サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

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想定外の展開

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杏さんと一緒に昼食を取った日の翌朝は、いつもより多目に味噌汁を作り、弁当を二人分用意した。
昨日杏さんが僕の弁当を食べているのを見て、昼くらいは杏さんにまともなものを食べさせたくなったからだ。
またお腹をすかせて倒れられても困る。
今日も素直に食べてくれるといいんだけど。

僕が会社に着いて間もなく杏さんが出社した。
杏さんが部長席に着くのを見計らって、僕はカップにコーヒーを注いだ。

「おはようございます」
「おはよう」

コーヒーを差し出すと、杏さんは黙ってそれを受け取りカップを口に運ぶ。

「今日も一緒にお昼どうですか?杏さんの分も弁当作って来ました」
「え?いや、私は……」
「杏さんの分も作って来ましたから、食べてくださいね」

断ろうとした杏さんの言葉を笑いながら強めの口調で遮ると、杏さんは少し呆れたようにため息をついた。

「世話焼きなんだな、鴫野は……」
「管理栄養士ですからね。杏さんの異常な食生活をどうしても見過ごせなくて。僕と一緒に食べるのがイヤなら、別の場所で食べてもいいですよ」
「……いや、昼休みに試作室に行く」

ちょっと強引かも知れないけど、こうでもしないと杏さんは自分から食事をしようとしない。
杏さんにカロリーバー以外のものを食べさせる事が、僕にできるとは思わなかった。
勝ち負けとかの問題ではないんだけど、なんとなく杏さんに勝った気分だ。


午前中は会議室で新商品の企画会議があった。
新しい弁当や惣菜の内容を、前年の商品データを見ながら考える。
広報部としては、できるだけ見映えのする見た目の華やかな商品が欲しいというのが本音のようだ。
ターゲットをどの世代に絞るかによって、メニューも価格設定も栄養価も、内容すべてが変わってくる。
僕は質より量で高カロリーな若者向けの商品があまり得意じゃない。
どちらかと言うと、量より質でヘルシーなシニア向けの商品が得意だ。
その辺が地味なんだろう。
高齢化社会と言うだけあって、最近のシニアは年齢の割に若いし、ひとくくりにシニアと言うのが難しい。
僕たちが思っている以上に食欲も旺盛だし、元気で活動的だと感じる。
シニア向けだからと言って、あっさりしたものばかりでもダメだし、かと言って若者と同じように油っこいものばかりでもダメみたいだ。
要は何事もバランスなんだよな。
老いも若きも、体にいいものを食べる方がいいに決まってる。
老若男女が利用するコンビニだもんな。
多様化していくニーズに応えるのは大事なことだ。


昼休み直前に会議が終わった。
お腹をすかせた社員たちは、早く昼飯にありつこうと、さっさと会議室を後にする。
僕は弁当を持ってきているから、慌てて買いに行く必要もない。
先輩たちに頼まれていた書類や試作室のパソコンを手に会議室を出ようとした時、後ろから肩を叩かれて振り返る。

「鴫野くん」
「ああ、渡部ワタベさんか……。久しぶり」

広報部に勤めている同期入社の渡部さんだ。
渡部さんとは新入社員研修の時に同じグループだったので、その後も会えばなんとなく話をするくらいは仲がいい。
それに僕と美玖が出会うきっかけになった合コンは、部署を越えて顔の広い矢野さんから頼まれた渡部さんが女子メンバーを集めたらしい。
渡部さんと美玖は大学時代の友人なんだそうだ。

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