オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
1 / 45
大嫌いな男

しおりを挟む
いつも通りの昼下がり。
ある生命保険会社のオフィスでは、ほとんどの職員が出払って閑散としている。

「ただいま帰りましたー」

出先から戻った営業職員の初老の女性が、内勤の若い女性に書類を手渡した。

「菅谷さん、お願いします」
「お帰りなさい、お疲れ様です」

内勤の若い女性は、ニコニコ笑って書類を受け取った。
菅谷  愛美スガヤ マナミ、26歳。
大学を卒業してからこの会社に入社して今年で5年目、この支部に配属になって3か月ほどになる。
愛美は書類に目を通し、不備がない事を確かめた。

朝野アサノさん、これで大丈夫です。担当者入力が済んだら、またこちらに回して下さいね」
 (しかしきったねぇ字だな……。これは猿にでも書かせたのか?)

愛美は心の中で毒を吐きながら、にこやかに笑みを浮かべた。
まさかこの笑顔の下で口汚く毒づいているとは誰も思わないだろう。
書類を受け取った営業職員の朝野さんは、愛美の顔を見て申し訳なさそうな顔をした。

「申し訳ないんだけど……菅谷さん、入力の仕方を教えてもらえない?たまにしかしない手続きだと、どうしても覚えられなくて……」
「この間またパソコンの仕様が変わったところですからね、仕方ないですよ。わかりました、一緒にやってみましょう」
 (いい加減覚えろっての)

愛美は優しく微笑みながら席を立って、朝野さんの席に向かった。
個人パソコンへの入力の仕方を優しく教え終わると、愛美はまた書類を持って内勤の席に着いた。

 (物覚え悪過ぎだろ……)

年寄りなのだから機械に弱くても仕方がないかと思いながら、内勤用パソコンに送信された契約データを確認したあと事務処理を始めた。
静かなオフィスに愛美がキーボードを打つ音が響く。
営業職員と違って、内勤事務員の契約後の事務処理はキーボードで多くのデータを入力する必要がある。
あっという間に入力作業を終えた愛美は、プリントアウトした書類を入力済み書類の引き出しに収めると、席を立ってコーヒーを入れた。

勤め先が生命保険会社と言う事もあり、職員の大多数を占めるオバサマたちからは無難な方が嫌われない。
気の強い内勤職員の多い中、愛美は明るい笑顔を振り撒き、何事もそつなくこなしているので『仕事の出来る優しい内勤さん』と、社内での評判が良い。
ただし、愛美が心の中ではいつも口汚く毒づいていることは誰も知らない。


「ただいまー」

愛美がコーヒーを飲みながら書類に目を通していると、背の高い男がネクタイをゆるめながら支部に戻ってきた。

 (ネクタイゆるめながら『ただいまー』って、ここはおまえん家かよ!!)

愛美が心の中で突っ込みを入れていると、朝野さんがその男に笑顔を向けた。

「支部長、お帰りなさい。お疲れ様です」

支部長と呼ばれたその男は、自分の席には向かわず愛美のそばに近付いて来る。

「ただいま」
「お帰りなさい。お疲れ様です」
 (帰って来なくていいのに)
「明日、新人の支部長面接があるから、準備よろしく」
「わかりました」
 (言われなくてもわかってるっつーの)
「俺の留守中に部長から連絡なかった?」
「ありません」
 (同じ営業所内にいるんだから、自分で部長の所に行けばいいのに)
「おかしいなぁ……」

首をかしげながら自分の席に戻る支部長に、愛美は心の中で舌を出す。

 (近寄んな!!この俺様男が!!)

この支部の支部長を務めるのは、緒川 政弘オガワ  マサヒロ32歳。
社内でも評判のイケメンで、異例の若さで出世したエリートだ。
おまけに独身で、たくさんの女性職員の憧れの的なのだが、愛美はこの胡散臭い男が大嫌いだった。
多くの女性職員がその俺様ぶりにときめくと言うが、愛美は『俺様』と呼ばれるタイプの男が大嫌いなのだ。

 (ちょっと仕事が出来るからって、偉そうにすんなよ。なんで毎日毎日、あんな男の顔見なきゃなんないんだ。早く転勤になればいいのに)


ようやく定時になり、愛美はいつものようにデスクの上をきちんと片付けて席を立った。

(よし、今日はマスターの店に寄って飲んで帰ろう)

職場では清楚で優しい内勤さんを装っている愛美だが、仕事の後は週に2度ほど一人で行きつけのバーに寄る。
そこでマスターと他愛ない話をしながら、のんびりとお酒を飲むのが愛美の密かな楽しみだ。
職場での飲み会などはあまり好きではなく、誘われても理由を付けて断り、滅多に顔を出さない。

「それではお先に失礼します」

愛美がニッコリと笑って軽く頭を下げると、営業職のオバサマたちが「お疲れ様」と笑顔で声を掛けた。
歳の離れたオバサマたちは、まだ若くてかわいい愛美をかわいがってくれる。
若い女性営業職員は珍しい上に、独身の女性営業職員は滅多にいない。
たまに若い独身の女性営業職員が入社しても続かない人が多いので、営業職ではないが支部の中で愛美は貴重な若い女性だ。

愛美が支部を出ようとした時、出先から若い男性職員が戻ってきた。

「あっ、菅谷さん、お疲れ様です」
高瀬FPたかせエフピー、お帰りなさい。お疲れ様です」

高瀬FPと呼ばれたその男は、腕時計を見てため息をついた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

OLの花道

さぶれ@6作コミカライズ配信・原作家
恋愛
久遠時 和歌子(くおんじわかこ)。二十五歳、独身。花(?)のOL。 現在、憧れ上司に片想い中。 それがまた問題で・・・・片想いの相手は、奥様のいらっしゃる上司だったり。 決して実る事の無い恋に悩む和歌子に、ある日転機が訪れる。 片想い中の上司・三輪 庄司(みわしょうじ)に、食事を誘われたのだ。 ――相談があるんだ。 一体何の相談!? 罪悪感もさながら、心ウキウキさせて行くと・・・・? とんでもない事を頼まれて とんでもない事を引き受けてしまう、和歌子。 さらに年下イケメン部下に好かれてしまって・・・・? 愉快なOLライフストーリー。 仕事も恋も、和歌子、頑張ります!! ◆スペシャルゲスト◆ 櫻井グループ御曹司・櫻井王雅 主人公が活躍の小説『コロッケスマイル』はコチラ https://www.alphapolis.co.jp/novel/465565553/343261959 ◆イラスト◆ お馴染み・紗蔵蒼様 当作品が、別サイト開催の『光文社キャラクター大賞』で 優秀作品に選ばれました!

最後の男

深冬 芽以
恋愛
 バツイチで二児の母、アラフォーでパートタイマー。  恋の仕方なんて、とうに忘れた……はずだった。  元夫との結婚生活がトラウマで、男なんてこりごりだと思っていた彩《あや》は、二歳年下の上司・智也《ともや》からある提案をされる。 「別れた夫が最後の男でいいのか__?」  智也の一言に気持ちが揺れ、提案を受け入れてしまう。  智也との関係を楽しみ始めた頃、彩は五歳年下の上司・隼《はやと》から告白される。  智也とは違い、子供っぽさを隠さずに甘えてくる隼に、彩は母性本能をくすぐられる。  子供がいれば幸せだと思っていた。  子供の幸せが自分の幸せだと思っていた。  けれど、二人の年下上司に愛されて、自分が『女』であることを思いだしてしまった。  愛されたい。愛したい。もう一度……。  バツイチで、母親で、四十歳間近の私でも、もう一度『恋』してもいいですか__?

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...