サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣

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やけ酒の果ての過ち

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「……わからんな。泣くほど傷付くくらいなら、最初から恋愛なんてしなければいい」
「それは杏さんが恋愛した事がないから言えるんです」

また失礼な事を言っているという自覚はあるのに、自分の意志とは裏腹に勝手にこぼれ落ちる言葉を止められない。

「杏さんだってね……誰かを本気で好きになったらわかるはずです」
「わかりたいとも思わんが?」

……なんだかな。
この強気な上司のすました顔を涙でグシャグシャにしてやりたい。
これまで一度も感じたことのない欲望が僕の心の奥底から湧き上がる。

「杏さんって誰とも付き合った事ないんですか?」
「それがどうした?」
「若くで出世して大勢の人の上に立ってるのに、恋愛経験は小学生以下だ。こんな事もした事ないんでしょう?」

手を伸ばして、杏さんの頭を引き寄せた。
驚いて何かを言おうとした杏さんの唇を、僕の唇で無理やり塞ぐ。
どんなに必死で抵抗したって杏さんは女だ。
男の僕に力では敵わない。
僕は思いきり杏さんを抱きしめて、舌先で杏さんのこわばった唇をこじ開け、貪るように舌を絡めた。
柔らかく湿った舌は、少しだけウイスキーの味がした。
杏さんは息の仕方もわからなくなったのか、苦しそうにもがいて僕の背中を拳で叩く。
唇を離すと、杏さんは必死で呼吸をした。

「なっ……なんでこんな事……!」

杏さんは今まで見たこともないような慌てた顔をして、僕を睨み付けた。
その目付きになんだか身体中がゾクゾクする。

「それもわからないんですか?したかったからですよ」

僕は杏さんの腕を掴んで、思いきり体を引き寄せた。
その勢いでバランスを崩した杏さんが僕の腕の中に飛び込んでくる。
ベッドの上に押し倒すと、杏さんは顔を強ばらせた。
なんだ、かわいいじゃないか。
もっといじめてやりたい。
もう一度唇を塞いで、さっきよりも激しいキスをした。
キスをしながら杏さんの高そうなスーツのボタンを外す。
スーツの下のブラウスのボタンを外すと、杏さんは怯えた顔をした。
首筋に舌を這わせて形のいい胸に触れると、杏さんはビクリと体を震わせる。

「杏さん、なんで彼女と付き合ってたんだって僕に聞きましたよね?こういうことしたかったんですよ。いくら杏さんでも、わかるでしょ?」
「わ……から……ない……」
「だったら……わかるまで僕が教えてあげます」



目が覚めると、外はもう随分日が高く昇っていた。
ぼんやりと目を開いて部屋を見回すと、テーブルの上にはグラスが置かれていて、部屋にいるのは僕一人だ。
それにしても変な夢見た……。
夢の中で僕は杏さんを押し倒していた。
必死で抵抗する杏さんを押さえ付けて、強引にキスをして身体中を弄び、怯えて涙を流しながら『もうやめて』と僕に懇願する杏さんを這いつくばらせて何度も乱暴に突き上げた。
あれって一歩間違えば……いや、合意の上じゃないなら明らかに犯罪だろ?
酔いが醒めて冷静になった今、僕自身のしでかしたことだと考えるといやな汗がにじむ。
夢で本当に良かったと胸を撫で下ろした。

夕べの深酒のせいで、頭がガンガンして、胃の辺りがムカムカする。
寝返りを打つのも億劫で、仰向けのまま手足を投げ出し、ぼんやりと天井を眺めた。
杏さんとの事は夢だったけど、美玖との事は夢じゃない。
……あー、美玖とは終わったんだな。
昨日の今日だから、やっぱりまだ簡単に吹っ切る事はできない。
シラフの状態で一人になってみて初めて、思ったより参っている事に気付く。
地味でつまらない僕なんか誰にも必要とされないとか、誰にも愛してもらえないとか、僕という人間を全否定された気分だ。
美玖の浮気現場を目撃した上にこっぴどくフラれただけでもかなり痛いのに、夢の中とは言えその腹いせに上司の杏さんを襲うなんて、人間として最低だ。
本当に人間のクズだ。
なんかもう立ち直れそうもない。
だから今日はこのまま重力にも無気力にも逆らわず、二日酔いの重い体を横たえて大人しく反省していよう。



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