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想定外の展開

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僕は一瞬にして我に返り、慌てて渡部さんから離れた。
杏さんは一瞬ピクッと眉尻を上げた後、僕たちを素通りして、さっきの会議で座っていた辺りのテーブルの下を覗き込んだ。
その隙に渡部さんは慌てて会議室から出ていき、僕はそこに取り残されてしまった。
どうしようか。
動揺した僕はとっさに手に取った書類を床にばらまいてしまう。
やっちまった……。
いろんな意味でやっちまった!!
テーブルの下を覗き込んでいた杏さんが、置き忘れていた書類を手にこちらに向かって歩いてくる。
杏さんは僕が床にばらまいた書類を拾い上げ、冷たい目で僕を見ながらそれを差し出した。

「おまえが誰とどうしようが構わんが、場所くらいはわきまえろ。私だったからまだ良かったようなものの、他の上司にでも見られたらどうするつもりだ」
「すみません……」

もっとも過ぎて返す言葉もない。
書類を僕に手渡すと、杏さんはさっさと会議室を後にした。
杏さんの蔑むような冷たい目が脳裏に焼き付いて離れない。
時間をかけてようやく書類を拾い集め、僕は大きなため息をついた。
……何やってんだか。
僕はこんな人間だったか?
いくらなんでも会社でこんなの有り得ない。
しかも直属の上司の杏さんに現場を見られてしまった。
この間彼女にフラれて散々醜態晒して迷惑かけたとこなのに、何日も経たずに他の女の子とあんなことをしているところを見られるなんて、しばらく顔を合わせづらいな。
僕の主な仕事場が杏さんのいるオフィスではなく試作室で良かったとホッとしたのも束の間、僕は大事なことを思い出した。
しまった!!
今日は杏さんの弁当持ってきてるんじゃないか!!
マジで最悪だ。
どんな顔して一緒に弁当食べればいいんだよ?

重い足を引きずって、書類とパソコンを手に部署に戻った。
デスクに荷物を置いて弁当の入ったバッグを手に試作室に行くと、既に杏さんが待っていて怯んでしまう。
杏さんは椅子に座って長い足を組み、首だけを微かに動かして僕の方を見た。

「やっと来たか」
「すみません、お待たせしました……」

さっきあんなところを見られたばかりだから、杏さんの顔がまともに見られない。
ばつが悪いって、こういう事を言うんだな。
楽しいはずの昼休みがまるで拷問のようだと思いながら、弁当とスープポットをバッグから取り出して杏さんに差し出した。

「どうぞ……」

杏さんは黙って弁当の蓋を開ける。
いたたまれない。
空気が重い。
これはきっと調子に乗って良からぬことを考えてしまった罰だ。
僕は肩を落としながら自分の弁当を取り出した。
杏さんはスープポットの蓋を開けて味噌汁を飲む。
相変わらず、眉ひとつ動かさない。
今日の味噌汁の具は、キャベツ、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、麩、玉子。
玉子は溶き卵にした。
弁当のおかずは、鯖の竜田揚げとカボチャのそぼろあんかけ、ひじきの煮物。
今日の弁当もうまくできたはずなのに、今の僕には味もろくにわからない。
杏さんは何も言わず、ゆっくりとおかずを口に運ぶ。
無言で表情も変えずに箸を進められると、大声で罵倒されるよりもこたえるのだと知る。
ヤバイ、暑くもないのに変な汗が出てきた。

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