サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

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もうひとつの問題

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断るのは気が重いけど矢野さんの手前もあって、このまま放っておくわけにもいかない。
渡部さんは大人しそうに見えて案外押しが強いし、また泣かれたらハッキリ断りきれる自信がない。
この間だって渡部さんがいきなりキスなんかしてくるから、同僚としての顔しか知らない僕はかなり驚いた。
それなのにちょっと悪乗りなんかしてしまった分だけ余計に顔を合わせづらいし断りづらいけれど、僕は今、禊の真っ只中だ。
渡部さんとも、他の誰とも付き合うわけにはいかない。

だけどこのまま杏さんの婚約者のふりを続けるとして、一体いつになったら僕は自由になれるのか?
もし好きな人ができたとしても付き合うことはおろか、杏さん以外の女性には近付くことすらできない。
僕だって健全な成人男子だ。
人並みに性欲だってあるし、恋愛もしたい。
一緒に暮らしていても杏さんとは恋愛とか体の関係なんかは絶対にないだろうけど、性欲が溜まるのは生理現象なわけだから、婚約者役から解放されるまでは杏さんに与えられたあの部屋でこっそりと自己処理するしかない。
僕はいつまでそんな生活を続ければいいんだろう。
正直、先が見えないのはかなりきつい。
せめて婚約者のふりを続けながら誰かと付き合えたらいいんだけどな。
だったらやっぱり、僕を好きだって言ってくれている渡部さんと、杏さんには内緒でコッソリ付き合っちゃおうか。
……とは思わない。
僕は付き合えれば誰でもいいとは思っていないし、なんと言っても償いの意味を込めた杏さんとの約束をやぶることは許されないから、渡部さんには悪いけどちゃんと断ろう。


そんな事を思っていた矢先、今一番会いたくない人と顔を合わせる事になってしまった。
午後は広報部が新商品の出来映えを写真におさめに来ることになっていて、僕は動揺しているのが顔に出ないように必死で隠しながら仕事をした。
新メニューの根菜の煮物は茹でた絹さやを散らした事でほんの少しは見映えが良くなったけれど、広報部としては物足りないようで、さっきからカメラマン役の男が首をかしげたり唸ったりしている。

「やっぱ地味ですねぇ、全体的に茶色いと言うか……。せめて彩りの明るい食材に変えるとか、もう少しなんとかなりませんかね?」
「根菜の煮物ですよ?メイン食材を変えると栄養価どころか企画しているメニュー自体が変わるじゃないですか。きっちり下処理をしてしっかり出汁を効かせて、できるだけ茶色くならない調味料を使って仕上げに絹さやを散らして、味は落とさず見映えの良さにも手は尽くしたんです。それにうちの部長からはこれでOKもらってますから」
「うーん……。それでももう一押し欲しいなぁ」

簡単に言うなよ。
見映えさえ良ければいいってもんじゃないだろう?
味と栄養価は間違いないっつうの。

「シニア向けですからね。派手さより中身が大事なんです。これくらいの落ち着いた見映えの方が美味しそうだと思うんじゃないですか」
「シニアねぇ……。この『野菜中心のヘルシーメニュー』シリーズって、若い女性もターゲットなんでしょ?だったらメイン食材を変えずにもっと見映えのいいやつ出してくださいよ」

カメラマン役の男は少しバカにしたような口調でそう言い放った。

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