サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

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昼休みの憂鬱

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「それもちょっと……」

他言無用だと杏さんに言われているので、理由も説明できない。
まどろっこしいな。

「ダメ……?そんなに私の事が迷惑……?」

渡部さんは目をウルウルさせながら僕を上目遣いに見ている。
あ、またその顔しちゃうんだ。
なんかもう、下手な言い訳考えるのもめんどくさくなってきた。
渡部さん本人が望んでるんだ。
これ以上無駄な詮索をされるのも避けたいし、この辺で黙らせとくか。
僕は渡部さんの唇に軽く口付けた。

「迷惑とは言ってないよ」

僕は嘘は言ってない。
迷惑なんて一度も言ってないんだから。
ただ、好きでもないのにキスをした。
それだけだ。

「私、鴫野くんともっと一緒にいたいの」
「今、こうして一緒にいるけど?」
「そうなんだけど……もっと……」

付き合うとも言っていないのに、渡部さんは僕の彼女にでもなったつもりなのか。
ああもう、めんどくさいな。
僕は渡部さんがこれ以上何も言えないように、頭を引き寄せて唇を塞いだ。
深く口付けて舌を絡めてやると、渡部さんは満足そうにそれに応える。
単純なもんだ。
でもホントは、今はそんな気分じゃない。
誰かに見られるとまずいから、これくらいにしておこう。
ゆっくり唇を離すと、渡部さんは物欲しげに僕を見つめた。

「もうおしまい……?」
「そろそろ誰かが戻って来る頃だからね」
「……うん」

こんな事したって僕は渡部さんの物にはならないのにバカみたいだ。
これっぽっちも好きじゃないのにキスなんかして、それが渡部さんに変な期待を持たせているってわからないわけでもないのに、こんな事をしている僕自身もバカだと思う。
杏さんに隠れて彼女とキスをするのは、もう何度目だろう?
僕はきっとまた罪悪感に苛まれる。
それは誰に対する罪悪感なのか。
誰に咎められる事もなく、本当に好きな人とキスできるのはいつだろう?


その夜遅くに帰宅した杏さんは、夕飯を食べ終わるとお茶を一口飲んで静かに口を開いた。

「明日から私の弁当は作らなくていい」
「えっ……」

どうして急にそんな事を言うんだろう?
僕の料理に飽きたんだろうか?

「どうしてですか」
「家に帰ってもずっと一緒なのに、会社でまで私が一緒だと鴫野にとっては何かと都合が悪いだろう」

どういう意味だ?
杏さんが一緒だと都合が悪いなんて。

「……なんですか、それ」
「今日みたいに彼女がおまえに会いに来た時、私がいると都合が悪いだろうと言っている。とは言え、もちろん会社でおかしな事をしていいとは言っていないぞ?」

杏さんと昼休みを過ごすより渡部さんと会いたいなんて思っていないと言いたいのに、杏さんの知らないところで杏さんには言えないような事をしている僕は何も言えない。

「あの子はおまえの事が好きなんだろう?良かったじゃないか。鴫野は好き好んで私と一緒にいるわけじゃないのに、別の女とも会うなと言うのは酷だからな。おまえたちが堂々と付き合えるように、お祖父様とは早く決着をつけるつもりだ。それまでもう少しだけ、外で会うのは我慢してくれ」

何も言わなくても杏さんは渡部さんの気持ちに気付いていて、おまけに僕が渡部さんの事を好きだと勘違いしているようだ。

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