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さよなら

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「そっか。もう帰るんだ」
この時期では珍しい、綺麗な夕焼けの空。
「ああ、あまり長居はできないから」
オレンジ色に染まった世界が、よけいに別れの寂しさを煽ってくる。
「ソウスケ。今日は本当に楽しかった」
庭に止められた中武さんの車。
後部座席のドアを開けたレンがふわりと笑う。
少しだけ寂しそうに見えるのが、俺の勘違いじゃなければいいな。
「うん。俺も。ダンジョンは大変だったけど」
2人に挨拶をした母さんはもう家の中。中武さんも運転席でエンジンをかけている。
「ふふっ。うん。ソウスケは死にそうだったし、私も恥ずかしいところをたくさん見られたし、本当に大変だった。でも、ここに来れてよかった」
夕日に照らされたレンの琥珀色の瞳。
やっぱり笑ってる時が一番綺麗だ。
「ソウスケに、会えてよかった」
「俺も、レンに会えてよかった」
素直に答えた俺に、レンが笑みを零す。
「照れないんだな、今は」
「照れてる場合じゃないだろ……」
これで最後なんだから。
「そうか……。うん、そうだな」
なにか感心したように呟く。
「ソウスケ、少し耳を」
「ん?」
不思議に思いながらも手招くレンへ顔を寄せる。

――ありがとう。

囁くような声と、ちゅっと頬に触れた柔らかいもの。
驚いて身体を伸ばすと、レンは顔を赤くしてはにかんでいる。やっぱり今のって…。
「あ……別れの挨拶?」
「ラニブラには挨拶でキスをする習慣はないよ」
レンの顔がさらに赤くなる。夕日の中でもはっきりとわかるくらい。
たぶん、俺の顔も。
「ソウスケ。君ならきっと、いつかラニブラに来れると思う」
「……うん」
「その時は、私が王都を案内するよ」
「楽しみにしてる」
レンがそっと俺の手を握る。その手を握り返す。
「約束だ」
「うん。約束する」
「……さよなら。ソウスケ」
「さよなら。レン」
手が離れて、車のドアが閉まる。
発車する車から軽く手を振るレンに手を振り返す。
それからレンは振り返ることはなく、俺も後を追うようなことはしない。
すぐに、車は見えなくなった。




俺、何日か寝込むと思う。
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