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恋の修羅場は突然に

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僕と矢野さんの会話を黙って聞いていた杏さんが、不思議そうな顔をした。

「どうした?」

杏さんにはこの状況も察する事ができないのか?
彼女に浮気されたと上司に説明するなんて、惨めすぎる。

「なんでもないです」
「あれ、鴫野の知り合いか?」

僕の口から言わせる気なんだ。
無知なのは仕方ないとは言え、無性に苛立つ。

「そうですよ。僕の彼女だと思ってたんですけどね。そう思ってたのは僕だけみたいです」

杏さんは少し首をかしげた後、何を思ったか走って美玖の後を追い掛けた。

「ちょっと……!!何やってるんですか、杏さん!!」

僕は慌てて杏さんの後を追う。
杏さんは踵の高いハイヒールを履いているとは思えないほどの速さで駆けて行き、あっという間に美玖に追い付いてその肩を叩いた。
……間に合わなかった。
美玖が驚いた様子で振り返る。

「詳しい事は知らないが、君は鴫野と付き合ってるんじゃないの?」
「えっ?!」

杏さん、なんてストレートな……。
振り返った美玖が僕の姿に気付いて大きく目を見開いた。

「で、ここでその人と何してたの?鴫野との約束を蹴ってまでその人と会わなきゃいけないような大事な用でも?」

男と女がラブホテルに入ってやることなんて、聞くまでもなくひとつしかないじゃないか。
杏さんに悪気はないのかも知れないけれど、これ以上何も言わないで欲しい。
これは僕と美玖の、二人だけの問題だ。

「杏さん、もういいです。行きましょう」

僕は必死で平静を装って杏さんの腕を掴んだ。

「どうしてだ?人違いじゃないんだろう?」
「だからっ……!!」

苛立って思わず大きな声をあげると、矢野さんが慌てて駆け寄ってきて、杏さんを少し離れた場所に連れて行った。
美玖は隣にいた男に、少し先にあるカフェで待つように言った。
二人きりになり向かい合う形になると、美玖はじっと僕を見た。

「章悟……嘘ついてごめん。でももう、別れて欲しいの」

……やっぱりな。
なんでこんな場所で別れ話切り出されてんだよ、カッコ悪い。

「……一応さ、理由くらいは言って。納得いくようにさ」

大声で罵倒したいのを堪えて、できるだけ冷静なふりをした。

「章悟といると落ち着くけど……ドキドキした事とか一度もなかった。章悟とはトキメキも刺激もない。これ以上一緒にいても、それは変わらないと思う」

えっ?なんだそれ?
2年も付き合っておいてそれを言う?

「あっそう……。だったらもっと早くそう言えば良かったんじゃん」
「私だけが悪いって言いたいの?章悟は私が恋人に望むような事をひとつでもしてくれた?料理もデートも記念日もセックスも、何もかもがいつも地味だった。もっとドキドキする恋したいって思っちゃいけない?」

美玖は自分の事は棚に上げて開き直った。
僕との事をうやむやにして他の男とやってたくせに、なんでそんな事が言えるんだ?
なんかもうどうでもいいや。
好きだと思ってたのは僕だけだったって事か。

「ハイハイ、悪かったな、地味でつまらない男に2年も付き合わせて。これ以上話すのもバカらしいわ。今すぐ別れてやるよ」

僕を好きでない相手に、みっともなくすがったりなんかしない。
お望み通り今すぐ別れてやる。
ここまで言われて未練なんてあるわけがない。
ただほんの少し、美玖を本気で好きだった気持ちを押し込めた胸が痛む。
そう、それだけだ。



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