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謝罪と償い
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「わかりました、わかりましたよ。行けばいいんですね?でも期待なさっているようなお返事はできませんよ」
珍しい。
杏さんがかなり興奮している。
一体なんの電話だろう?
電話を終えてため息をつきながら席に戻ってきた杏さんは、少し苛立った様子で味噌汁の中の豆腐を口に入れた。
……ここはあえて、何も聞かないでおこう。
きっとプライベートな事だ。
上司のプライベートに踏み込むのは、部下としてタブーだろう。
いや、もうこの上ないほど踏み込んじゃった僕が言うのもなんだけど。
よく考えたら上司の杏さんと二人きりで昼食を取っているなんて不思議な話だ。
別に約束をしたわけでも強制されたわけでもないのに、僕は当たり前のように杏さんの弁当を作っている。
大袈裟に誉めたり、わかりやすく喜んだり笑ったりはしないけれど、杏さんは杏さんなりに、美味しそうに食べてくれていると思う。
うわべだけならなんとでも言えるんだ、美玖みたいに。
『章悟の作った料理はホントに美味しいね!こんなの毎日食べられたら、幸せだろうなぁ』
いつもそう言って食べていたくせに、心の中では地味でつまらないと思っていたんだ。
今更だけど、やっぱりヘコむな。
「どうした?」
杏さんが箸を止めて僕の顔を見た。
美玖のことなんか思い出してしまった僕は、きっと不機嫌な顔をしていたに違いない。
「食事中に難しい顔をしているなんて鴫野らしくないぞ」
その一言で、自然と笑みがこぼれた。
杏さんは僕が思っているより、部下のみんなのことをよく見てくれているのかも知れない。
「そうですね。食事中にいろいろ考えるのはやめにします」
「そうしろ。そんな顔してると、せっかくの美味しい弁当が台無しだ」
何気ない杏さんの一言が、なんだかとても嬉しかった。
「……ですよね。やっぱり食べ物は美味しくいただかないと」
どんなに体にいい美味しいものを作ったとしても、食べる本人の気持ちひとつで、味も何もかも変わってくるんだ。
食べ物をいただくって、そういうこと。
僕はそんな基本的な事を、改めて杏さんに教わった気がした。
その後杏さんは、電話で時間をロスした分を取り戻すかのように、いつもより急いで弁当を食べ終えた。
残すのがよほどいやなのか。
今度から杏さんの弁当の御飯は、食べやすいようにおにぎりにした方が良さそうだ。
午後7時50分。
僕は杏さんに指定されたホテルのロビーで、ソファーに身を預けていた。
指定されたその意味もよくわからないまま、裕福そうな客やホテルマンの行き来する様子を眺めている。
弁当を食べ終わった後、試作室を出る間際に杏さんは言った。
『この間の事を反省しているなら、今夜7時半にホテルプリマヴェーラのロビーに来い』
それだけ言い残すと、杏さんはさっさと試作室を出ていった。
なんでホテル?
まさか、金曜の夜の仕切り直しなんて事は……。
いや、ないない。
いくら僕が覚えていなかったからと言って、杏さんに限ってそれはあり得ない。
この場所と時間を指定した当人の杏さんと言えば、珍しく慌てた様子で定時に退社した。
杏さんが定時に退社するなんて滅多にない事だ。
社泊して床に転がっている姿なら、何度でも見てるんだけど。
それにしても喉が渇いたな。
時計を見ると、約束の時間から既に20分以上過ぎている。
時間に厳しい杏さんにしては珍しい。
もしかして、7時半にここで待ち合わせと言うのは嘘だったとか?
いや……バカ正直で真面目な杏さんに、そんな事ができるとは思えない。
でももしかしたら、酔った勢いでひどい事をした僕に対するちょっとした意地悪だったのかも……なんてことを考えなくもない。
珍しい。
杏さんがかなり興奮している。
一体なんの電話だろう?
電話を終えてため息をつきながら席に戻ってきた杏さんは、少し苛立った様子で味噌汁の中の豆腐を口に入れた。
……ここはあえて、何も聞かないでおこう。
きっとプライベートな事だ。
上司のプライベートに踏み込むのは、部下としてタブーだろう。
いや、もうこの上ないほど踏み込んじゃった僕が言うのもなんだけど。
よく考えたら上司の杏さんと二人きりで昼食を取っているなんて不思議な話だ。
別に約束をしたわけでも強制されたわけでもないのに、僕は当たり前のように杏さんの弁当を作っている。
大袈裟に誉めたり、わかりやすく喜んだり笑ったりはしないけれど、杏さんは杏さんなりに、美味しそうに食べてくれていると思う。
うわべだけならなんとでも言えるんだ、美玖みたいに。
『章悟の作った料理はホントに美味しいね!こんなの毎日食べられたら、幸せだろうなぁ』
いつもそう言って食べていたくせに、心の中では地味でつまらないと思っていたんだ。
今更だけど、やっぱりヘコむな。
「どうした?」
杏さんが箸を止めて僕の顔を見た。
美玖のことなんか思い出してしまった僕は、きっと不機嫌な顔をしていたに違いない。
「食事中に難しい顔をしているなんて鴫野らしくないぞ」
その一言で、自然と笑みがこぼれた。
杏さんは僕が思っているより、部下のみんなのことをよく見てくれているのかも知れない。
「そうですね。食事中にいろいろ考えるのはやめにします」
「そうしろ。そんな顔してると、せっかくの美味しい弁当が台無しだ」
何気ない杏さんの一言が、なんだかとても嬉しかった。
「……ですよね。やっぱり食べ物は美味しくいただかないと」
どんなに体にいい美味しいものを作ったとしても、食べる本人の気持ちひとつで、味も何もかも変わってくるんだ。
食べ物をいただくって、そういうこと。
僕はそんな基本的な事を、改めて杏さんに教わった気がした。
その後杏さんは、電話で時間をロスした分を取り戻すかのように、いつもより急いで弁当を食べ終えた。
残すのがよほどいやなのか。
今度から杏さんの弁当の御飯は、食べやすいようにおにぎりにした方が良さそうだ。
午後7時50分。
僕は杏さんに指定されたホテルのロビーで、ソファーに身を預けていた。
指定されたその意味もよくわからないまま、裕福そうな客やホテルマンの行き来する様子を眺めている。
弁当を食べ終わった後、試作室を出る間際に杏さんは言った。
『この間の事を反省しているなら、今夜7時半にホテルプリマヴェーラのロビーに来い』
それだけ言い残すと、杏さんはさっさと試作室を出ていった。
なんでホテル?
まさか、金曜の夜の仕切り直しなんて事は……。
いや、ないない。
いくら僕が覚えていなかったからと言って、杏さんに限ってそれはあり得ない。
この場所と時間を指定した当人の杏さんと言えば、珍しく慌てた様子で定時に退社した。
杏さんが定時に退社するなんて滅多にない事だ。
社泊して床に転がっている姿なら、何度でも見てるんだけど。
それにしても喉が渇いたな。
時計を見ると、約束の時間から既に20分以上過ぎている。
時間に厳しい杏さんにしては珍しい。
もしかして、7時半にここで待ち合わせと言うのは嘘だったとか?
いや……バカ正直で真面目な杏さんに、そんな事ができるとは思えない。
でももしかしたら、酔った勢いでひどい事をした僕に対するちょっとした意地悪だったのかも……なんてことを考えなくもない。
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