オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

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別人なのか?

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歳上の職員の事は『〇〇さん』と呼んでいるし、会社の直属の後輩の自分が呼び捨てにされるのも不思議ではない。
見てくれの良さは本人の生まれ持った物だろうし、チヤホヤしているのはオバサマたちであって、別に支部長自ら甘えている訳でも、それを仕事に利用している訳でもない。

 (じゃあ何……?私が嫌いなのは、あのデカイ声か?それとも生理的にあの見てくれが無理なのか?)

だけど、ゆうべの緒川支部長の話し方や雰囲気はとても穏やかだったし、むしろどこか幼くも気弱そうにも感じた。
たしかにあの格好や話し方では、お客さんにも部下にも頼りなく見られるような気がする。
そして耳元で囁くように話す優しく甘い声が、耳の奥に蘇る。

『もっとホントの俺の事を知ってよ。俺ももっと菅谷の事知りたい。菅谷が、好きだから』

『俺の彼女になって。これでもかってくらい、めちゃくちゃ大事にするから……』

あの声で甘い言葉を耳元で囁かれ、不覚にもドキドキして、思わずうなずいてしまった。

 (……あれは反則……。そんな支部長、私は知らない……)

倉庫で強引に抱きしめられて『付き合って』と言われた時とはまた違う。
あの時は執拗に耳を攻められて、無理やりキスまでされたけれど、イヤだと思いこそすれ、1ミリたりともドキドキなんてしなかった。

 (なんて言うか……会社にいる時と仕事の後は、やっぱり別人?もしかして二重人格?)

そんな人と少しの間でも付き合えるのだろうかとか、仕事の後の緒川支部長なら少しくらいは一緒にいてもいいかなとか、一人の人に対して相反する自分の考えに収集がつかなくなり、愛美は大きなため息をついた。

 (もうわけがわからん……。コーヒーでも飲んで頭冷やそう)


コーヒーを入れて席に戻ると、支部の電話が鳴った。
受話器を取ると、こちらが社名を名乗るより先に相手の声がした。

『もしもし』

緒川支部長の低い声が愛美の耳に響く。
普段直接耳にする声と、受話器越しに聞く声は違う気がした。

「支部長……お疲れ様です、菅谷です」
『もう高瀬戻ってる?』
「いえ、まだです」
峰岸ミネギシ主管しゅかんは?』
「新人さんの職域訪問に付き添われて、まだ戻られてません」
『そうか……。高瀬が戻ったら俺に電話するように言って。あと、峰岸主管には3時からの営業部の会議に遅れないように言っといて』
「わかりました」

愛美は緒川支部長からの業務連絡を電話連絡票にメモした。

『あと……菅谷』
「はい、なんでしょう」
『今日の夜、できるだけ早く仕事終わらせるから、先輩の店で待ってて』
「わかりました……って……えっ?!」

さきほどの流れで業務連絡が続いているのだと思っていた愛美は、これが個人的な用である事に気付いた途端に焦ってしまい、手にしていたペンを思わず強く握りしめた。
電話連絡票に下ろしたペン先からインクがにじみ出し、黒いシミを広げていく。

「何か予定ある?それとも迷惑?」
「いえ……そういうわけでは……」
「じゃあ約束な。菅谷……」
「はい?」
「……好きだよ」

緒川支部長は突然あの甘い声でそう言って電話を切った。
愛美の耳に緒川支部長の甘い声の余韻が残る。

 (な、な、なんだ今の……?!)

慌てて受話器を置き、愛美は熱くなった頬を両手で覆った。
心臓がうるさいくらいにドキドキと音を立てる。

 (急にこんなの心臓に悪い……!!支部長のくせに、こんなことに支部の電話を使うなんて!!仕事中の私用電話禁止!!)



しばらく経って、支部に戻った高瀬FPが机の上の電話連絡票に目を留めた。

「あれ?支部長から、僕に電話あったんですか?」
「はい」
「わざわざ支部の電話に?」
「え?」

愛美は高瀬FPの言葉に首をかしげた。
支部の電話に業務連絡があったことの何が不思議なんだろう?

「用があるなら僕の携帯に直接電話すればいいのに……」

高瀬FPはニヤリと笑って愛美を見た。

「割とあからさまですよね、支部長って」
「えっ?それって……」

愛美の小さな問い掛けには答えず、高瀬FPは笑いを堪えながら自分の席に戻って、ポケットから取り出した携帯電話で支部長に電話を掛けた。

 (たしかに高瀬FPの言う通りだ。支部の職員に用があるなら、その人の携帯に直接電話すれば済むのに……って事は……!)

愛美は支部長が出先から支部に電話してきた目的がやっとわかり、赤くなった頬を隠すようにうつむいて拳を握りしめた。

 (仕事中に何考えてんだ、あの男は……!!それにドキドキする私もどうかしてるだろ……!!)



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