キミガ ウソヲ ツイタ

櫻井音衣

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君じゃなきゃダメなんだ 1

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付き合うことになったとき、同僚から冷やかされたり上司に目をつけられて異動になったりするのは困るから、俺たちが付き合っていることは会社では秘密にしようと葉月が言った。
俺としては葉月に悪い虫がつかないようにオープンにしたかったけれど、どちらかが異動になって離れてしまうのは避けたかったので、秘密にすることに同意した。
それは同じ部署で働けるというメリットもあったけれど、お互いにアプローチしてくる異性に無駄な嫉妬をしてケンカになってしまうという大きなデメリットもあった。

葉月は俺が思っていたよりずっとヤキモチ焼きで、美人で頭もいいのに恋愛に関しては自分に自信がなくて、俺がそのうち別の人を好きになるんじゃないかといつも不安がっていたように思う。
恋人が自分以外の人へ向ける優しさが単なる人としての優しさなのか、もしかしたら恋愛感情があるのではないかと疑う気持ちが以前の俺にはさっぱりわからず、ただ疑われることがつらかったけれど、葉月に出会って初めて本気で人を好きになって、過去に付き合ってきた女の子たちが不安になっていた理由がわかった気がした。

付き合い始めた頃は二人でいることに慣れるのに必死だった分だけ余計なことを考えずに済んだけれど、半年も経って恋人らしくなってくると、お互いが相手を好きであることは間違いないのに、ほんの些細なことで小さないさかいをくりかえすようになった。
誤解や気持ちのすれ違いから生まれた溝を修復してはどれほど相手を想っているかを再認識して、誰にも渡したくないという気持ちが強くなる一方で、俺はいつもどうすれば穏やかな気持ちで葉月と想い合えるのかを悩んでいた。
きっとそれは葉月も同じだったんだと思う。
だけど葉月は恥ずかしさが邪魔をして素直になれないのか、俺を好きだという気持ちをハッキリと言葉にしてはくれなかったから、俺は葉月を本気で好きな分だけいつも不安だった。


付き合い始めて1年半と少しが経った入社4年目の秋の終わり、俺も葉月もそんな日々に少しずつ疲れ始めた頃、俺に支社への異動の辞令が出された。
辞令を拒否することはできないけれど、葉月を離したくない。
だけどこんな状態で遠距離恋愛ができるとは思えないから、俺の中では結婚するのが一番なのではないかという結論に至った。
結婚すれば周りに隠す必要もないし、ずっと一緒にいられるのだから浮気を疑うこともなくなるだろう。
『ずっと一緒にいたいから、結婚してついてきて欲しい』
そう言ってプロポーズすれば、きっと葉月も喜んでOKしてくれるはずだ。 
そう思っていたのに、葉月は結婚して俺について来ることを望まなかった。

それから数か月後、俺と葉月の形ばかりの短い遠距離恋愛は、俺が連絡の取れない状況にいる間に葉月に新しい男ができたことで幕を閉じることになる。
あとになってから、それは葉月の幼馴染みが仕掛けた嘘だったと知るのだが、そのときはショックのあまり事実を確かめることもしなかった。
そのあとはまた学生時代のような適当で短い付き合いをくりかえし、誰のことも葉月のように本気で好きにはなれないまま月日は過ぎた。

そして入社7年目の夏が終わった頃、なんの因果か、また古巣である本社営業部二課への異動の辞令が出た。
葉月と別れる前まで『元の部署に戻りたい』としつこく出し続けていた転属願いが、そのときになってようやく聞き入れられたのだ。
葉月との関係が終わってしまって3年近くも経ってから、元の部署に戻れと言われても遅すぎる。
だけど俺の個人的なこと、ましてや恋愛事情なんて会社には関係ないので拒否するわけにもいかず、俺は重い気持ちを引きずって再び本社営業部に戻ることになった。

もうあのときの男と結婚しているかもとか、会社を辞めているかもとか、いろんなことを考えながら古巣に戻ると、潤くんは二課の課長に昇進していて、入社4年目になった玲司が商品管理部から二課に異動していた。
俺が支社に異動する少し前に商品管理部に異動した佐野は主任として頑張っていた。
そして葉月はあのときと同じように二課の営業事務員として仕事を続けていて、もう誰かと結婚しているかもと心配していたけど、葉月が独身だったことにホッとした。
もしかしたらもう一度やり直せるかも……。
いや、今でも葉月が好きだと伝えて、もう一度やり直したい。
そう考えて何度か話しかけようとしたけれど、葉月は俺とは目も合わせようとせず、仕事に必要なこと以外はまったく話そうとしなかった。
葉月は俺の担当事務員ではないので、面と向かって話す機会もほとんどなく、俺を拒絶するような態度を取る葉月に対して、以前のように気軽に声を掛けることもためらわれた。

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