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昼休みの憂鬱

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「鴫野くん……」
「なに?」
「大好き……」

渡部さんは僕にしがみつき、疼きが抑えられないのか火照る体を押し付け「もっとして」と僕の耳元で囁く。
渡部さんはどうしても僕とセックスしたいらしい。
だけど僕はしたくないからしないし、渡部さんにもキス以上の事はさせない。
僕はなんのためにここに来てるんだっけ?
渡部さんの性欲を満たすため?
僕は体もそれ以外も渡部さんに満たしてもらった事はないし、満たして欲しいとも思わない。
目を潤ませてねだる顔がちょっとかわいいからいじめてやろうなんて思ったこともあったけど、今はそんな顔を見てもなんとも思わないどころか、どんどん嫌悪感が膨れ上がるだけだ。
渡部さんはそんな僕の気持ちにも気付かずに、自分が求めると僕が応えるのが当たり前だと思っているらしく、飢えた雌の獣のような目をして隙あらばと僕を狙っている。
こういうの、正直もうめんどくさい。
昼御飯を一緒に食べるのをやめようか。

「……そろそろ時間だ。戻ろうか」

渡部さんの要求には応えず、自分の体から渡部さんの体を引き離した。
渡部さんは不満そうな顔をして立ち上がり、乱れた服を直し始める。

「鴫野くんはいつも最後までしてくれないね」
「……しないよ」
「それはここが会社だから?それとも私が彼女じゃないから?」
「両方当たってるけど……両方違う」
「どういう事?」

ここまでしておいて『好きじゃないからしたくない』とハッキリ言うのは勝手すぎるだろうか。
好きでもないのにキスをして体に触る事も、こうして一緒にいる事さえも苦痛に思えてきた。
僕だってホントは、デートもキスもその先も、好きな人とだけしたい。

「一緒に昼御飯食べるの、もうやめようか」
「どうして?」
「……ごめん。こんなこと続けたって、僕はやっぱりどうしても渡部さんのことは好きになれない」

僕は目も合わせずにそう言って、渡部さんを残し足早に第2会議室を出た。



その翌日から僕はまた試作室で一人で弁当を食べている。
あれから1週間経つけど、渡部さんはもう仕事以外ではここには来ない。
仕事の後に僕を待ち伏せするような事もなくなった。
変に気を持たせてしまった罪悪感もあるけれど、本心を伝えてやっと解放されたという安心感もある。
最初のうちこそ僕に好かれたくて必死だった渡部さんが、日に日に当たり前のように僕を求めて来るようになり、それに応える苦痛に耐えられなくなった。
僕は毎日昼休みが終わるたびに、渡部さんへの嫌悪感と、渡部さんへのものではない罪悪感と虚無感に苛まれていたから。
あんな事はやっぱり、好きでもない相手とするもんじゃない。
求められて応えてもなにひとつ気持ちいい事なんてなかったし、杏さんに隠しておきたい事が増えるのがつらかった。

杏さんは今日もまた、デスクでカロリーバーをかじっている。
また毎朝二人分の弁当を作って「お昼御飯を一緒に食べよう」と言えたらいいんだけど、杏さんに心の汚ない部分も何もかも見透かされてしまうのが怖くて、そんな事をする勇気が僕にはなかった。
どんなにうまくできても、ここで一人で食べる弁当は味気ない。
以前はそんなふうに思った事なんて一度もなかったはずなのに。


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