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どうにもならない片想い

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ぼんやりと杏さんのことを考えていると、矢野さんが僕の顔の前で手をサッサッと振った。

「おい、大丈夫か?さっきから話しかけても全然返事しないけど」
「あっ……すみません、大丈夫です。ちょっと考え事してました」

目の前で話し掛けられても気付かなかったなんて重症だ。
ここで僕がどれだけ杏さんのことを考えても何が変わるわけでもない。
せめて誰かと一緒にいる時くらいは、その人に意識を向けていなければ。

「大丈夫ならいいけどさ。俺は熱燗頼むけど、鴫野も一緒でいいか?」
「あっ……はい、お酒も料理も矢野さんにお任せします」

矢野さんのチョイスでお酒と料理を注文してもらい、お互いのお猪口に熱燗を注いで乾杯した。
矢野さんはお猪口をテーブルに置いてネクタイをゆるめ、お通しの小鉢に入った切り干し大根の煮物に箸を伸ばす。

「よく考えたら鴫野と二人だけでここに来るのは初めてだな」
「そうですね」

二度目に来た時は、なぜか渡部さんが先にここに来ていた。
あれは矢野さんが渡部さんに偶然会って一緒に食事をしようという流れになったのか、それともやっぱり渡部さんに頼まれたのか。
どちらであろうが時間が戻せるわけではないけど、やはり気になる。

「そういえば……なんでこの間は渡部さんがいたんですか?」
「ああ、あれな。渡部から頼まれたんだ、鴫野に会わせろって。自分からは誘いにくいから、俺から鴫野を誘ってくれってさ」

やっぱりな。
そんな事だろうとは思ってたけど、矢野さんは最初から渡部さんと会わせるつもりで僕を誘ったんだ。
渡部さんが来ると知っていたら、僕は矢野さんの誘いには応じなかったのに。

「あいつも会社辞めちゃったけど……渡部となんかあったか?」
「……付き合ってくれって言われたけど、断ったんです。でもなかなかわかってくれなくて」
「なんで断った?」
「同僚としては悪い子ではなかったけど、恋愛の対象としてはどうしても好きになれなかったんです」

渡部さんとの間にあった事は詳しくは話さなかったけど、一緒にいるうちに渡部さんがどんどん多くを求めるようになったのが苦痛だったと話した。
自分に都合の悪い事は隠して渡部さんの事だけを悪く言うなんて、僕は本当にどうしようもなく卑怯な男だと自己嫌悪に陥る。

「ふーん……。よく一緒にいたみたいだし、渡部からもいい感じだって聞いてたんだけどな」

好きにはなれなかったし、付き合ってもいなかった。
それなのにあんな事をした。
思い出すとまた後悔と罪悪感で胸がしめつけられた。

「渡部は入社してすぐの頃から鴫野の事が好きだったからな。彼女がいる時もあきらめられないってずっと言ってたし、一緒にいるうちに欲が出たんだろ」
「僕なんかのどこが良かったんでしょう……」
「さあな。それは渡部にしかわからんよ。おまえの気持ちがおまえにしかわからないのと同じだろ?」
「……ですね」

料理を食べながら日本酒を飲んだ。
目の前には蓮根のきんぴらや天ぷらの盛り合わせ、大根と鶏の手羽元の煮物と共に枝豆の盛られた器が並んでいる。
枝豆を手に取ると、チビチビと枝豆を食べながら日本酒を飲んでいた杏さんの姿を思い出した。
最初は食べるのが苦手だった杏さんが、僕の作った料理をいつも残さず食べてくれた。
人と食事をするのは苦手だと言っていたのに、僕となら平気だと言って向かい合って食事をした事や、一緒に食べると更に美味しいと言ってくれた事が嬉しかった。

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