サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

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嵐の後の胸騒ぎ

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……そういえば、昨日矢野さんが気になる事を言ってたな。
僕は熱いお茶をすすりながら、昨日矢野さんから聞いた話を思い出した。


昨日の夜、僕と矢野さんはまた例の小料理屋で酒を飲みながら食事をしていた。
ある程度空腹が満たされた頃、矢野さんが「そういえば……」と声を潜めた。

「なぁ……渡部の事で変な話聞いちゃったんだけどさ……」

退職する前、渡部さんはやけに羽振りが良かったらしい。
普段はあまり高価な物を身につけたり派手に遊んだりはしなかったのに、突然高価なブランド物を身につけるようになり、連日のように同僚と飲みに行ったりしていたそうだ。
ボーナス後でもないのに、あまりの羽振りの良さに仲の良い同僚も首をかしげたらしい。
ただそれまで節約してたくさん貯金していただけなのかも知れないが、急に人が変わったように散財する姿は誰が見ても妙だったと言う。
突然会社を辞めた理由は誰も知らないそうだ。

「鴫野にフラれたショックでやけになったのかもな」
「そんな事はないと思いますけど……。部署も違うし、会社を辞めるほどでもないでしょう」
「あー、でもなんかな、渡部が会社辞めて何日か経った頃に、広報部の子が渡部に会ったらしいんだけどさ。もう次の就職先は決まってるって言ったんだってさ」
「そうなんですか?」

ずいぶんフットワークが軽いんだな。
会社を辞めるよりずっと前から転職活動でもしていたんだろうか。

「それとな、渡部がすっげぇ車から身なりのいい男と出てくるのを見たって。それおまえか?」
「絶対に違いますね」
「俺はてっきりおまえと渡部が付き合ってるもんだとばかり思ってたからさ。そういうセレブなデートみたいなサービスでも利用したのかと思ってたんだけど」
「そんなキザな事はしませんよ。渡部さんとはデートもした事ないし……」

矢野さんは日本酒を飲みながら首をかしげた。

「渡部ってそんな奴だったかなぁ……。でもおまえじゃないなら、その金持ちの男に貢いでもらってたのかな」
「きっと地味な僕なんかより、金持ちのいい男がいたんでしょう」

渡部さんの事は別に好きじゃなかったから、男がいようがどうでもいい。
だけど美玖が他の男とホテルから出てきた現場を目撃した時の事が思い出されて、なんとなく後味が悪い。
他に男がいたのなら、あんなに必死に僕にすがったりする必要なんてなかったんじゃないのか?
渡部さんが僕の断りをすんなりと聞き入れて身を引いてくれていたら、僕はあんな酷いことをせずに済んだし、杏さんの顔も見られなくなるほどの罪悪感と後ろめたさを抱えることもなかったのに。
男ならきっと誰だって、たいして好きでなくてもかわいい女の子とセックスできたらラッキーだと思ったりするのかも知れない。
僕にだってそんな部分はあると思う。
最初のうちは涙を浮かべて僕にすがる顔が少しかわいく思えて、もっと泣かせてやりたくもなったし、ちょっといじめてやりたくもなった。
だけど一緒にいるうちに、僕を求める渡部さんの目が獲物を狙う女豹のように見えてきて、どんどん嫌悪感を抱くようになった。
そう、どこかで見た事のあるような、僕が嫌いなあの目付きだ。

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