サディスティックなプリテンダー

昼休みの憂鬱

１

火曜日の昼休み。
いつものように杏さんと試作室で弁当を食べようとしていると、なんの前触れもなくドアが開いた。
振り返ると、そこにいたのは渡部さんだった。
そういえば昨日は広報から確認したい事があると言って、杏さんと何やら会議室で話し込んでいたし、昼休みに突然試作室に来るなんて、新商品のことで何か急ぎの連絡でもあるのかな？

「失礼します」

渡部さんが笑みを浮かべて杏さんに軽く会釈すると、杏さんは少し顔をしかめた。
不快そうなその表情から、昨日新商品のことで相当もめたのかなと思っていると、渡部さんは僕に近付いて来て肩にそっと手を置き目配せをした。

「鴫野くん、ちょっといい？」

杏さんのいる前で話せないということは、用件は仕事のことではなさそうだ。
なんだかイヤな予感がする。
直接来られたのだから逃げるわけにもいかないけど、杏さんひとりで弁当を食べてもらうのも気が引ける。
せめて食事が済んでからにしてもらおうか。
僕がどうしようかと考えていると、杏さんの携帯電話の着信音が鳴った。
杏さんは電話に出て少し話した後、携帯電話をポケットにしまいながら立ち上がった。

「これから遠山物産に行く事になった」
「でも昼食もまだ……」
「すぐに出るから食べている時間がない。悪いな」
「そうですか……」

杏さんの弁当、どうしようか。
食べて欲しかったんだけどな……。
ピーマンの肉詰めもニンジンのサラダも、朝から張り切って作ったのに。

「私の分を無駄にするのはもったいないから、彼女に食べてもらったらどうだ？」

そう言って杏さんは椅子から立ち上がり、渡部さんの横を通り過ぎて試作室を出ていった。
渡部さんは杏さんの後ろ姿を見送ると、当たり前のように僕の隣に座る。

「鴫野くん、お昼はいつも芦原部長と？」
「ああ……うん、最近ね」
「芦原部長のお弁当も毎日鴫野くんが作ってるの？」

根掘り葉掘り聞かれても杏さんの個人的な事情なんてもちろん話せないし、そもそも僕が杏さんに弁当を作っている理由を渡部さんにいちいち説明する必要はないと思う。
だけど変な誤解をされても困るから、当たり障りのないことを簡単に答えておくことにする。

「あの人は仕事人間だからね。仕事に夢中になりすぎて食事するのをしょっちゅう忘れちゃうんだ。この間それで倒れそうになったから、なんかほっとけなくて」
「ふーん……いいなあ、毎日鴫野くんにお弁当作ってもらって一緒に食べられるなんて」

渡部さんはそう言って僕の弁当を覗き込んだ。
さっきより明らかに椅子ごと距離を詰められている。
あまりにも近すぎやしないか……？
いつ誰が入って来るとも知れないのに、まさかここで迫ったりしないよな？
とりあえず渡部さんの気をそらさなくちゃ。

「そうだ……これ杏さんの分なんだけど、無駄にするのはもったいないし、良かったら食べる？」
「いいの？」
「うん」
「ありがとう！すごく嬉しい!!」

僕が杏さんのために作った弁当を差し出すと、渡部さんは嬉しそうに笑った。
その素直な反応は杏さんとは対照的だ。

「すごい……!!さすが鴫野くんだね！全部美味しそう!!」
「どうぞ、食べて」
「いただきます！」

渡部さんはピーマンの肉詰めを口に運んだ。
いきなりメインから行くタイプか、それとも根っからの肉食系なのか？
僕はそんなことを思いながらニンジンのサラダを箸でつまんで口に入れる。