サディスティックなプリテンダー

謝罪と償い

１

鉛のように重い気分で目覚めた翌朝。
いっそのこと会社を休んでしまおうかとも思ったけど、社会人としてそんな無責任な事をするわけにもいかない。
僕は仕方なく起き上がって台所に立った。
夕べはいろいろ考えてなかなか眠れなかった。
渡部さんの事も原因のひとつだけど、やっぱり一番悩むのは杏さんの事だ。
恋愛経験がないということは、杏さんはキスも何もかも初めてだったんだと思う。
シーツに血がついてたのがその証拠だ。
それなのに酔って無理やり杏さんの初めてを奪った上に、自分のした事を覚えていないなんて……僕はバカか？
バカというより、むしろクズだ。
いや、クズというよりゲス過ぎる。
僕が美玖にフラれた事は杏さんにはなんの関係もないのに、八つ当たりもいいとこだろ。
ここはやっぱり、土下座でもなんでもして、素直に謝るほかない。
酔っていたとは言え、責任取れとか訴えてやるとか何を言われても仕方のないようなひどい事をしたのは僕なんだから、覚悟を決めて謝罪しよう。


いつものように出社すると、オフィスの床に杏さんが寝転がっていた。
また社泊したんだな。
それにしても無防備だ。
タイトスカートの裾から伸びるスラリとした脚が艶かしい。
……変だな。
今までだってこんな姿は何度も見てきたし、寝起きの杏さんは色気がないと思ってきたはずなのに、今日はその寝姿がやけに色っぽく見える。
とりあえずコーヒーを飲みながら心を落ち着かせ、謝罪の言葉を口の中で何度も呟いた。
よし、僕も男だ。
切腹する覚悟で誠心誠意謝ろう。

「杏さん、起きてください」

僕が体を揺すると、杏さんは眉間にシワを寄せた。

「ダメだ……そこに味噌汁を入れたら……汁がこぼれる……」

なんの夢を見てるんだ？
味噌汁を一体何に入れようとしているんだろう？

「杏さん、朝ですよ」
「運搬時のコストを考えろ……」

まったく……夢の中でまで仕事してるんだから、この人は。
せめて夢の中くらいはイケメンと恋愛とかすればいいのに。
もう一度、強めに体を揺する。

「杏さん、起きてください」
「うーん……目標、客単価百万円!!」

ないない、いくらなんでもコンビニでそれはないから。
現実味のない杏さんの寝言に思わず吹き出してしまった。
杏さんの見ている夢の内容がちょっと気になる。
笑いを堪えていると、杏さんがゆっくりと目を開いた。
僕の顔を見ると、杏さんは驚いてのけぞった。

「う……わぁ!!」

ゴツンと鈍い音がした。
どうやら杏さんが床に頭を打ち付けたようだ。

「大丈夫ですか？」

あまりにひどい音がしたので、咄嗟に杏さんの頭を触った。
杏さんは身構えて顔を強ばらせた。
僕は警戒されてるらしい。
……当たり前か。
あんなことをしてしまったんだから。

「そんなに怯えないでください、何もしませんから。とりあえず打った所を見せてください」

杏さんは何も言わずじっと身を固くしている。
頭を触って調べてみたけど、どうやらコブにはなっていないみたいだ。

「大丈夫みたいです」
「ああ、うん……」

僕が手を離すと、杏さんの体から一気に力が抜けるのが見て取れた。
僕は床に正座をして、杏さんに向かって頭を下げた。

「杏さん……すみませんでした」
「……なんの事だ」
「金曜の夜の事です。あの日、僕を送ってくれたのは矢野さんじゃなくて杏さんだったんですね」
「そうだが……何か？」

杏さんはしらを切るつもりなのか、知らん顔をしている。
だからと言って謝りもせず何事もなかったように振る舞うわけにはいかない。
かなり勇気はいるけれど、まずは僕のしでかしたことを杏さんに聞いて確認する必要がある。