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飲み過ぎたつらい夜と二日酔いの甘い朝

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その日の定時になっても、支部長は出先から戻って来なかった。
不在の支部長に代わり、峰岸主管が夕礼を進行した。
職員に挨拶をして支部を出た愛美は、更衣室で着替えて駅に向かった。

 (マスターの店で待ってろって……。できるだけ早く仕事終わらせるとは言ってたけど、一体何時になるんだ?)

約束したものは仕方ないと、愛美はバーに足を運ぶ。
バーのドアを開けて店内に入ると、マスターが笑顔を向けた。

「いらっしゃい愛美ちゃん。今日も早いね」
「ここで待ってろって言われたから」
「誰に?」
「……支部長に」

カウンター席に座りながら歯切れの悪い返事をする愛美を見て、マスターがニヤリと笑う。

「ふーん?何飲む?」
「いつもの」
「じゃあ、一杯目はサービスしとくよ」

マスターはニコニコしながら水割りを作って、愛美の前に置いた。

「で?」
「で?って……何?」
「二人で会う約束したってことは、政弘と付き合ってみる事にしたんだ?」

唐突に緒川支部長の話を振られて、愛美は口に含んだ水割りを吹き出しそうになる。

「……成り行きで。でも私は支部長のことなんか全然好きじゃないし、すぐに別れると思う」
「ふーん?だけどアイツ、愛美ちゃんの希望通りのいい男だよ?」
「……そんなの知らない。いい男は希望したけど、支部長を希望したわけじゃないもん」
「愛美ちゃんは男を見る目がないからなぁ。愛美ちゃんの知らない政弘は、愛美ちゃんの思ってるようなイヤな男じゃないよ。少なくとも愛美ちゃんが今まで付き合ってきたようなろくでもない男とは違う」
「そうかも知れないけど……」

自分に男を見る目がないのは否定できないけれど、たとえ素顔が好みのタイプであっても、大嫌いな上司と付き合うことを素直に受け入れるのは難しい。
相手がどれだけ好意を示してくれていても、苛立って傷付けてしまうのは心苦しいと思う。
困った顔で水割りを飲む愛美に、マスターはレーズンの入った小皿を差し出しながら優しく笑い掛けた。

「私がレーズン嫌いなの知ってるくせに……」
「食わず嫌いは損だよ」

愛美は小皿の上のレーズンを冷たい目で見た。
見た目が苦手で一度も口に入れた事のないレーズンを指先でつまんでみるものの、どうしても食べる気にはなれず小皿に戻す。

「やっぱレーズンは無理……。支部長とはとりあえず付き合ってはみるけど……やっぱり仕事中の支部長は好きになれない」
「それはそれでいいんじゃない?仕事中の政弘は、本来の政弘の姿じゃないから。無理して好きになる必要はないと思うよ」

そう言ってマスターはガラスの器に盛ったブドウを愛美の前に置いた。

「どうぞ。ブドウは好きでしょ?」
「好きだけど……」

ブドウを一粒口に含むと、口いっぱいに瑞々しい甘さが広がる。

「うわ、すっごく甘い……。でも……付き合っても無理して好きになる必要ないって、なんかおかしくない?」
「そんな事ないよ。愛美ちゃんはホントの政弘だけ見てあげたらいいんじゃない?」
「……わけわかんない」

愛美は首をかしげながら、差し出された小皿を受け取ってブドウの皮を乗せた。
見た目と味は違っても、どちらも同じブドウだよ、とでも言いたいんだろうか?
元は同じでもそこまで違えば別物なんじゃないかと思いながら、愛美はため息をついて水割りを飲み干しグラスを差し出す。

「おかわり。あと、お腹空いたから何か作ってくれる?」
「はいはい」

マスターは水割りのおかわりを作って愛美の前に置くと、キッチンに向かって料理を作り始めた。
愛美はマスターが料理をしている音を聞きながら、水割りのグラスに口をつけて腕時計を見た。
店に着いてから、まだ20分ほどしか経っていない。
こんな調子で飲んで、支部長が来るまでもつだろうかと少しばかり不安になった。


あれからずいぶん時間が経った。
週末の夜を楽しむ客で賑わう店の中、愛美は一人でグラスを傾けている。
これが何杯目なのかも、もう覚えていない。
あと何杯水割りを飲めばいいんだろう?
本当に来るのかどうかも疑わしい。
もしかしたら支部長からの好きだと言う言葉に対して嫌いだと即答した仕返しに、待ちぼうけを食わされているんじゃないかなどと思い始めた。
頭を不安定に揺らしながら腕時計の文字盤に目を凝らすと、ぼやけた視界には10時半を指している時計の針が映った。
早めに仕事を終わらせると言ったのに、緒川支部長はまだ来ない。

 (何が約束だよ……。なんかもう、待ってるのバカらしくなってきた……。これ飲んだらサッサと帰ろう……)

『めちゃくちゃ大事にするから』

酔った頭の中で、不意に緒川支部長の言葉が蘇る。

 (嘘つけ……。自分から誘っといて何時間待たせれば気が済むんだ、バカ……)

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