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最後にもう一度だけ
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「それじゃ聞こえませんよ」
「……やっぱりいい」
「そんなの僕が気になって眠れません。ちゃんと言ってください」
「でも……」
恥ずかしそうにうつ向いて口ごもる顔があまりにもかわいくて、僕は思わず杏さんを抱き寄せた。
それに驚いた杏さんは顔を真っ赤にして、僕の腕の中で身を固くしている。
「最後にもう一度だけ……恋人のふりしましょうか」
「……うん」
小さくうなずいた杏さんは、僕の胸に顔をうずめた。
いつになく素直に僕に身を預ける杏さんは、どこか儚げで頼りなくて、僕は杏さんを壊してしまわないように優しく抱きしめた。
「杏は本当はどうしたいの?」
「もう一度、一緒に遊園地に行きたかった。あの大きな観覧車……乗ってみたかったな……」
「うん……次に行く時には一緒に観覧車に乗ろうって、約束したもんね」
あの時僕は杏さんに『恋人の杏』でいて欲しくて、観覧車に乗ろうと言わなかった。
次があるかもわからないのに、『また今度』なんて言わず乗せてあげれば良かったな。
「……それから?」
「章悟の作った料理をもっと食べたかった」
「うん……いつも美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ。僕ももっと杏に料理を作ってあげたかったな」
「それから……普通の恋人同士みたいなデートを、もっとしたかった」
杏さんは他愛ない小さな望みばかりを口にした。
それは核心に触れるのを怖れ、わざと避けているようにも見えた。
「本当に、それだけ?」
僕が尋ねると杏さんはまた口ごもった。
そして震える手で僕のシャツをギュッと握りしめた。
「……本物の恋人にするみたいに……」
「……みたいに?」
「優しく……して欲しい……」
優しく何をして欲しいのか。
僕は杏さんを抱きしめながら考える。
「優しく……何をして欲しいの?」
「……本物の恋人にするみたいに、優しく……抱いて欲しい……」
杏さんは僕の胸に顔をうずめたまま、消え入りそうなか細い声でそう言った。
僕は何かの間違いじゃないかと耳を疑う。
「えっ……と……それは……」
「好きな人に一度も抱かれた事もないままで、決められた相手と結婚したくない……」
杏さんの気持ちは痛いほどわかるけど、その相手が偽物の僕なんかでは、きっと杏さんが後悔するだろう。
杏さんは『好きな人に』と言った。
たとえ僕が杏さんを好きでも、杏さんが本当の恋愛感情で僕なんかを好きになるわけがない。
少しの間生活を共にしたから情が湧いたか、恋人のふりをして少し勘違いしているかのどちらかだと思う。
どんなに上手に恋人のふりをして体を重ねても、そこに愛がなければきっと虚しさが残るだけだ。
「それは……偽物の僕じゃダメでしょ?僕たちは本当の恋人じゃないから……」
「……うん……」
杏さんはゆっくりと僕から離れて顔を上げた。
さっきまでの頼りなげな表情は消え失せて、杏さんはいつものように振る舞った。
「変な事を言って悪かった……。この私が少女じみた事を言うなんておかしな話だな。全部忘れてくれ」
「杏さん……」
「明日の夜は間違えないように元の家に帰るんだぞ」
杏さんはそれだけ言うと、自分の部屋へ戻っていった。
「……やっぱりいい」
「そんなの僕が気になって眠れません。ちゃんと言ってください」
「でも……」
恥ずかしそうにうつ向いて口ごもる顔があまりにもかわいくて、僕は思わず杏さんを抱き寄せた。
それに驚いた杏さんは顔を真っ赤にして、僕の腕の中で身を固くしている。
「最後にもう一度だけ……恋人のふりしましょうか」
「……うん」
小さくうなずいた杏さんは、僕の胸に顔をうずめた。
いつになく素直に僕に身を預ける杏さんは、どこか儚げで頼りなくて、僕は杏さんを壊してしまわないように優しく抱きしめた。
「杏は本当はどうしたいの?」
「もう一度、一緒に遊園地に行きたかった。あの大きな観覧車……乗ってみたかったな……」
「うん……次に行く時には一緒に観覧車に乗ろうって、約束したもんね」
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次があるかもわからないのに、『また今度』なんて言わず乗せてあげれば良かったな。
「……それから?」
「章悟の作った料理をもっと食べたかった」
「うん……いつも美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ。僕ももっと杏に料理を作ってあげたかったな」
「それから……普通の恋人同士みたいなデートを、もっとしたかった」
杏さんは他愛ない小さな望みばかりを口にした。
それは核心に触れるのを怖れ、わざと避けているようにも見えた。
「本当に、それだけ?」
僕が尋ねると杏さんはまた口ごもった。
そして震える手で僕のシャツをギュッと握りしめた。
「……本物の恋人にするみたいに……」
「……みたいに?」
「優しく……して欲しい……」
優しく何をして欲しいのか。
僕は杏さんを抱きしめながら考える。
「優しく……何をして欲しいの?」
「……本物の恋人にするみたいに、優しく……抱いて欲しい……」
杏さんは僕の胸に顔をうずめたまま、消え入りそうなか細い声でそう言った。
僕は何かの間違いじゃないかと耳を疑う。
「えっ……と……それは……」
「好きな人に一度も抱かれた事もないままで、決められた相手と結婚したくない……」
杏さんの気持ちは痛いほどわかるけど、その相手が偽物の僕なんかでは、きっと杏さんが後悔するだろう。
杏さんは『好きな人に』と言った。
たとえ僕が杏さんを好きでも、杏さんが本当の恋愛感情で僕なんかを好きになるわけがない。
少しの間生活を共にしたから情が湧いたか、恋人のふりをして少し勘違いしているかのどちらかだと思う。
どんなに上手に恋人のふりをして体を重ねても、そこに愛がなければきっと虚しさが残るだけだ。
「それは……偽物の僕じゃダメでしょ?僕たちは本当の恋人じゃないから……」
「……うん……」
杏さんはゆっくりと僕から離れて顔を上げた。
さっきまでの頼りなげな表情は消え失せて、杏さんはいつものように振る舞った。
「変な事を言って悪かった……。この私が少女じみた事を言うなんておかしな話だな。全部忘れてくれ」
「杏さん……」
「明日の夜は間違えないように元の家に帰るんだぞ」
杏さんはそれだけ言うと、自分の部屋へ戻っていった。
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