サディスティックなプリテンダー

嵐の後の胸騒ぎ

１

元の部屋で一人暮らしに戻って二度目の週末、僕はばあちゃんの家に足を運んだ。
出迎えたばあちゃんは、杏さんが一緒じゃない事にがっかりしていた。
ばあちゃんが淹れてくれたお茶を飲みながら、僕が途中で買ってきた大福を二人で食べていると、ばあちゃんは寂しそうにため息をついた。

「今日も一緒に来てくれるもんだと思って、夕飯の材料多めに用意しといたんだけど残念だねえ。杏お嬢さんは元気になさってる？」

ばあちゃんが何気なく言った一言に、僕は黙り込んで手元を見つめた。
嘘をついて期待させても余計にばあちゃんをがっかりさせてしまう。
本当のことを話しておいた方が良さそうだ。

「もうここには来ないかも……」
「どうして？」
「杏さん、会社辞めて有澤家に戻ったんだ」

それから僕はお祖父様が心臓の病気で会長職を退く事や、社長の後継者に杏さんが選ばれた事をばあちゃんに話した。
そして有澤家に戻った杏さんがイチキの御曹司と結婚する事を話すと、ばあちゃんは険しい顔をしてお茶を飲み込んだ。

「イチキの御曹司って、穂高さんの事かい？」
「うん。杏さんは結婚したくなかったみたいなんだけどね」

イチキの御曹司との結婚を回避するために杏さんが僕を婚約者に仕立て上げた事を話すと、ばあちゃんは妙に納得した様子でうなずいた。

「穂高さんと結婚ねぇ……。誰が決めたの？」
「杏さんのお祖父様」
「お祖父様ね……」

ばあちゃんは大福を口に入れながら眉間に深くシワを寄せた。
何か思うところがあるようだ。

「私はてっきり、杏お嬢さんと章悟はいい仲なんだと思ってたんだけど」
「ホントにそうなら良かったんだけど……」
「章悟は杏お嬢さんが好きだったの？」
「うん……。でも言えなかった。僕と杏さんとでは住む世界が違うし」

ばあちゃんは空いた湯飲みにお茶を注ぎ、大きなため息をついた。

「家柄とか貧富の差で相手を選ぶなんてイヤな話ね。いくらお金持ちでもやっぱり人柄は大事よ？穂高さんは昔から計算高いというか、悪知恵の働くずる賢い人だったから、あまりおすすめはできないね」
「そうなんだ……。例えば？」
「あの人は小さい頃から自分がお金持ちだって自覚があったから。幼稚園の時に自分以外の子と杏お嬢さんが仲良くしないようにしたりしてね」

そりゃ友達もできないはずだ。
幼児期にそんなことがあったせいで杏さんはコミュニケーション能力が低いのか？

「ふーん……。でもどうやって？」
「親がイチキの会社に勤めてる子たちを家に呼んで、言う事を聞かないとお父さんに言いつけるとか言ってたみたいよ。その子達が食べた事のないような高いお菓子をちらつかせて、言う事を聞けば食べさせてやるとか」

幼稚園児が親の地位と財力で友達を買収してたって?!
一体どこでそんなことを覚えるんだ？

「その子達の弱みを握って、言う事を聞かないとその子達のしたいたずらを先生に言いつけるとか」
「それ脅迫だよね?!でもその子たちの親はそこまでされたら、さすがに黙ってなかったんじゃないの？」
「その子達の親も穂高さんを叱ったり先生に相談したりできれば良かったんだけど、左遷とかクビにされるのが怖くて下手に動けなかったんだろうね。だから杏お嬢さんと仲良くしようとする子は穂高さんしかいなかったみたいだよ」