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母の心配
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「それでどうだったの?初めてのダンジョンは。」
シャワーを浴び、リビングで一息ついたところで、母さんが声をかけてきた。
どうだったか。
ソファーに身を預けたまま考える。時間にすると一時間ちょっとの大冒険。密度は濃かったけど、まだダンジョンを”体験”した程度でしかない。
それでも…。
「うん、探索者の道を選んで良かったって思えた。」
この感想しか出てこない。
「でもやっぱり危険なんでしょう?」
ローテーブルの向かいに正座した、母さんの顔は真剣だ。
俺も身体を起こし姿勢を正す。
「そうだね、危ない場所だった。今日は野犬みたいなのに取り囲まれたし。」
母さんが息を呑む。
「それでも、俺は傷ひとつなく切り抜けられたよ。正直、俺の生きる場所はあそこにしかないと思った。」
聞こえてくる深いため息。母さんが両手で目元を抑え黙り込む。
「母さんは、もう少し普通に生きてほしかったんだけど…」
震える声に、チクリと心が痛む。
けど…、普通。
普通か。
何かが少しでも違えば、俺でも普通に過ごすことができただろうか。
自分を押し殺して過ごした6年間を思う。
他の生徒達が部活に打ち込む姿。その合間に楽しげに、時に真剣に語らっている姿。俺が加われば簡単に壊れてしまう空間。
だから、一度壊してしまった俺は、ただ、それを見ていることしかできなかった。
そんな俺が普通に…。
「…普通に生きるには持って生まれたものが大きすぎたよ。」
そして、それを振るう場所も、機会も、得ることはできなかった。遠ざけていた。
「そうね…。」
力なく母さんが呟く。
あ、まずい、言い方が悪かった。
傷つけてしまったかもと慌てていると、母さんが顔を上げる。その目は決意に燃えていた。
「母さんも覚悟を決めました。」
「は、はい。」
「やるんなら徹底的に。まずは自立できるだけの収入を得なさい。」
「はい。」
ソファーから降りて正座する。
母さんの圧が強い。
「あなたも進学しなかった以上、もう立派な社会人です。個人事業主です。」
社会人?
そうか、社会人なんだ。でも個人事業主と言われても実感がない。
「税金の申告も自分できちんとしなさい。最初の準備で買ったものの領収書はとってある?」
税金?領収書?
考えもしなかった。捨てた記憶はない。たぶんダンボール箱と一緒に放置してあるはずだ。
「えっと、捨ててないと思います。」
「よろしい。探して整理しておきなさい。申告方法は母さんが教えます。あとはこのまま同居を続けるつもりなら、毎月三万円を家に入れなさい。」
「ええっ!?」
思わず身を乗り出す。バイトもしたことない俺には三万は大金だ。が、母さんが突きつけた現実は無情なものだった。
「ええっじゃありません。宗助、自分の一ヵ月分のお米代がいくらかわかる?」
米!?えっと、一日で七合か八合食べるから…、うちの米は確か一〇キロで六千円で…。
ああ、もうわかってきた。
「たぶん二万円以上です…。」
「じゃあ、おかず代は?」
当然、肉も野菜も大量に食べる。運べないからネットスーパーを使ってるくらいだ。
肉って一〇〇グラムで二百円くらいだっけ。一日で二千円?
駄目だ、嫌でも理解できる。
「…すいません、わかりません。でも色々わかりました。」
「わかればよろしい。合計で七万円から八万円です。あなた1人で5人家族の平均的な食費より多いの。三万円くらい家に入れなさい。」
俺の食費ってそんなにかかってたのか…。安くはないとは思ってたけど。
お金いれなきゃ。
てか、稼がないと自立すらできない。
落ち込む俺をよそに、母さんのターンは終わらない。
「それと、今日の探索での収入はどのくらいだったの?」
「最低グレードの魔石が一九個と低位回復薬が三本です。いくらになるかはわかりません。」
「午後から協会にいって査定を受けてきなさい。これは探索の後には必ずやること。後回しにしたら駄目よ。」
「はい、お昼食べていってきます。」
「いい心がけです。じゃあ、お昼はどうするの?なにか食べたいものはある?」
「肉が食べたいです。」
図太い子ね、と立ち上がる母さん。
死体を見たら肉が食べれなくなるとか都市伝説だと思う。
「豚があるからショウガ焼きでいい?」
「はい!目玉焼きかゆで卵もつけてください。」
「はいはい。ショウガをおろすのくらいは手伝いなさい。」
「はい。」
キッチンへ向かう母さんの後を追う。
仕方ない。しょうが焼きだけでは足りないのだ。
「ああ、そう。あとは…。」
「まだあるの!?」
「魔石と回復薬ってどんなの?ちょっと見せて。」
そっちか!まあ、気になるだろうけどさ。
シャワーを浴び、リビングで一息ついたところで、母さんが声をかけてきた。
どうだったか。
ソファーに身を預けたまま考える。時間にすると一時間ちょっとの大冒険。密度は濃かったけど、まだダンジョンを”体験”した程度でしかない。
それでも…。
「うん、探索者の道を選んで良かったって思えた。」
この感想しか出てこない。
「でもやっぱり危険なんでしょう?」
ローテーブルの向かいに正座した、母さんの顔は真剣だ。
俺も身体を起こし姿勢を正す。
「そうだね、危ない場所だった。今日は野犬みたいなのに取り囲まれたし。」
母さんが息を呑む。
「それでも、俺は傷ひとつなく切り抜けられたよ。正直、俺の生きる場所はあそこにしかないと思った。」
聞こえてくる深いため息。母さんが両手で目元を抑え黙り込む。
「母さんは、もう少し普通に生きてほしかったんだけど…」
震える声に、チクリと心が痛む。
けど…、普通。
普通か。
何かが少しでも違えば、俺でも普通に過ごすことができただろうか。
自分を押し殺して過ごした6年間を思う。
他の生徒達が部活に打ち込む姿。その合間に楽しげに、時に真剣に語らっている姿。俺が加われば簡単に壊れてしまう空間。
だから、一度壊してしまった俺は、ただ、それを見ていることしかできなかった。
そんな俺が普通に…。
「…普通に生きるには持って生まれたものが大きすぎたよ。」
そして、それを振るう場所も、機会も、得ることはできなかった。遠ざけていた。
「そうね…。」
力なく母さんが呟く。
あ、まずい、言い方が悪かった。
傷つけてしまったかもと慌てていると、母さんが顔を上げる。その目は決意に燃えていた。
「母さんも覚悟を決めました。」
「は、はい。」
「やるんなら徹底的に。まずは自立できるだけの収入を得なさい。」
「はい。」
ソファーから降りて正座する。
母さんの圧が強い。
「あなたも進学しなかった以上、もう立派な社会人です。個人事業主です。」
社会人?
そうか、社会人なんだ。でも個人事業主と言われても実感がない。
「税金の申告も自分できちんとしなさい。最初の準備で買ったものの領収書はとってある?」
税金?領収書?
考えもしなかった。捨てた記憶はない。たぶんダンボール箱と一緒に放置してあるはずだ。
「えっと、捨ててないと思います。」
「よろしい。探して整理しておきなさい。申告方法は母さんが教えます。あとはこのまま同居を続けるつもりなら、毎月三万円を家に入れなさい。」
「ええっ!?」
思わず身を乗り出す。バイトもしたことない俺には三万は大金だ。が、母さんが突きつけた現実は無情なものだった。
「ええっじゃありません。宗助、自分の一ヵ月分のお米代がいくらかわかる?」
米!?えっと、一日で七合か八合食べるから…、うちの米は確か一〇キロで六千円で…。
ああ、もうわかってきた。
「たぶん二万円以上です…。」
「じゃあ、おかず代は?」
当然、肉も野菜も大量に食べる。運べないからネットスーパーを使ってるくらいだ。
肉って一〇〇グラムで二百円くらいだっけ。一日で二千円?
駄目だ、嫌でも理解できる。
「…すいません、わかりません。でも色々わかりました。」
「わかればよろしい。合計で七万円から八万円です。あなた1人で5人家族の平均的な食費より多いの。三万円くらい家に入れなさい。」
俺の食費ってそんなにかかってたのか…。安くはないとは思ってたけど。
お金いれなきゃ。
てか、稼がないと自立すらできない。
落ち込む俺をよそに、母さんのターンは終わらない。
「それと、今日の探索での収入はどのくらいだったの?」
「最低グレードの魔石が一九個と低位回復薬が三本です。いくらになるかはわかりません。」
「午後から協会にいって査定を受けてきなさい。これは探索の後には必ずやること。後回しにしたら駄目よ。」
「はい、お昼食べていってきます。」
「いい心がけです。じゃあ、お昼はどうするの?なにか食べたいものはある?」
「肉が食べたいです。」
図太い子ね、と立ち上がる母さん。
死体を見たら肉が食べれなくなるとか都市伝説だと思う。
「豚があるからショウガ焼きでいい?」
「はい!目玉焼きかゆで卵もつけてください。」
「はいはい。ショウガをおろすのくらいは手伝いなさい。」
「はい。」
キッチンへ向かう母さんの後を追う。
仕方ない。しょうが焼きだけでは足りないのだ。
「ああ、そう。あとは…。」
「まだあるの!?」
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そっちか!まあ、気になるだろうけどさ。
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