13 / 18
君じゃなきゃダメなんだ 1
しおりを挟む
付き合うことになったとき、同僚から冷やかされたり上司に目をつけられて異動になったりするのは困るから、俺たちが付き合っていることは会社では秘密にしようと葉月が言った。
俺としては葉月に悪い虫がつかないようにオープンにしたかったけれど、どちらかが異動になって離れてしまうのは避けたかったので、秘密にすることに同意した。
それは同じ部署で働けるというメリットもあったけれど、お互いにアプローチしてくる異性に無駄な嫉妬をしてケンカになってしまうという大きなデメリットもあった。
葉月は俺が思っていたよりずっとヤキモチ焼きで、美人で頭もいいのに恋愛に関しては自分に自信がなくて、俺がそのうち別の人を好きになるんじゃないかといつも不安がっていたように思う。
恋人が自分以外の人へ向ける優しさが単なる人としての優しさなのか、もしかしたら恋愛感情があるのではないかと疑う気持ちが以前の俺にはさっぱりわからず、ただ疑われることがつらかったけれど、葉月に出会って初めて本気で人を好きになって、過去に付き合ってきた女の子たちが不安になっていた理由がわかった気がした。
付き合い始めた頃は二人でいることに慣れるのに必死だった分だけ余計なことを考えずに済んだけれど、半年も経って恋人らしくなってくると、お互いが相手を好きであることは間違いないのに、ほんの些細なことで小さないさかいをくりかえすようになった。
誤解や気持ちのすれ違いから生まれた溝を修復してはどれほど相手を想っているかを再認識して、誰にも渡したくないという気持ちが強くなる一方で、俺はいつもどうすれば穏やかな気持ちで葉月と想い合えるのかを悩んでいた。
きっとそれは葉月も同じだったんだと思う。
だけど葉月は恥ずかしさが邪魔をして素直になれないのか、俺を好きだという気持ちをハッキリと言葉にしてはくれなかったから、俺は葉月を本気で好きな分だけいつも不安だった。
付き合い始めて1年半と少しが経った入社4年目の秋の終わり、俺も葉月もそんな日々に少しずつ疲れ始めた頃、俺に支社への異動の辞令が出された。
辞令を拒否することはできないけれど、葉月を離したくない。
だけどこんな状態で遠距離恋愛ができるとは思えないから、俺の中では結婚するのが一番なのではないかという結論に至った。
結婚すれば周りに隠す必要もないし、ずっと一緒にいられるのだから浮気を疑うこともなくなるだろう。
『ずっと一緒にいたいから、結婚してついてきて欲しい』
そう言ってプロポーズすれば、きっと葉月も喜んでOKしてくれるはずだ。
そう思っていたのに、葉月は結婚して俺について来ることを望まなかった。
それから数か月後、俺と葉月の形ばかりの短い遠距離恋愛は、俺が連絡の取れない状況にいる間に葉月に新しい男ができたことで幕を閉じることになる。
あとになってから、それは葉月の幼馴染みが仕掛けた嘘だったと知るのだが、そのときはショックのあまり事実を確かめることもしなかった。
そのあとはまた学生時代のような適当で短い付き合いをくりかえし、誰のことも葉月のように本気で好きにはなれないまま月日は過ぎた。
そして入社7年目の夏が終わった頃、なんの因果か、また古巣である本社営業部二課への異動の辞令が出た。
葉月と別れる前まで『元の部署に戻りたい』としつこく出し続けていた転属願いが、そのときになってようやく聞き入れられたのだ。
葉月との関係が終わってしまって3年近くも経ってから、元の部署に戻れと言われても遅すぎる。
だけど俺の個人的なこと、ましてや恋愛事情なんて会社には関係ないので拒否するわけにもいかず、俺は重い気持ちを引きずって再び本社営業部に戻ることになった。
もうあのときの男と結婚しているかもとか、会社を辞めているかもとか、いろんなことを考えながら古巣に戻ると、潤くんは二課の課長に昇進していて、入社4年目になった玲司が商品管理部から二課に異動していた。
俺が支社に異動する少し前に商品管理部に異動した佐野は主任として頑張っていた。
そして葉月はあのときと同じように二課の営業事務員として仕事を続けていて、もう誰かと結婚しているかもと心配していたけど、葉月が独身だったことにホッとした。
もしかしたらもう一度やり直せるかも……。
いや、今でも葉月が好きだと伝えて、もう一度やり直したい。
そう考えて何度か話しかけようとしたけれど、葉月は俺とは目も合わせようとせず、仕事に必要なこと以外はまったく話そうとしなかった。
葉月は俺の担当事務員ではないので、面と向かって話す機会もほとんどなく、俺を拒絶するような態度を取る葉月に対して、以前のように気軽に声を掛けることもためらわれた。
俺としては葉月に悪い虫がつかないようにオープンにしたかったけれど、どちらかが異動になって離れてしまうのは避けたかったので、秘密にすることに同意した。
それは同じ部署で働けるというメリットもあったけれど、お互いにアプローチしてくる異性に無駄な嫉妬をしてケンカになってしまうという大きなデメリットもあった。
葉月は俺が思っていたよりずっとヤキモチ焼きで、美人で頭もいいのに恋愛に関しては自分に自信がなくて、俺がそのうち別の人を好きになるんじゃないかといつも不安がっていたように思う。
恋人が自分以外の人へ向ける優しさが単なる人としての優しさなのか、もしかしたら恋愛感情があるのではないかと疑う気持ちが以前の俺にはさっぱりわからず、ただ疑われることがつらかったけれど、葉月に出会って初めて本気で人を好きになって、過去に付き合ってきた女の子たちが不安になっていた理由がわかった気がした。
付き合い始めた頃は二人でいることに慣れるのに必死だった分だけ余計なことを考えずに済んだけれど、半年も経って恋人らしくなってくると、お互いが相手を好きであることは間違いないのに、ほんの些細なことで小さないさかいをくりかえすようになった。
誤解や気持ちのすれ違いから生まれた溝を修復してはどれほど相手を想っているかを再認識して、誰にも渡したくないという気持ちが強くなる一方で、俺はいつもどうすれば穏やかな気持ちで葉月と想い合えるのかを悩んでいた。
きっとそれは葉月も同じだったんだと思う。
だけど葉月は恥ずかしさが邪魔をして素直になれないのか、俺を好きだという気持ちをハッキリと言葉にしてはくれなかったから、俺は葉月を本気で好きな分だけいつも不安だった。
付き合い始めて1年半と少しが経った入社4年目の秋の終わり、俺も葉月もそんな日々に少しずつ疲れ始めた頃、俺に支社への異動の辞令が出された。
辞令を拒否することはできないけれど、葉月を離したくない。
だけどこんな状態で遠距離恋愛ができるとは思えないから、俺の中では結婚するのが一番なのではないかという結論に至った。
結婚すれば周りに隠す必要もないし、ずっと一緒にいられるのだから浮気を疑うこともなくなるだろう。
『ずっと一緒にいたいから、結婚してついてきて欲しい』
そう言ってプロポーズすれば、きっと葉月も喜んでOKしてくれるはずだ。
そう思っていたのに、葉月は結婚して俺について来ることを望まなかった。
それから数か月後、俺と葉月の形ばかりの短い遠距離恋愛は、俺が連絡の取れない状況にいる間に葉月に新しい男ができたことで幕を閉じることになる。
あとになってから、それは葉月の幼馴染みが仕掛けた嘘だったと知るのだが、そのときはショックのあまり事実を確かめることもしなかった。
そのあとはまた学生時代のような適当で短い付き合いをくりかえし、誰のことも葉月のように本気で好きにはなれないまま月日は過ぎた。
そして入社7年目の夏が終わった頃、なんの因果か、また古巣である本社営業部二課への異動の辞令が出た。
葉月と別れる前まで『元の部署に戻りたい』としつこく出し続けていた転属願いが、そのときになってようやく聞き入れられたのだ。
葉月との関係が終わってしまって3年近くも経ってから、元の部署に戻れと言われても遅すぎる。
だけど俺の個人的なこと、ましてや恋愛事情なんて会社には関係ないので拒否するわけにもいかず、俺は重い気持ちを引きずって再び本社営業部に戻ることになった。
もうあのときの男と結婚しているかもとか、会社を辞めているかもとか、いろんなことを考えながら古巣に戻ると、潤くんは二課の課長に昇進していて、入社4年目になった玲司が商品管理部から二課に異動していた。
俺が支社に異動する少し前に商品管理部に異動した佐野は主任として頑張っていた。
そして葉月はあのときと同じように二課の営業事務員として仕事を続けていて、もう誰かと結婚しているかもと心配していたけど、葉月が独身だったことにホッとした。
もしかしたらもう一度やり直せるかも……。
いや、今でも葉月が好きだと伝えて、もう一度やり直したい。
そう考えて何度か話しかけようとしたけれど、葉月は俺とは目も合わせようとせず、仕事に必要なこと以外はまったく話そうとしなかった。
葉月は俺の担当事務員ではないので、面と向かって話す機会もほとんどなく、俺を拒絶するような態度を取る葉月に対して、以前のように気軽に声を掛けることもためらわれた。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる