パドックで会いましょう

櫻井音衣

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これが恋でも、恋じゃなくても

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「……僕、ねえさんが惚れるくらいの男前になりたいです」
「よし、頑張れ!」

ねえさんは笑って僕の背中をバシンと叩いた。

「アンチャンもっと食え、ほっそい体して。しっかり食わんと強い男になられへんぞ!」

おじさんは追加したモツ煮込みを僕に差し出した。

「ありがとうございます、遠慮なくいただきます!」

モツ煮込みを食べながらビールを飲んだ。
モツ煮込みも、ビールも、やっぱり美味しい。
自分で自分を卑下して惨めにするのは、もうやめよう。
今はまだ子供扱いされている僕だけど、ねえさんがキスしたくなるようないい男に、いつかはなりたい。
そんな夢くらいは、見てもいいかな。


その翌日から僕は、ただひたすら頑張って仕事に励んだ。
いい男を目指すなら、やっぱり仕事はできなくちゃ。
まだ新入社員だから、教えられた仕事を必死で覚える日々だ。
幸い営業とか取引先の人と会う仕事ではないから、人より効率良く仕事をこなすのに、容姿は関係ない。
背が低かろうが、童顔だろうがやればできる。

仕事はほとんど毎日定時で終わるので、何か新しいことでも始めてみようかと思い、どうせなら体を鍛えようと、会社のそばのスポーツジムに入会した。
ジムに通い始めて最初のうちは筋肉痛でつらかったけれど、少しずつ慣れてくると気にならなくなった。

土曜日は仕事が休みなので、平日にはなかなかできないことをする。
まとめて洗濯をしたり、買い物に行ったり、家でゆっくり体を休めたりする。
そして日曜日は競馬場に足を運んだ。
相変わらず予想はなかなか当たらないし、馬券もお遊びの範囲でしか買わないけど、そこに行くとねえさんとおじさんに会えた。
開催日でなくても、ねえさんとおじさんは競馬場に来ているみたいだ。
ターフビジョンで競馬観戦をして、昼は大抵、カツサンドかカツカレー。
誰かがそこそこの当たりを出すと、帰りにいつもの居酒屋でビールを飲んだ。
何度会っても、話すのは競馬と野球と、身近に起こった他愛ないことばかり。
自分のことを話さないのは相変わらずだ。


そんな日々を送っているうちに、初夏。
暑くなってきたので、僕は少し短めに髪を切った。
なんとなく、ほんの少しだけど大人っぽくなった気がした。
ねえさんは、髪を短く切った僕を見て、よく似合うと誉めてくれた。
少しくらいは、ねえさんが惚れるくらいの男前に近付けたかな。

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