あした、きみと喧嘩する日

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
1 / 11

しおりを挟む
 もう、元のような関係には戻れないのか。

 雨が降る中、さくは大学のキャンパス内のベンチに、座って項垂れていた。
 十一月三日、文化の日の大学祭は閉会式前だというのに強制的にお開きになり、辺りは雨宿りに走る学生で騒がしい。
 しかし朔夜はベンチから動かず、次第に濡れていく身体を受け入れていた。服に染みていく雨を感じながら、滲んだ視界で地面をじっと見つめている。

「……っ」

 嗚咽が漏れそうでグッと堪えた。鼻がツンとして目頭が熱くなり、揺れた視界から水滴が落ちるのを、まばたきもせずにただ眺めていた。
 もう、元の関係に戻ることはできない。――自分が壊したのだ。長年つるんできた友人の一誠いっせいに、友情以上の想いを募らせたのがいけなかった。そしてそのせいで朔夜は一誠と、槙人まきと、二人の友人を失った。

「まさか、ここまで言われるとは思わなかった……」

 項垂れたまま朔夜は呟く。辺りはいつの間にかしんとしていて、雨の音だけが朔夜を包んでいた。
 ――お前、俺のことそういう風に見てたのかよ。
 脳裏に甦った言葉に朔夜はギュッと目をつむる。一誠の表情に一瞬にして現れた嫌悪と侮蔑ぶべつ。学祭だからと調子に乗って、想いを告白した自分への罰だと思った。
 ――ハイタッチとか、肩組むのとか、ラッキーって思ってたんだろ、気持ち悪い。
 違うと言えば嘘になる。否定はできずに黙っていたら、一誠の目に表れたのは恐怖だった。そこで朔夜はやっと、この告白が大失敗であることを悟る。大切にしたかったはずの友人に、そんな思いをさせてしまった罪悪感。もう付き合いたくないと言う一誠に、分かったと頷くことしかできなかった。
 朔夜は震える息を吐き出す。こんなことになるなら、大人しく槙人の言うことを聞いておけばよかった、と後悔した。――やめた方がいい、一誠は朔夜のことを友達としか見ていない――そんなことを言われてついカッとなり、大喧嘩してこちらも絶交した。つい昨日のことだ。

「……どうすればよかったんだよ……っ」

 胸が痛くてシャツを掴む。募らせた想いはひょんなことから口から飛び出そうで、必死で抑えていたのに。それでも、自分にはそれを口にする権利すらなかったと言うのか。

「お困りですか?」

 突然声をかけられ、驚いてそちらを見る。するといつの間にか、隣に男が座っていた。
 その男は黒の中折れ帽に金色の長い髪を三つ編みにし、帽子と同じ色のトレンチコートと手袋をして、長い足を組んでいる。うっすらと細められた目は金色で、日本人じゃないとはすぐに思ったが、気配もせずに隣に座ったことから、人間ですらないかもしれないなんて思って、背筋に冷たいものが流れた。
 その男は薄ら寒い笑みを浮かべて、朔夜を見る。

「お困りですよね? これ、どうぞ」

 雨の中、外のベンチにいること自体おかしいが、気にした様子もなく何かを差し出してくる男も大分おかしい。仰々しい言い方にも引っかかり、警戒して無視していると、男は朔夜の手を取って手にしたものを握らせた。

「……ちょっと!」
「後悔してるんでしょう? これを使ってやり直せばいいんですよ」

 そう言われて思わず手にあるものを見た。スマホ大のデジタル時計で、今の時刻が表示されている。

「その時計は時を巻き戻せる時計です」

 男の妙に芝居がかった声が気味悪く思いながらも、朔夜はその時計を突き返すことができなかった。そんな朔夜を感情がこもっていない笑みで見つめる男は、ご説明させていただきますね、と画面を指す。

「戻りたい日時に時計を合わせて、設定ボタンを押すだけです。簡単でしょう?」

 そう言って男は立ち上がる。こんな得体の知れないもの要らない、と慌てて追いかけようと朔夜も立ち上がると、男はもう、朔夜の視界から消えていた。

「……何だよこれ、怖えよ……っ」

 朔夜は辺りを見回す。あんな怪しすぎる男の言うことなんか信用できるか、と時計をベンチに置いて背を向けて歩き出した。あの男のお陰で涙は引っ込んだけれど、あの慇懃無礼いんぎんぶれいな口調は信じてはいけないものだ、と本能が警告している。
 ――でも、もし本当に時が巻き戻せるとしたら?
 朔夜の足が止まった。そして頭を振る。好きなひとも友達も離れてしまったのは自分のせいで、これは大切なひとをよこしまな目で見てしまった罰なのだ、と考え直す。
 ――けど、もし本当に一誠とも槙人とも、元の関係に戻れるとしたら?
 そんなことがよぎって振り返った。雨に当たっているデジタル時計を見下ろすと、濡れたら壊れてしまうかも、と思って辺りを見渡しながら取る。無機質な感触がして、それがこの手を滑って逃げてしまいそうに思えて、朔夜は時計をギュッと握りしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

処理中です...