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本気を見せろと言われても

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デートの翌日、日曜日のお昼時。
ダイニングではなぜかイチキの御曹司が、高そうなコーヒーカップで僕が淹れたコーヒーを飲んでいる。
杏さんはその向かいに座って、口を真一文字に結んでムッとしている。
僕は出来上がった昼食をトレイに乗せてテーブルに運ぼうとしたけれど、とても食事をするような雰囲気じゃない。
どうしたものか。


事の起こりは30分前。
僕が昼食の準備を始めて間もなく、インターホンが鳴った。
手を止めてドアモニターを覗いた僕は、そこに映った相手の姿にうろたえモニターをオフにするボタンを押した。
今のは目の錯覚とか、僕の見間違いじゃないのか?
いや、見間違いだとしても無視してどうする!
どうしようかと思っていると、ソファーでコーヒーを飲んでいた杏さんが振り返った。

「どうした鴫野?誰か来たんじゃないのか?」
「いや……来たんですけど……」
「誰だ?」
「……市来さんです」

杏さんの顔はその名を聞いた途端に険しくなり、ピクリと眉を動かして大きなため息をついた。
もう一度インターホンが鳴り、ドアモニターには再びイチキの御曹司の姿が映し出された。

「来たものはしょうがない……。通してやれ」

完全に招かれざる客だ。
それでも杏さんが『通せ』と言うのだから従うしかない。
通話ボタンを押して返事をすると、僕の声を聞いたイチキの御曹司がモニター越しにあからさまにイヤな顔をした。

「杏はいるか?」

相変わらず偉そうな態度だな。
用件を言う前にまずは名を名乗れ。
こんな横柄なヤツの言葉にいちいち反応するのはしゃくにさわるので聞かれたことには答えず、手元のパネルについたボタンでエントランスのオートロックを解除した。

「どうぞ」

一応そう言ってからドアモニターをオフにして振り返ると、杏さんが何かを訴えかけるような目で僕の顔をじっと見ていた。

「鴫野……わかっているな?」
「もちろんです」

婚約者をうまく演じろって言いたいんでしょ。
わかってますよ。
僕たちはお互いの顔を見ながら無言でうなずき、イチキの御曹司撃退を誓い合った。
しばらくするとゴージャス感の溢れるチャイムの音が部屋に鳴り響いた。
不快感をあらわにしないように気を付けながらドアを開けると、イチキの御曹司は玄関に出た僕を見下すような目で睨み付けた。

「イチキさん、ようこそいらっしゃいました」

本当は歓迎なんて1ミリたりともしていないけれど、社会人の常識として社交辞令を言ってやったのに、このボンボンは挨拶のひとつもせず、またしても完全に僕を無視しやがった。
本当に失礼なヤツだ。
それでも僕はここでカッとなって掴みかかるような器の小さい人間ではないというところを見せておかねば。
なんたって杏さんに選ばれた男だからな。
僕の方が杏さんに必要とされていることと、ついでに杏さんと僕が相思相愛の激甘カップルだと思い知らせて、必ず泣きっ面を拝んでやる。
……相思相愛というのは嘘だけど。

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