社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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社内恋愛終了のお知らせ

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食事を終えてしばらく経ち、話が一段落したのでテーブルを片付けかけたとき、瀧内くんが使い終わったお皿を重ねながら何かを思い出したように「あっ」と声をあげた。

「そうそう……。ついでに報告しておきますけど、僕、今月いっぱいで退職します」
「え?」

みんなは聞き間違いかと耳を疑って手を止める。
それ、ついでに報告するようなこと?
ただの社員ならともかく、会長の孫なのに?

「それから……名字が小野に変わりました」
「ええっ?!」
「それってもしかして……」
「はい、里美さんとの入籍は昨日ですが、先週金曜日の昼間に役所で養子縁組の手続きをしました。里美さんが一人娘なので僕が養子に入ったんです」

瀧内くんがまさかの婿養子……?!
これには潤さんも相当慌てているようだ。

「いや、玲司も一人息子だろ?」
「そうですけど、母が再婚して戸籍には僕一人でしたし、母の実家の会社は母の兄が社長をしていて、その息子が後を継ぐので大丈夫です。父はうちの会社の子会社の社長ですが、愛人の子がたくさんいるはずですし、母と離婚した時点で僕にとっては他人ですから、そちらの会社も継ぐ義務はありません」

初めて聞いたけど、瀧内くんの実の父親はうちの会社の子会社の社長なのか。
たしか会長の6人の子どもの中で、瀧内くんの父親が唯一の男子だと聞いたけど、長男なのになぜ母親の会社を継がなかったんだろう?

「来年から里美さんのお父さんの会社に入社して、勉強のためにしばらくいろんな部署で勤めたあと、ゆくゆくは僕が社長になるそうです」
「えーっ?!」
「そっち継ぐのかよ!!」
「ちょっと待てよ、だったらうちの会社は誰が継ぐんだ?」

たしかうちの会社の社長は会長の弟の息子で、結婚後子どもには恵まれなかったので、後継者をどうするかでかなり悩んでいるらしいと、社内情報に詳しい有田課長からずっと前に聞いたことがある。

「僕はおばあちゃんっ子なので継いで欲しいとは言われてましたけど、そうすると里美さんとは一緒になるのが難しいと思ったので、もうずっと前に断りました」
「ずっと前にって……」
「サークルで里美さんと再会してすぐです」

と言うことは、瀧内くんは入社してすぐの頃のまだ付き合ってもいないうちから、里美さんとの結婚を見据えて会社の後を継ぐことを断っていたわけか。
いとこだけあってなんとなくだけど、まだ告白もしていないのに私を婚約者だと公言した潤さんと、思考回路と言うか行動パターンが似ている気がする。
とにかく潤さんも私も、おそらく伊藤くんと葉月も、うちの会社はいずれ瀧内くんが継ぐのだろうと勝手に思い込んでいたので、瀧内くんの退職宣言と婿入りにはかなり……いや、ものすごく驚いた。
やはり瀧内くん……いや……玲司くんと言う人は、どこまでも予測不可能だ。

「俺もついでに報告しとこうかな……」

玲司くんに便乗するつもりなのか、潤さんが小さく手を挙げる。

「何?もしかして佐野が妊娠してるとか?」

伊藤くんが冷やかすと、潤さんは少し呆れた顔をして首を横に振った。

「さすがにそれはまだないな。まだ会社には話してないけど、俺も今年度いっぱいで退職して、来年度から親父の会社に行くことになった」

伊藤くんは潤さんの言葉を聞いて目を見開き、片付けようと集めていた箸の束を手に勢いよく立ち上がった。

「えっ?!潤くんまで会社辞めたら、うちの会社マジでどうなるんだよ?!」

玲司くんに続いて潤さんまでもが退職宣言をしたので、会社が傾き倒産して路頭に迷うことを危惧したのか、伊藤くんは慌てふためきパニック寸前だ。
もしかして、自分も後継者候補のうちのひとりだと言うことを完全に忘れているのでは……?

「いやだなぁ、志岐くんがいるじゃないですか。実家の病院は義弟さんが継ぐんでしょ?」

玲司くんはニコニコ笑いながら、さも当たり前のことのようにそう言った。

「おばあちゃんには志岐くんの仕事ぶりを懇々と話して、志岐くんを推しておきました。おばあちゃんもかなり期待してますので、後継者として会社の未来を担って頑張ってください」
「こ……後継者……?俺が……?」

伊藤くんは顔面蒼白で、手に持っていた箸をバラバラと床に落とし、呆然と立ち尽くしている。
あんな大きな会社を背負って立てと突然言われたら、驚き戸惑いうろたえるのも無理はない。
高みの見物を決め込んでいた対岸の火事の火の粉が、予期せぬ強風で我が身に降りかかってきたような、そんな感じだろうか。

「志岐、大丈夫?ちょっと落ち着きぃ」

葉月は心配そうな顔をして、今にも膝から崩れ落ちそうな伊藤くんの体を支えた。

「そんなん今すぐどうこうなるわけちゃうし、もしホンマに志岐が会社継ぐことになったら私が支えるから安心しぃ。何があっても私だけは志岐の味方やで」

普段は人前では伊藤くんに対して厳しい恥ずかしがりやの葉月が、みんなの前でこんな風に伊藤くんを労っているということは、葉月は恥ずかしがる余裕もないくらいに伊藤くんを心配しているのだろう。

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