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二人のルール
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「洗濯はどうします?杏さんがいやじゃなければ僕がまとめてやりますけど」
「うーん……そうだな……」
さすがに男の僕に自分の衣類を洗濯されることには抵抗があるようだ。
あまりこだわりがなさそうに見えても、杏さんもやっぱり女性ってことだな。
「洗って欲しい物があったら洗濯機の上のかごの中に入れておいてください。クリーニングが必要なものはクリーニングに出して、家で洗えるものは僕が洗いますから」
「わかった、そうする」
杏さんが僕に洗濯を頼むかはわからないけど、一応おしゃれ着洗いの洗剤なんかも用意しておいた方がいいかも知れないな。
それにしても、なんだか生活感の漂う細かいことばかりだ。
むしろ杏さんは今まで、この部屋で暮らしている生活感が無さすぎたんだと思う。
昨日初めてここに来た時には、生活臭みたいなものが一切しなかった。
冷たくて無機質で、だだっ広い箱の中みたいだと思ったんだ。
「食事については鴫野に一任する。私が遅くなる日は先に食べてくれればいいし、風呂も私が帰る前に済ませてくれて構わない」
「わかりました。遅くなる日は事前に連絡いただけると助かります」
「わかった、そうしよう」
二人で一緒に生活をする上でのルールはこんなものか。
他に何か決めておくべきことはなかったかなと僕が考えていると、杏さんはビールを少し飲んで小さくため息をついた。
「それと……この事は他言無用だ。わかるな?」
「もちろんです」
直属の上司の杏さんと暮らしているなんて、会社では絶対に知られたくない。
もしこんなことを会社の人間に知られたら、その噂は瞬く間に全社員に知れ渡ることだろう。
そうなれば僕はおそらく『あの芦原部長と付き合えるなんて、どんな図太い神経の持ち主なんだ?』と言った類いの好奇の目に晒されてしまう。
絶対にバレないようにしないと!
「あっ、そうだ……。社外の友人に引っ越し先を聞かれたら、どうすればいいですか?」
「そうだな……。親戚の家に居候しているとでも言っておけ。でもここに呼ぶのはダメだ」
「呼びませんよ」
社会人になってからは家を行き来するほど仲の良い友人なんていないし、幸か不幸か僕の素行をチェックするような嫉妬深い彼女もいない。
……いや、嫉妬深い彼女どころか、ごく普通の彼女の一人もいない。
この偽装婚約者の役から解放されるまでのしばらくの間は、なんとか持ちこたえられるだろう。
これで終わりかと思ったら、杏さんは缶に残っていたビールを飲み干し、ガツンと音をたててテーブルの上に缶を置いた。
「それから念のために言っておく。婚約者と言っても、あくまでふりだからな。この間みたいな事は……!」
そこまで言って、杏さんは口をつぐんだ。
あ……そういう事か。
酔った勢いでとか、なんとなくその場の雰囲気でとか、とにかくこの間の夜みたいな、やらしい事はするなって言いたいんだ。
ばあやみたいだなんて言ってたけど、一応僕も男として見られているらしい。
嬉しいような哀しいような複雑な気持ちになり、思わず苦笑いがこぼれる。
「うーん……そうだな……」
さすがに男の僕に自分の衣類を洗濯されることには抵抗があるようだ。
あまりこだわりがなさそうに見えても、杏さんもやっぱり女性ってことだな。
「洗って欲しい物があったら洗濯機の上のかごの中に入れておいてください。クリーニングが必要なものはクリーニングに出して、家で洗えるものは僕が洗いますから」
「わかった、そうする」
杏さんが僕に洗濯を頼むかはわからないけど、一応おしゃれ着洗いの洗剤なんかも用意しておいた方がいいかも知れないな。
それにしても、なんだか生活感の漂う細かいことばかりだ。
むしろ杏さんは今まで、この部屋で暮らしている生活感が無さすぎたんだと思う。
昨日初めてここに来た時には、生活臭みたいなものが一切しなかった。
冷たくて無機質で、だだっ広い箱の中みたいだと思ったんだ。
「食事については鴫野に一任する。私が遅くなる日は先に食べてくれればいいし、風呂も私が帰る前に済ませてくれて構わない」
「わかりました。遅くなる日は事前に連絡いただけると助かります」
「わかった、そうしよう」
二人で一緒に生活をする上でのルールはこんなものか。
他に何か決めておくべきことはなかったかなと僕が考えていると、杏さんはビールを少し飲んで小さくため息をついた。
「それと……この事は他言無用だ。わかるな?」
「もちろんです」
直属の上司の杏さんと暮らしているなんて、会社では絶対に知られたくない。
もしこんなことを会社の人間に知られたら、その噂は瞬く間に全社員に知れ渡ることだろう。
そうなれば僕はおそらく『あの芦原部長と付き合えるなんて、どんな図太い神経の持ち主なんだ?』と言った類いの好奇の目に晒されてしまう。
絶対にバレないようにしないと!
「あっ、そうだ……。社外の友人に引っ越し先を聞かれたら、どうすればいいですか?」
「そうだな……。親戚の家に居候しているとでも言っておけ。でもここに呼ぶのはダメだ」
「呼びませんよ」
社会人になってからは家を行き来するほど仲の良い友人なんていないし、幸か不幸か僕の素行をチェックするような嫉妬深い彼女もいない。
……いや、嫉妬深い彼女どころか、ごく普通の彼女の一人もいない。
この偽装婚約者の役から解放されるまでのしばらくの間は、なんとか持ちこたえられるだろう。
これで終わりかと思ったら、杏さんは缶に残っていたビールを飲み干し、ガツンと音をたててテーブルの上に缶を置いた。
「それから念のために言っておく。婚約者と言っても、あくまでふりだからな。この間みたいな事は……!」
そこまで言って、杏さんは口をつぐんだ。
あ……そういう事か。
酔った勢いでとか、なんとなくその場の雰囲気でとか、とにかくこの間の夜みたいな、やらしい事はするなって言いたいんだ。
ばあやみたいだなんて言ってたけど、一応僕も男として見られているらしい。
嬉しいような哀しいような複雑な気持ちになり、思わず苦笑いがこぼれる。
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