サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

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やっと笑ってくれたのに

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その日の夕方、ずいぶん怪我の具合が良くなったばあちゃんと一緒に台所に立って夕飯の支度をした。
今日の夕飯は味噌ちゃんこ鍋。
杏さんも一緒に三人で鍋をつついた。
ばあちゃんの作るつみれは相変わらず絶品だ。
大好きなばあやに会えたのがよほど嬉しかったのか、杏さんは楽しそうに笑っていつもよりたくさん食べていた。
その夜は思い出話に花が咲いて時間も遅くなったので、杏さんも一緒にばあちゃんの家に泊まることにした。

僕は家を出る前に使っていた自分の部屋で、なかなか寝付けないまま布団に横になっていた。
まさか僕のばあちゃんが杏さんのばあやだったとは、世の中広いようで狭いんだな。
杏さんは子供の頃を思い出したのか、ばあちゃんの前では遊園地に行った時みたいに無邪気に笑っていた。
僕の前では恋人の演技で笑っていた杏さんが、ばあちゃんの前では素直に笑えるなんて、なんだかちょっと悔しいな。
だけど杏さんの大好きなばあやが僕の大切なばあちゃんなのだから、それも悪くないなと思えた。
杏さんが笑うと僕も嬉しくて、つられて笑顔になる。
杏さんの穏やかな笑顔を見るだけで、こんなふうに胸が温かくなるのはどうしてだろう?


翌日の夕方、杏さんと二人でばあちゃんの家を出て帰宅した。
向かい合って夕飯を食べていると、杏さんは箸を止めて僕を見た。

「世の中にはすごい偶然があるもんだな」
「そうですね。びっくりしました」
「私もだ。もう会えないと思っていたから……会えて本当に嬉しかった」
「ばあちゃんも杏さんに会えて嬉しかったと思います」
「うん……」

うなずいて静かに笑う杏さんを見ていると、僕の胸がキュッと甘い音をたてた。
……なんだこれ。
二人きりの時に杏さんの笑顔を見たのは久しぶりだからかな。
かわいくて、愛しくて、抱きしめたくなる。
ねぇ杏さん。
この笑顔をずっと隣で見ていたいと思うのは身の程知らずだろうか?
偽物の婚約者でもいいから、このままずっと一緒にいたいなんて。
僕はどうしてこんな事を思っているんだろう?


入浴を済ませてリビングに戻ると、ソファーに座っていた杏さんが僕にビールを差し出した。
珍しい事もあるもんだ。
ビールを受け取り、少し間隔をあけて杏さんの隣に座った。
いつもは隣に座ったりはしないけど、今日はなんとなく、少しでもそばにいたいと思う。
杏さんは何も言わずにビールを飲んでいる。
ローテーブルの上には既にビールの空き缶が3つも並んでいた。
今日は飲みたい気分なんだろうか。
まだ酔ってはいなさそうだけど、杏さんはかなり速いペースでビールを煽っている。
大丈夫かな?

「杏さん、もうずいぶん飲んでますね」
「鴫野も飲め」
「はぁ……いただきます……」

それからしばらくの間、二人とも黙ってビールを飲んだ。
杏さんは4本目のビールを飲み干して、空いた缶をテーブルの上に置いた。

「鴫野がここに来て、どれくらいになる?」
「えーっと……2か月……いや、3か月かな……。ずいぶん経ちますね」
「そうだな……。だけど……長いようで、あっという間だった……」

杏さんは新しい缶ビールを手に取ってタブを開けると、ビールをグイッと煽ってため息をついた。

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