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社内恋愛終了のお知らせ
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「ねぇ潤さん、ゆうこさんっていつもあんな感じ?うちの実家でお茶菓子食べてたときとは別人みたいなんだけど……」
「仕事中は常にあんな感じみたいだな。普段はもっとのんびり話すし、ホワーッとして掴み所がないって言うか……ちょうど志織の実家でお茶菓子食べてたときが普段のゆうこさんって感じかな」
「仕事中と普段では両極端なんだ。ホントに不思議な人だね」
「うん。ちょっと変わってるけど、優しい人だよ。玲司の実の母親で、親父の秘書で奥さんで、俺の義理の母親で、これからは志織にとっても義理の母親になるんだって思うと、また不思議だよな」
潤さんはそう言いながら重箱の蓋を開ける。
上の段には卵焼き、野菜の肉巻き、焼き鮭、肉じゃが、カボチャのサラダが彩りよく詰められている。
そして下の段には、中の具がわかるように握られた、たくさんのおにぎりが並んでいた。
意外なことに家庭的な料理ばかりで、少しホッとする。
じつはこれまで聞いたゆうこさんのハイスペックぶりから、もしかして三ツ星レストランで出てくるような名前も食べ方もわからない料理とか、口にしたこともないような高級食材ばかりだったらどうしようかと身構えていたのだ。
「美味しそう……。ゆうこさんって料理も得意なの?」
「ヘタではないけど、決して得意ではなさそうだな」
ゆうこさんにも得意でないものがあるのだと聞いて、ゆうこさんも生身の人間なんだなと少し安心する反面、それなのに私たちのために作ってくれたことが嬉しかったり、朝早くからこんなにたくさん作るのは大変だったんじゃないかと申し訳なく思ったりする。
「ゆうこさん、料理を始めたのはうちの親父と付き合い始めて実家を出てからだって言ってたから。結婚前と離婚後に実家にいたときも、玲司の父親と結婚してるときも、専属の料理人がいたから食事の支度をする必要がなかったんだって」
ゆうこさんは25歳になる少し前に、政略結婚で瀧内くんの父親と一緒になり、結婚してすぐの頃から始まった夫の浮気に耐えて生活していたけれど、瀧内くんが大学を卒業して就職と同時に一人暮らしを始めたことを機に離婚したらしい。
「長年耐えてたのに、よく決断したね」
「玲司が勧めたんだよ。自分が一人立ちしたらもう我慢して夫婦でいる必要はないだろうって。まだ若いんだから、これからは自分の幸せを考えたらどうだって言ったんだってさ」
普段は母親のゆうこさんと干渉し合わず適度な距離を保っている瀧内くんにも、母親想いな一面があるようだ。
クールな表情のせいでわかりにくいけど、じつは瀧内くんって、自分にとって大事な人が困ったり悩んだりしていると放っておけない、少々お節介で優しい人なんじゃないだろうか。
「それでゆうこさんも潤さんのお父さんも幸せになれたんなら、瀧内くんが背中を押してくれて良かったね。潤さんにも優しいお母さんができたし」
「お母さんって言っても俺ももう大人だし、やっぱり叔母のイメージが強いから、母親って言うよりは『ゆうこ叔母さん』が『親父の再婚相手のゆうこさん』になったって感じなんだよなぁ……。でも俺も志織と結婚するし、安心して親父を任せられる人ができて良かったって思うよ」
そんなことを話していると、ゆうこさんが車に戻ってきて、ペットボトルの温かいお茶を袋から取り出し、私と潤さんに手渡した。
「あれ……ゆうこさんの分は?一緒に食べないんですか?」
お茶を受け取りながら潤さんが尋ねると、ゆうこさんはコクリとうなずいた。
「わたくしは運転しますので」
「えっ、食べないとゆうこさんもお腹が空くでしょう」
「いえ、お気遣いなく。わたくしにはこれがありますので大丈夫です」
そう言ってゆうこさんは、バッグの中から栄養補給用のゼリードリンクを取り出して見せた。
「もしかしてそれが昼食なんですか?」
潤さんは驚いた様子でゼリードリンクを指さした。
「はい、短時間で効率良く栄養補給ができる優れものです。わたくしはたくさん食べると眠くなってしまうので、仕事中や運転中はいつもこれなんです。では失礼して……」
ゆうこさんはゼリードリンクのキャップを開けて吸い口を口に含むと、ものの数秒で中身を一気に吸い込んだ。
は、速い……!
CMでは10秒と言っていたけど、ゆうこさんはその半分くらいの速さでチャージしてしまったんじゃないだろうか。
やはり人間離れしているとしか言い様がない。
潤さんも呆気にとられてポカンと口を開けている。
「では出発します。移動しながらのお食事になってしまいますが、お二人はゆっくり召し上がってくださいね」
「い……いただきます……」
私たちがそう言い終わらないうちに、ゆうこさんは車を発進させた。
本当に不可思議な人だけど、今日中に私たちを入籍させると言う任務を遂行するために、時間を惜しんでくれているのだと思う。
「じゃあ……せっかくだからいただこうか」
「うん」
私たちはゆうこさんの作ってくれたお弁当をありがたくいただくことにした。
ゆうこさんは料理は決して得意ではないと潤さんは言っていたけれど、どれも家庭的な優しい味がして美味しかった。
「仕事中は常にあんな感じみたいだな。普段はもっとのんびり話すし、ホワーッとして掴み所がないって言うか……ちょうど志織の実家でお茶菓子食べてたときが普段のゆうこさんって感じかな」
「仕事中と普段では両極端なんだ。ホントに不思議な人だね」
「うん。ちょっと変わってるけど、優しい人だよ。玲司の実の母親で、親父の秘書で奥さんで、俺の義理の母親で、これからは志織にとっても義理の母親になるんだって思うと、また不思議だよな」
潤さんはそう言いながら重箱の蓋を開ける。
上の段には卵焼き、野菜の肉巻き、焼き鮭、肉じゃが、カボチャのサラダが彩りよく詰められている。
そして下の段には、中の具がわかるように握られた、たくさんのおにぎりが並んでいた。
意外なことに家庭的な料理ばかりで、少しホッとする。
じつはこれまで聞いたゆうこさんのハイスペックぶりから、もしかして三ツ星レストランで出てくるような名前も食べ方もわからない料理とか、口にしたこともないような高級食材ばかりだったらどうしようかと身構えていたのだ。
「美味しそう……。ゆうこさんって料理も得意なの?」
「ヘタではないけど、決して得意ではなさそうだな」
ゆうこさんにも得意でないものがあるのだと聞いて、ゆうこさんも生身の人間なんだなと少し安心する反面、それなのに私たちのために作ってくれたことが嬉しかったり、朝早くからこんなにたくさん作るのは大変だったんじゃないかと申し訳なく思ったりする。
「ゆうこさん、料理を始めたのはうちの親父と付き合い始めて実家を出てからだって言ってたから。結婚前と離婚後に実家にいたときも、玲司の父親と結婚してるときも、専属の料理人がいたから食事の支度をする必要がなかったんだって」
ゆうこさんは25歳になる少し前に、政略結婚で瀧内くんの父親と一緒になり、結婚してすぐの頃から始まった夫の浮気に耐えて生活していたけれど、瀧内くんが大学を卒業して就職と同時に一人暮らしを始めたことを機に離婚したらしい。
「長年耐えてたのに、よく決断したね」
「玲司が勧めたんだよ。自分が一人立ちしたらもう我慢して夫婦でいる必要はないだろうって。まだ若いんだから、これからは自分の幸せを考えたらどうだって言ったんだってさ」
普段は母親のゆうこさんと干渉し合わず適度な距離を保っている瀧内くんにも、母親想いな一面があるようだ。
クールな表情のせいでわかりにくいけど、じつは瀧内くんって、自分にとって大事な人が困ったり悩んだりしていると放っておけない、少々お節介で優しい人なんじゃないだろうか。
「それでゆうこさんも潤さんのお父さんも幸せになれたんなら、瀧内くんが背中を押してくれて良かったね。潤さんにも優しいお母さんができたし」
「お母さんって言っても俺ももう大人だし、やっぱり叔母のイメージが強いから、母親って言うよりは『ゆうこ叔母さん』が『親父の再婚相手のゆうこさん』になったって感じなんだよなぁ……。でも俺も志織と結婚するし、安心して親父を任せられる人ができて良かったって思うよ」
そんなことを話していると、ゆうこさんが車に戻ってきて、ペットボトルの温かいお茶を袋から取り出し、私と潤さんに手渡した。
「あれ……ゆうこさんの分は?一緒に食べないんですか?」
お茶を受け取りながら潤さんが尋ねると、ゆうこさんはコクリとうなずいた。
「わたくしは運転しますので」
「えっ、食べないとゆうこさんもお腹が空くでしょう」
「いえ、お気遣いなく。わたくしにはこれがありますので大丈夫です」
そう言ってゆうこさんは、バッグの中から栄養補給用のゼリードリンクを取り出して見せた。
「もしかしてそれが昼食なんですか?」
潤さんは驚いた様子でゼリードリンクを指さした。
「はい、短時間で効率良く栄養補給ができる優れものです。わたくしはたくさん食べると眠くなってしまうので、仕事中や運転中はいつもこれなんです。では失礼して……」
ゆうこさんはゼリードリンクのキャップを開けて吸い口を口に含むと、ものの数秒で中身を一気に吸い込んだ。
は、速い……!
CMでは10秒と言っていたけど、ゆうこさんはその半分くらいの速さでチャージしてしまったんじゃないだろうか。
やはり人間離れしているとしか言い様がない。
潤さんも呆気にとられてポカンと口を開けている。
「では出発します。移動しながらのお食事になってしまいますが、お二人はゆっくり召し上がってくださいね」
「い……いただきます……」
私たちがそう言い終わらないうちに、ゆうこさんは車を発進させた。
本当に不可思議な人だけど、今日中に私たちを入籍させると言う任務を遂行するために、時間を惜しんでくれているのだと思う。
「じゃあ……せっかくだからいただこうか」
「うん」
私たちはゆうこさんの作ってくれたお弁当をありがたくいただくことにした。
ゆうこさんは料理は決して得意ではないと潤さんは言っていたけれど、どれも家庭的な優しい味がして美味しかった。
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