サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
36 / 95
もうひとつの問題

しおりを挟む
断るのは気が重いけど矢野さんの手前もあって、このまま放っておくわけにもいかない。
渡部さんは大人しそうに見えて案外押しが強いし、また泣かれたらハッキリ断りきれる自信がない。
この間だって渡部さんがいきなりキスなんかしてくるから、同僚としての顔しか知らない僕はかなり驚いた。
それなのにちょっと悪乗りなんかしてしまった分だけ余計に顔を合わせづらいし断りづらいけれど、僕は今、禊の真っ只中だ。
渡部さんとも、他の誰とも付き合うわけにはいかない。

だけどこのまま杏さんの婚約者のふりを続けるとして、一体いつになったら僕は自由になれるのか?
もし好きな人ができたとしても付き合うことはおろか、杏さん以外の女性には近付くことすらできない。
僕だって健全な成人男子だ。
人並みに性欲だってあるし、恋愛もしたい。
一緒に暮らしていても杏さんとは恋愛とか体の関係なんかは絶対にないだろうけど、性欲が溜まるのは生理現象なわけだから、婚約者役から解放されるまでは杏さんに与えられたあの部屋でこっそりと自己処理するしかない。
僕はいつまでそんな生活を続ければいいんだろう。
正直、先が見えないのはかなりきつい。
せめて婚約者のふりを続けながら誰かと付き合えたらいいんだけどな。
だったらやっぱり、僕を好きだって言ってくれている渡部さんと、杏さんには内緒でコッソリ付き合っちゃおうか。
……とは思わない。
僕は付き合えれば誰でもいいとは思っていないし、なんと言っても償いの意味を込めた杏さんとの約束をやぶることは許されないから、渡部さんには悪いけどちゃんと断ろう。


そんな事を思っていた矢先、今一番会いたくない人と顔を合わせる事になってしまった。
午後は広報部が新商品の出来映えを写真におさめに来ることになっていて、僕は動揺しているのが顔に出ないように必死で隠しながら仕事をした。
新メニューの根菜の煮物は茹でた絹さやを散らした事でほんの少しは見映えが良くなったけれど、広報部としては物足りないようで、さっきからカメラマン役の男が首をかしげたり唸ったりしている。

「やっぱ地味ですねぇ、全体的に茶色いと言うか……。せめて彩りの明るい食材に変えるとか、もう少しなんとかなりませんかね?」
「根菜の煮物ですよ?メイン食材を変えると栄養価どころか企画しているメニュー自体が変わるじゃないですか。きっちり下処理をしてしっかり出汁を効かせて、できるだけ茶色くならない調味料を使って仕上げに絹さやを散らして、味は落とさず見映えの良さにも手は尽くしたんです。それにうちの部長からはこれでOKもらってますから」
「うーん……。それでももう一押し欲しいなぁ」

簡単に言うなよ。
見映えさえ良ければいいってもんじゃないだろう?
味と栄養価は間違いないっつうの。

「シニア向けですからね。派手さより中身が大事なんです。これくらいの落ち着いた見映えの方が美味しそうだと思うんじゃないですか」
「シニアねぇ……。この『野菜中心のヘルシーメニュー』シリーズって、若い女性もターゲットなんでしょ?だったらメイン食材を変えずにもっと見映えのいいやつ出してくださいよ」

カメラマン役の男は少しバカにしたような口調でそう言い放った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以
恋愛
あらすじ  俵理人《たわらりひと》34歳、職業は秘書室長兼社長秘書。  女は扱いやすく、身体の相性が良ければいい。  結婚なんて冗談じゃない。  そう思っていたのに。  勘違いストーカー女から逃げるように引っ越したマンションで理人が再会したのは、過去に激しく叱責された女。  年上で子持ちのデキる女なんて面倒くさいばかりなのに、つい関わらずにはいられない。  そして、互いの利害の一致のため、偽装恋人関係となる。  必要な時だけ恋人を演じればいい。  それだけのはずが……。 「偽装でも、恋人だろ?」  彼女の甘い香りに惹き寄せられて、抗えない――。

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...