パドックで会いましょう

櫻井音衣

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これが恋でも、恋じゃなくても

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夏が近付くと競馬場はまた賑やかになった。
レース開催期間がやって来たからだ。
僕はその頃にはもう、ねえさんへのこの気持ちは恋なんだと、ハッキリ自覚していた。
日曜日の朝、パドックにはねえさんがいる。
声を掛けて一緒に馬を見ているとおじさんがやって来て、『おねーちゃん、どの馬がええ?』と予想をし始める。
昼はアイスコーヒーを飲みながらカツカレーを食べて、たまに僕が馬券を当てると、ねえさんにアイスクリームを奢ったりもした。
なんの進展もないけれど、ただねえさんと会えるだけで嬉しくて、一緒にいられるだけで幸せな気持ちになった。

「アンチャン、けっこう筋肉ついたなあ」

ずいぶん筋肉質になった、半袖のシャツから覗く僕の腕を、ねえさんは笑いながら指先でつつく。

この腕で、ねえさんを抱きしめられたらな。
そんなことをする勇気なんてもちろんないけれど、一人暮らしの部屋でベッドに入ると、ねえさんの笑顔と、指先の柔らかい感触を思い出し、脳内でねえさんを抱いては一人で果てると言う、不毛な夜をくりかえした。
ねえさんへの想いは、初めて会った頃のような憧れとか、淡い想いではなくなっていた。
いつの間にか僕は、ねえさんのすべてが欲しいと思うほど、どうしようもなくねえさんに恋い焦がれている。
ねえさんのことを知りたい。
どこに住んで何の仕事をしているのか。
歳も、名前さえも知らない。
もし僕が好きだと言ったら、ねえさんはどんな顔をするだろう?


宝塚記念の翌週の日曜日。
朝から最終レースが終わるまで待ってみたけれど、ねえさんは姿を現さなかった。
珍しいこともあるものだ。
何か大事な用でもあったのかな。
体の具合が悪いんじゃなければいいんだけど。
もちろん連絡先も知らないから、今日はどうしているのか、知るすべもない。
かろうじて会えたおじさんは、暑そうにバタバタと扇子で仰ぎながら、首に掛けたタオルで汗を拭った。
なんだかおじさんの顔色が良くない気がする。
もう若くはないし、この暑さで少し体がバテているんだろうか。

「しかしあっついのう……。アンチャン、帰りに一杯付き合えや。奢ったるから」
「いいですよ」

ねえさんのことも知らないけれど、おじさんのことも、もちろん何も知らない。
今日はねえさんもいないことだし、いい機会だから今まで聞きにくかったことを少しだけ聞いてみようかな。


いつもの居酒屋でおじさんと一緒に、よく冷えたビールを飲んだ。
相変わらず女将さんの作ったモツ煮込みは美味しい。
これを食べると、暑さと仕事で疲れの溜まった体も、少しは元気になれそうな気がする。

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