑った。
そして思ったのだ。ああ、オレが見たかったのはこの二人の笑顔だったんだ、と。
これで元の関係に戻れたんだ、と。
「一誠、ありがとう。槙人も」
涙を拭きながら笑顔で言うと、二人は照れながらもさらに笑う。勉強どころじゃなくなったので、お開きにするか、と一誠は机の上を片付け始めた。
「じゃ、俺先行くわ。仲良くしろよ」
「うん」
気を遣ってくれたのかな、と思うほど、一誠は素早く帰っていく。残された二人はのんびり片付けて、図書館を出た。
「ん? ああ、これはね……」
大学祭も終わって落ち着いた頃、朔夜は大学の図書館で自習をしていた。向かいの槙人に聞くと、彼は身を乗り出して教えてくれる。
「……なんかさぁ、大学祭終わった辺りから、お前ら仲良くなったよな」
朔夜の隣に座った一誠が、頬杖をついてそんなことを言ってくる。朔夜はそ、そうかな、なんてしどろもどろになってしまい、逆に怪しまれないかとヒヤヒヤした。
実際、槙人は独占欲と執着心が強いと言っていた通り、どうしてもの時以外は朔夜と一緒にいる。穏やかに笑いながら、さり気なく周りを牽制する彼に、本当のことを言うつもりはないからな、と言ったけれど。
――言わないの? まあ、朔夜がそう言うなら良いけど。
そう言いつつ、前述の通り牽制を忘れない辺り、本当に怒らせたら怖いんだろうな、と思う。
でも、それも好きだからこそだと言われたら、拒否できないほどには朔夜は槙人が好きだ。
(甘いのかな……)
そう思いながら、ふと視線を感じてノートから視線を上げると、目を細めて微笑している槙人と目が合った。
朔夜は慌てて視線を戻す。
槙人は、朔夜と知り合ってほどなくして好きになったと聞いた。一誠が好きな朔夜が好きだったから、惚れられて流されてくれるならそれでいい、と慰められたのだ、身体で。
朔夜はため息をつく。
「見すぎ」
「ん? 続き解けるかなーって見てただけだよ?」
そんな会話に、笑ったのは一誠だ。
「ほんと、槙人は朔夜が好きだなぁ」
「ば……っ」
ばか、と言おうとして、思わず大きな声になってしまい、朔夜は慌てて口を噤む。それを見た槙人は笑って、そうだね、と目を伏せた。
「好きだよ。一途そうじゃん? 朔夜は」
そう言って、意味ありげな視線をよこしてくる。う、と呻いた朔夜は、ノートに意味もなくもじゃもじゃと線を書いた。実際、長年一誠に片想いしていたわけだし、合っているけれど。
「え? まじで? 恋愛的な意味で言ってる?」
一誠の言葉に朔夜の手が止まる。そろそろと顔を上げると、槙人は優しい目で一誠を見ていた。
「そうだよ。何かおかしいかな?」
「……」
一誠が黙ってしまう。朔夜は破裂しそうな心臓が、口から飛び出てこないようにするのに必死だった。時を巻き戻したことを知らない二人は、朔夜が一誠に告白した時、どれだけ冷たい目と言葉をぶつけられたか、わかる由もない。
けれど、続いた一誠の言葉に、朔夜は驚く。
「……いや、……そうか……そんなもんなのか……」
一誠自身も驚いていたようで、戸惑いは見せたものの、槙人を口撃する様子はない。朔夜の視線に気付いた一誠は、微苦笑を浮かべた。
「好きになるのに性別は関係ないってよく言うけど、……槙人を見て納得した」
「……っ」
朔夜の心臓が、さらに大きく跳ねる。
それは、朔夜がずっと望んでいた言葉だった。一誠にそう言われたいと、長年片想いしてきた気持ちが、報われた気がしたのだ。これはもう、完全に時を巻き戻す前の世界線とは、完全に違うんだ、と思い知らされた。
――今なら、一誠に言える。朔夜はそう思う。
朔夜が今後誰と一緒にいて、誰と笑い合いたいか。
伝えたい、と強く思ったのだ。
「あのな、一誠……」
朔夜はギュッと拳を握ると、一誠を真っ直ぐ見つめる。
「実はオレたち、付き合ってるんだ」
緊張で目眩がした。一誠が目を見開いたのがわかって、ああ、やっぱり失敗したのかな、と思う。
「でも、真剣なんだ。槙人もオレを一途に思ってくれてる。……一誠には言っておきたいと思って」
一誠は元好きだった人以前に、大切な友人だ。だからこそ、コソコソ隠れるような真似はしたくないと感じた。そんな、浅い関係ではないはずだ、と思ったのだ。
けれど、黙り込んでしまった彼に、朔夜は次第に怖くなってくる。
やっぱり受け入れられなくて、このあとは無視か罵倒か、と思っていたら、彼はフッと力を抜いて笑った。
「……なんだ、そういうことだったのか」
彼が笑ったことが意外で、え? と聞き返してしまう。すると一誠は、気まずそうに頭の後ろを掻いた。
「いや、……お前女の子に興味なさそうだったし、そういうのをからかったこともあったからさ。……悪かった。……良かったな」
「……っ!」
そう言われて、言葉よりも先に涙が出る。伝えるのも勇気がいっただろ、ありがとうな、と言われて、この人と友人になれて良かった、と嗚咽が漏れる。
単純だけれど、あの悪夢のような大学祭を経験した過去が、それで全部清算されたと思った。止まらない涙を拭っていると、槙人がハンカチを渡してくれる。
「ずいぶん悩んでたんだよ、朔夜は。……このタイミングで言うとは思わなかったけど」
「そっか。……そうだよな」
受け取ったハンカチで遠慮なく涙を拭いていると、槙人がフォローしてくれた。本来はこんなふうに気遣える、良い奴だったと一誠を見ると、彼はやっぱり笑っていた。
「槙人なら朔夜を任せられるかな」
「大丈夫。誰にも渡さないから」
槙人がそう言うと、一誠は今度こそ声を出して笑う。朔夜は、槙人と一誠が笑っていることが嬉しくて、泣きながら笑った。
そして思ったのだ。ああ、オレが見たかったのはこの二人の笑顔だったんだ、と。
これで元の関係に戻れたんだ、と。
「一誠、ありがとう。槙人も」
涙を拭きながら笑顔で言うと、二人は照れながらもさらに笑う。勉強どころじゃなくなったので、お開きにするか、と一誠は机の上を片付け始めた。
「じゃ、俺先行くわ。仲良くしろよ」
「うん」
気を遣ってくれたのかな、と思うほど、一誠は素早く帰っていく。残された二人はのんびり片付けて、図書館を出た。
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