サディスティックなプリテンダー

謝罪と償い

６

「それでは近々、二人の暮らしぶりを見に行く事にしよう。楽しみだのう……」

お祖父様はニヤリと笑いながら、すれ違いざまにすごい力で僕の肩を叩いた。
こっ……こえぇー!!
大声でそう叫びたいのを必死でこらえる。
呆然と立ち尽くしていたイチキの御曹司は、慌てて杏さんに駆け寄った。

「杏、今からでも遅くない、考え直してくれ。俺と結婚しよう」
「それは無理。私は彼と結婚する。いくらお祖父様が決めたからって、穂高との結婚は考えられない」
「なんでだよ!!俺はずっと杏が嫁入りしてくれるのを待ってたのに!!」

……必死だな。
よほど杏さんが好きなのか、それとも家同士の兼ね合いの問題で引くに引けないのか、なんだかイチキの御曹司がかわいそうになってきた。

「穂高はただの幼馴染み。それ以上に思った事はない。だからもし万が一結婚したとしても、指一本触れさせないから」

うわ、きっつー……。
男として、さすがにこれはこたえるだろう。

「俺になんの不満があるって言うんだ!!庶民のその男のどこがそんなにいいんだよ！」

こんなやつにちょっとでも同情した僕がバカだった。
さっきから聞いてりゃ庶民庶民って……。
庶民をバカにすんなよな。
うちの会社はその庶民様を相手に商売してるんだ。
きっと杏さんだって、そんな無礼なことを言うやつを許すはずがない。
さぁ杏さん、ガツンと言ってやってください！

「うん？どこがって……。章悟はいつも美味しい御飯を作って食べさせてくれる」

てっきりガツンと言ってくれると思ったのに！
それに僕のいいところって、そこ？
そこだけ？
もっとそれ以外に何か……と思ったけど、御曹司に勝てそうなところなんて他にないか。

「美味しい料理なら、うちの料理長がいくらでも食べさせてくれるよ。三ツ星レストランのシェフを引き抜いたんだから！」

ボンボンめ。
三ツ星レストランのシェフみたいに派手な料理が作れなくて悪かったな。
なんせ僕は調理師じゃなくて、管理栄養士だ。
料理は僕自身の趣味みたいなもので、プロの調理師が作るような物とは比べ物にならないだろう。
ましてや相手は三ツ星レストランのシェフなんて、僕はその足元にも及ばない。

「穂高の家の料理長の作った料理がどれだけ素晴らしくても、私は章悟の作った料理が一番好き」

杏さんは僕の方をチラッと見てはにかみながらそう言った。
杏さん、かわいいこと言ってくれるじゃないか！
そんな事言われたら、一生でも作ってあげたいなんて勘違いしちゃいそうだ。

「悪いけど今回の縁談はなかった事にして、もっと穂高を好きで大事にしてくれる人を見つけて。穂高ならそんな人、いくらでもいるでしょう」

イチキの御曹司に向かってそう言うと、杏さんは僕の腕にそっと腕を絡めた。

「帰ろう、章悟」

しょ、章悟って……。
今まで僕をそんな風に呼んだことないでしょ?!
演技だとわかっているのに、僕を見上げて微笑む杏さんに思わずドキッとしてしまう。
だけど鼻の下を伸ばしている場合じゃない。
きっとここが最大の見せ場だ。
僕はイチキの御曹司のエベレストよりも高いプライドを打ち砕き、天狗よりも高い鼻を根元からへし折るために、杏さんに愛されている優しくて頼れる彼氏を精一杯演じることにしよう。

「ああ、うん。帰ろうか」
「ねぇ章悟。私、今日はあれ食べたい」

腕を組んで歩きながら、杏さんは僕の腕に頬をすり寄せ、少し甘えた声を出す。