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昼休みの憂鬱

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「すっごく美味しい!!」
「それなら良かった」

渡部さんはどれも美味しいと言いながら嬉しそうに笑って残さず食べてくれた。
自分の作った料理を美味しいと言って食べてもらえるのは嬉しい事だ。
渡部さんにこんなに喜んでもらえたのに、僕はなんとなく物足りなさを感じている。
杏さんは僕の料理で渡部さんみたいにわかりやすく喜んだり笑ったりはしない。
だけど僕の作った料理を珍しそうに眺めたり匂いを嗅いだりする仕草が、無邪気な子供みたいでかわいいなと思う。
食べ終わった後に静かに手を合わせる杏さんは、いつもより穏やかな顔をしている。
その顔を見ると僕は、満足してくれたんだと嬉しくなる。
……ホントは杏さんに食べてもらいたかった。
杏さん、昼食も取らないで大丈夫かな。


「鴫野くん、ご馳走さま。すっごく美味しかった!!ありがとう!」
「ああ……うん、どういたしまして」

渡部さんに声を掛けられハッとして、杏さんの事ばかり考えている自分が不思議になって首をかしげた。
……そうか、ここ最近はずっと一緒に昼食を取っていたからだ。
きっと僕は杏さんが昼食を取らずに取引先に行ってしまったことが心配なんだと思う。

「私、鴫野くんと毎日一緒にお昼御飯食べたいな」
「え?」
「少しでも鴫野くんと一緒にいたいから……。あっ、もちろん自分の分は自分で用意するよ!」

どうしたものか。
僕は毎日杏さんと一緒にお昼を食べているわけで、そこに渡部さんも……なんて、気まずいにもほどがある。

「できれば鴫野くんと二人きりがいいんだけど……」

なんと言って断ろうかと考えながら渡部さんの言葉を聞き流すと、渡部さんは上目使いで僕の顔を覗き込む。

「ね、いいでしょ?」
「うん……そうだね」
「ホント?嬉しい!」

あれ……?
渡部さんは何をそんなに喜んでるんだ?
ろくに話も聞かずにうっかり「うん」って言っちゃったけど、さっき渡部さんはなんて言ったんだっけ?

「明日から二人でお昼御飯食べようね!約束だよ」

なんてこった、『二人で』って言ったのか。
僕は杏さんと一緒にここで弁当を食べることになっているし、渡部さんと毎日会いたいなんてこれっぽっちも思ってないのに、渡部さんは僕の小指に無理やり小指を絡めた。
なんとか今の返事を撤回しようと、僕はまた頭をぐるぐるさせて言い訳を絞り出す。

「えーっと……でもやっぱり……ここではまずいかな……。渡部さんとは部署も違うし……」

我ながら苦しい言い訳だ。
渡部さんは小さく笑って、誘うような目で僕を見た。

「じゃあ……別の場所で二人きりならいい?」
「えっ?いや……」

そういう意味ではないんだけどな。
一体何を考えてるんだか。

「鴫野くん……」

ただでさえ近いのに、渡部さんは更に椅子を近付けて僕に体をすり寄せた。
非常にまずい状況だ。

「今日はキスしてくれないの?」
「え?」

いや、だからここじゃまずいんだって。
っていうか、僕は渡部さんと付き合おうなんて思ってないし、もうあんなおかしな事はしたくないんだけど。

「今更言うのもなんだけど……やっぱり会社ではまずいだろ」
「だったら……会社以外の場所で私と会ってくれる?」

しまった……墓穴掘ったかも。
どこで誰に見張られているかも知れないのに、それはもっと無理だ。

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