35 / 95
もうひとつの問題
1
しおりを挟む
杏さんと僕が一緒に暮らし始めてから、何事もなく平穏に10日が過ぎた。
もっと戸惑うことが多いかと思っていたのに、杏さんとの暮らしは特に困った事も難しい事もなく、予想に反して快適だと思う。
近いうちに様子を見に来ると言っていたお祖父様はまだ姿を現さない。
これ、一緒に暮らす意味あるのかな?
だけど杏さんが言っていたように、どこからか密偵に見張られているかも知れないので、ここで気を抜くわけにはいかない。
完全にお祖父様を騙しきるまで、きっと僕は杏さんと離れられないんだろう。
杏さんは婚約者のふりをするだけでいいと言ったけど、本当にそれだけで済むのか、正直言うとまだ少し不安だ。
その日も僕は矢野さんと二人で、相変わらず試作室にこもって新商品の試作をしていた。
うーん、全体的に見た目が地味だな。
栄養価的にはバッチリなんだけど、もう少し彩りが華やかな食材に変えるべきか。
「なぁ、鴫野」
「なんですか?」
矢野さんに声を掛けられ、きっともうひとつのメニューのことで相談されるのだろうと思いながら軽く返事をする。
「おまえさぁ、渡部から告白されただろ?」
「えっ?!」
新メニューの試作で頭がいっぱいになっていた僕は矢野さんの唐突な言葉にビックリして、花形の人参を思わず箸で潰してしまった。
「鴫野から返事がないって、渡部がヘコんでたぞ」
ああ……そうだった。
いろいろありすぎてすっかり忘れてたけど、渡部さんに付き合ってくれと言われてから、もう2週間ほど経っている。
「返事してやんねぇの?」
「いやぁ……。なんと言ったらいいのか……」
本当は渡部さんがこのまま忘れてくれたらいいなと思っているんだけど、その気もないのに返事を待たせるのは申し訳ないし、ハッキリ断るしかないか。
渡部さんのことは嫌いではないけど、恋愛の対象として好きになれそうだとはどうしても思えない。
それにやっぱり美玖の友達と付き合うのは気が引ける。
「鴫野、今フリーなんだから付き合ってやれば?」
「いや……それはちょっと」
「なんで?あいつ結構かわいいじゃん?好みじゃないとか?」
確かにまぁ、見た目はかわいいと言えばかわいいんだろうけど、僕の好みというわけでもない。
それなのになぜ僕は渡部さんの泣き顔がかわいいなんて思ったんだろう?
男はみんな女の子の涙にめっぽう弱い生き物ってことなんだろうか?
その辺に関して矢野さんはどう思うかじっくり聞いてみたいところだけど、渡部さんとの間にあんなことがあったとは言いづらいから、ここは適当に言葉を濁しておこう。
「なんと言ったらいいのか……。元カノの友達と付き合うのは気が引けるって言うか」
「なんで?もう終わったんだから別に気にする事ないじゃん」
「気になりますよ」
そろそろこの話は切り上げてくれないかなと思いながら試作の続きに取りかかる。
花形の人参を添えてもいまいちパッとしない。
もう少し彩りが欲しいから、色よく茹でた絹さやでも添えてみるか?
「ふーん……。どっちにしても早めに返事してやれよ。あいつ、毎日ドキドキしながら待ってんだからさ」
「そうですね……。そうします」
もっと戸惑うことが多いかと思っていたのに、杏さんとの暮らしは特に困った事も難しい事もなく、予想に反して快適だと思う。
近いうちに様子を見に来ると言っていたお祖父様はまだ姿を現さない。
これ、一緒に暮らす意味あるのかな?
だけど杏さんが言っていたように、どこからか密偵に見張られているかも知れないので、ここで気を抜くわけにはいかない。
完全にお祖父様を騙しきるまで、きっと僕は杏さんと離れられないんだろう。
杏さんは婚約者のふりをするだけでいいと言ったけど、本当にそれだけで済むのか、正直言うとまだ少し不安だ。
その日も僕は矢野さんと二人で、相変わらず試作室にこもって新商品の試作をしていた。
うーん、全体的に見た目が地味だな。
栄養価的にはバッチリなんだけど、もう少し彩りが華やかな食材に変えるべきか。
「なぁ、鴫野」
「なんですか?」
矢野さんに声を掛けられ、きっともうひとつのメニューのことで相談されるのだろうと思いながら軽く返事をする。
「おまえさぁ、渡部から告白されただろ?」
「えっ?!」
新メニューの試作で頭がいっぱいになっていた僕は矢野さんの唐突な言葉にビックリして、花形の人参を思わず箸で潰してしまった。
「鴫野から返事がないって、渡部がヘコんでたぞ」
ああ……そうだった。
いろいろありすぎてすっかり忘れてたけど、渡部さんに付き合ってくれと言われてから、もう2週間ほど経っている。
「返事してやんねぇの?」
「いやぁ……。なんと言ったらいいのか……」
本当は渡部さんがこのまま忘れてくれたらいいなと思っているんだけど、その気もないのに返事を待たせるのは申し訳ないし、ハッキリ断るしかないか。
渡部さんのことは嫌いではないけど、恋愛の対象として好きになれそうだとはどうしても思えない。
それにやっぱり美玖の友達と付き合うのは気が引ける。
「鴫野、今フリーなんだから付き合ってやれば?」
「いや……それはちょっと」
「なんで?あいつ結構かわいいじゃん?好みじゃないとか?」
確かにまぁ、見た目はかわいいと言えばかわいいんだろうけど、僕の好みというわけでもない。
それなのになぜ僕は渡部さんの泣き顔がかわいいなんて思ったんだろう?
男はみんな女の子の涙にめっぽう弱い生き物ってことなんだろうか?
その辺に関して矢野さんはどう思うかじっくり聞いてみたいところだけど、渡部さんとの間にあんなことがあったとは言いづらいから、ここは適当に言葉を濁しておこう。
「なんと言ったらいいのか……。元カノの友達と付き合うのは気が引けるって言うか」
「なんで?もう終わったんだから別に気にする事ないじゃん」
「気になりますよ」
そろそろこの話は切り上げてくれないかなと思いながら試作の続きに取りかかる。
花形の人参を添えてもいまいちパッとしない。
もう少し彩りが欲しいから、色よく茹でた絹さやでも添えてみるか?
「ふーん……。どっちにしても早めに返事してやれよ。あいつ、毎日ドキドキしながら待ってんだからさ」
「そうですね……。そうします」
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
深冬 芽以
恋愛
あらすじ
俵理人《たわらりひと》34歳、職業は秘書室長兼社長秘書。
女は扱いやすく、身体の相性が良ければいい。
結婚なんて冗談じゃない。
そう思っていたのに。
勘違いストーカー女から逃げるように引っ越したマンションで理人が再会したのは、過去に激しく叱責された女。
年上で子持ちのデキる女なんて面倒くさいばかりなのに、つい関わらずにはいられない。
そして、互いの利害の一致のため、偽装恋人関係となる。
必要な時だけ恋人を演じればいい。
それだけのはずが……。
「偽装でも、恋人だろ?」
彼女の甘い香りに惹き寄せられて、抗えない――。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる