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第十六話

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 緋嶺は顔に光が当たって、眩しくて目が覚めた。見慣れた部屋の、雨漏りの跡が付いた天井。帰ってきたのだと、実感した。

 あれから、後始末は後だと言いながら荷物も玄関に置いたまま、シャワーだけ浴びて寝てしまったのだ。これから片付けをやると思うと気が重いけれど、思う存分鷹使と肌を合わせたので、心はスッキリしている。

「あれ、そういえば鷹使がいないな……」

 緋嶺は辺りの気配を探る。外にいるらしかったので、まさかと思って慌てて庭に出ると、やはり彼は洗車をしていた。

「鷹使」

 声をかけると、彼はコードレス掃除機を止め、緋嶺を振り返る。

「起きたか」

「ああ。悪い、一人で玄関の荷物も片付けさせて……」

「いや……」

 そう言って、鷹使は緋嶺の頭を引き寄せ、額にキスをした。甘い仕草にドギマギしていると、昨日はだいぶ無茶させたからな、と頭を撫でられる。

「……俺も体力ある方だと思ってたけどさ。昨日はさすがに疲れたぞ?」

 緋嶺はそっと鷹使の手を退かすと、咎めるように彼を見た。しかし鷹使はくすりと笑っただけで、再び掃除を始める。

「疲れたなら休んでろ。もう終わるから」

「……なんか、あんたが優しいと怖いんだけど」

「そうか? いつも優しくしてるだろ」

「……言ってろ」

 そう言って、緋嶺はきびすを返した。いつも皮肉や嫌味を言うくせに、いざと言う時に優しくなるのはずるい。

 すると高い電子音が鳴った。鷹使のスマホだ。緋嶺は立ち止まって彼を振り返る。

 鷹使は電話に出ると、何やら詳しく話を聞き出した。どうやら緋嶺たちの営む何でも屋に、人ならざるものが関わっている事件の依頼が来たらしい。

「……分かりました。もう少し詳しく聞かせて下さい」

 そう言いながら、鷹使は緋嶺を振り返った。そして身振りで、「出るぞ」と言う。

 緋嶺は一つ頷いて、家の中に入った。鷹使の貴重品と自分のを持って、また戻ろうとした時、シーサーが下駄箱の上に飾られていることに気付く。

 緋嶺は喜屋武たちの笑顔を思い出し、笑った。鷹使が早速置いてくれたのだろうと思うと、彼も喜屋武たちを少しは気に入っていたのかな、と微笑ましくなった。

「……お前がここにいるから、人間がどうなろうと俺はどうでもいいんだがな」

 車に戻ると呆れたような鷹使の声。緋嶺は苦笑した。相変わらず、人間に馴染んで生きてきた緋嶺には、人ならざるものの考えは分からないけれど、鷹使は自分の為に何でも屋を続けていることを知っている。

 そしてシーサーの置物を置いた理由も、自分の為だったのだと分かった。

 喜屋武たちが悲しむと、緋嶺が悲しむから。人間が傷付くと、緋嶺が悲しむから。だから鷹使は人間の為に動く。

 走り出した車の中で、緋嶺は隣で運転する鷹使を見た。相変わらず綺麗な顔をしているな、と思って昨日のことまで思い出し、慌てて反対の窓の外を眺めた。

 車の両隣は濃い緑が流れていて、蝉がうるさいほど鳴いている。湿度も温度も高いのに、鷹使はやっぱり涼しい顔だ。

 彼の行動理念は、全て緋嶺の為なのだ。考えは単純なのに、かっこつけたがりで素直じゃないそんな鷹使が、可愛く思えて愛おしい。

(……やっぱり、敵わないな)

 緋嶺は一人で口の端を上げる。こうなったらこの命尽きるまで、この伴侶を守り抜こう。

 この美しくて強い鷹使を愛しているから。緋嶺の行動理念はそれだけで良い。

「鷹使。やっぱ俺、あんたが好きだ」

 そう言うと、鷹使は口の端を上げて笑う。

「何だ昨日から。今日これから台風でも来るのか?」

「言いたかっただけ。嫌ならもう言わない」

「……」

 すると鷹使は急に車を道の端に停め、緋嶺引き寄せた。

「……何だ、昨日散々したのにもうしたくなったのか?」

「そういう訳じゃないけど……」

 そう言って重なる唇は甘い。

「じゃあ、今日の仕事が終わるまで、お預けな」

 違うと言っているのに、と鷹使を睨むと、彼は満足そうに車を発進させた。

 緋嶺は再び流れ始めた景色を眺めて、ため息をつく。
 
 願わくば、この平和で甘い時間が続きますように。



 緋嶺は顔が熱くなるのを自覚しながら、そう心の中で呟いた。

(終)
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