パドックで会いましょう

櫻井音衣

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最後の願い

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集合写真の隣のページには、先生を囲んで楽しそうに笑う、ヤンチャそうな生徒たちの姿。
生徒たちから愛されていた事が窺えた。

「あの子はな……小さい頃からつらい思いをしてたのに、それを他のもんには見せんようにして生きてきたんや。小5の時にお母さんが亡くなってからは、血の繋がらん父親に散々殴られて、ひどい仕打ちを受けて……経済的に貧しくて、欲しいもんも欲しいって言えん子供時代を過ごしてな……。それを見て見ぬふりした周りの大人のせいで大人を信用できんようになって、黙ってひとりで耐えとったんや」

おじさんの話は、先輩から聞いた話と同じではあったけど、決定的に違う箇所があった。
それは、ねえさんと先生との間にあった、二人だけしか知らない出来事だ。

ねえさんは最初のうちこそ先生を『周りの大人と同じだ』と拒絶していたけれど、先生の熱意が心を動かし、信頼できる唯一の大人と認めて素直に話を聞くようになったそうだ。
その信頼がいつしか恋になり、惹かれ合い想いを寄せ合うようになった二人は、いつか一緒になろうと誓い合った。
だけど中学の卒業式から半月ほど経った頃、おじさんの部屋を泣きながら訪れたねえさんが、父親の借金を返すために別の仕事をすることになったから、もう別れようと言ったそうだ。
なんの仕事をするのか、ねえさんから必死で聞き出したおじさんは、ねえさんを守るために、教師と言う仕事も身内も何もかも捨てる覚悟で、ねえさんを連れて逃げることにした。

「俺らを知ってるもんがおらん遠くに逃げて、しばらくの間は幸せに暮らせたんや。二人でおるのが当たり前みたいに……夫婦みたいに過ごしたわ。ホンマに楽しかった……。贅沢なんかさせてやれんかったけど、あの子の16の誕生日は小さいケーキ買って一緒に祝ってな。俺はあの子が笑ってくれるだけで幸せやった……」

おじさんは窓の外の景色よりも、どこか遠くを眺めて、小さく微笑んだ。
きっと、二人きりで過ごした穏やかで幸せな日々を思い出していたんだろう。

「でもな……逃げ出したりして、そんな日が長く続くわけがなかった。どうやって調べたんかはわからんけど、居場所を突き止められてな……。俺はあの子を連れて、また逃げたんや」

ねえさんを連れて逃げる途中、二人は正面から猛スピードで突っ込んできた車に跳ねられた。
薄れていく意識の中で、必死でねえさんの手を握ったと、おじさんは言った。
目が覚めるとそこは病院のベッドの上で、ねえさんの姿はなかったそうだ。

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