サディスティックなプリテンダー

やっと笑ってくれたのに

１

その週末。
ばあちゃんの様子を見に行こうとすると、珍しく部屋から出てきた杏さんが車で送ると言ってくれた。
ずっと部屋にこもりきりで心配していたけど、外に出て気分転換したくなったのかな。
そんなふうに思った僕は、杏さんの厚意に甘える事にした。
さすがと言うかなんと言うか、杏さんは乗り心地の良い高そうなドイツ製の立派な車で僕をばあちゃんの家まで送ってくれた。
お茶くらい飲んで行ってくださいと言うと杏さんは遠慮して断ったけれど、僕は遊園地に行った時みたいに杏さんの手を引いて強引に家の中に連れて入った。

「ただいま！」

杏さんの手を握ったまま玄関で大きな声を出すと、ばあちゃんが居間からゆっくりと歩いて出てきた。

「章悟、大きな声を出して……」

ばあちゃんの顔を見た瞬間、杏さんが僕の手を強く握った。

「……ばあや？」
「……杏お嬢さんですか?!」

え？ばあや？
それに杏お嬢さんって……。
思いもよらなかった展開に度肝を抜かれ呆然としていると、杏さんは僕の手を離してばあちゃんに抱きついた。

「ばあや……！会いたかった……！」
「お嬢さん……立派になられて……」

何これ？
僕の存在などそっちのけで、テレビドラマみたいな感動の再会シーンが繰り広げられている。

「章悟あんた、この方……有澤 杏さんとお知り合いなの？」

ん？『有澤 杏』？
杏さんは確かに有澤グループのご令嬢だけど、杏さんの苗字は芦原だろ？

「僕の上司の芦原 杏さんだけど……」

僕が首をかしげると杏さんが僕の方を向いた。

「うちの社長は昔からの知り合いでな。社長の勧めもあって、私は会社では母の旧姓の芦原を名乗っている。本名は有澤 杏だ」
「そうなんですか？」

なんと、大企業のご令嬢ともなるとそんな事もできちゃうのか。

「杏お嬢さんは、昔私が女中頭を勤めていた有澤家のお嬢さんでね」
「え？ばあちゃんの勤めてた家って杏さんの実家なの？」
「そうだよ。章悟には話したことなかったかね」

そう言ってばあちゃんは杏さんに向き直り深々と頭を下げた。

「おひさしゅうございます、杏お嬢さん。うちの孫がお世話になって……」

杏さんはまだ信じられない様子だ。

「ばあやが鴫野のお祖母様だったとは……」
「それにしても二十何年ぶりかしら。まさか杏お嬢さんにお会いできるなんて」

少し冷静になると頭の中でバラバラに散らばっていた情報が、パズルのピースをはめ込むように繋がっていく。
なるほど、あの写真の女の子は杏さんで、杏さんの言っていたばあやは僕のばあちゃんだったんだ。
だから杏さんは、ばあちゃんに育てられた僕の事を、ばあやに似てるって思ったのかも。
ばあちゃんの作った料理で育った僕の料理は、ばあちゃんの作る料理に似てる。
これですべて辻褄が合う。

「とりあえず……中に入ってお茶でも飲もうよ。ばあちゃんの好きな大福買ってきたよ」