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社内恋愛終了のお知らせ
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翌朝は7時頃に起きて出かける準備をした。
葉月の作ってくれたシチューの残りとトーストで朝食を済ませ、判子や免許証など、必要な持ち物をバッグに入れ忘れていないか確認する。
昨日の夕方、潤さんのスマホに届いたゆうこさんからのメールには、今日のスケジュールや必要な持ち物などが事細かに記されていた。
それによると、8時過ぎにゆうこさんが車で迎えに来てくれるらしい。
いよいよ今日、私と潤さんは入籍して夫婦になる。
29年間ずっと慣れ親しんだ『佐野』の姓が今日から『三島』に変わるなんて、なんだかまだ信じられない気持ちだ。
入社してからついこの間までは、潤さんから『佐野』と呼ばれ、私も潤さんを『三島課長』と呼んでいたのに、今は名前で呼び合っているのも不思議な気がする。
8時前には準備を終え、一緒にコーヒーを飲みながら迎えを待っていると、潤さんはソワソワしながら何度も時計を見た。
「落ち着かないなぁ……」
「うん、緊張しちゃうね」
「入籍したら志織も『三島』になるんだもんな。ずっと『佐野』って呼んでたから、なんかちょっと変と言うか、不思議な感じがする」
「私も同じこと考えてた」
私たちはやっぱり考えることがよく似ているようだ。
「そういえば……有田課長に連絡した?」
「うん、今日と明日の2日間、有給にしてもらった」
火事があって近々引っ越すことは金曜日に話していたけど、急遽今日に決まったので有給を取らせて欲しいと私が言うと、有田課長は『明日は通院日なんだろ?ついでに明日も有給取ったらどうだ?』と言って、2日間有給が取れるようにしてくれた。
「志岐たちにも連絡しといたよ。今日は出かけるから、志岐たちが来るより帰りが遅くなるかもって言っておいた」
伊藤くんたちには今日入籍することをまだ話していない。
夕方に会って「今日入籍したよ」と突然言ったら、みんなビックリすることだろう。
コーヒーを飲み終えてカップを片付け終わるのと同時にチャイムが鳴り、二人とも思わず背筋が伸びる。
新しいコートを着ておそろいのマフラーを巻くと、潤さんはニコニコしながら私の頬にキスをした。
「かわいい。よく似合うよ」
「ありがとう。潤さんも素敵」
恥ずかしげもなくお互いを誉め合いながら廊下を歩き、玄関のドアを開ける。
「おはようございます」
ゆうこさんが丁寧にお辞儀をしたので、私たちも慌てて深々と頭を下げる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
玄関の鍵をしめて、ゆうこさんの車の後部座席に乗り込んだ。
「では早速参りましょうか。時間に限りがありますので、滞りなく事を運ぶために、まずは役所に婚姻届をもらいに行きましょう」
ゆうこさんの運転で役所に着くと、ちょうど業務開始時間になるところだった。
「わたくしが窓口に行ってきますので、このまま少しお待ちくださいね」
これは怪我をしている私たちへの気遣いなのだろう。
ゆうこさんは車を降りて役所の中へ入り、しばらくすると婚姻届用紙を手に戻ってきた。
「ではこれから志織さんのマンションに向かいます。志織さん、住所を教えていただけますか」
マンションの住所をカーナビに入力するのかと思ったら、ゆうこさんは住所を聞いただけでカーナビに触れることすらせず車を発進させた。
「カーナビ使わないんですか?」
「ええ、一応ついてますけど、ここを曲がれとか何百メートル先だとか、わかりきったことを言うのがうるさいので苦手なんです。知らない土地ですと地図を見て道を確認するくらいはしますが、ナビ機能は使いません。最短ルートを走るなら、わたくしの記憶の方がたしかですから」
「そうなんですね……」
ゆうこさんの頭の中には完璧な地図も搭載されているようだ。
一度でも行ったことのある場所はもちろん、行ったことのない土地でも、出発前に地図で確認すれば目的地までのルートは完璧に頭に入っているらしい。
それにしてもゆうこさんの運転はとても滑らかで乗り心地がいい。
潤さんのお父さんが『プロのドライバーより運転がうまい』と言っていただけはある。
「志織さんのマンションは玲司のマンションのすぐ近くなんですね」
ゆうこさんは前を向いてハンドルを握りながら呟いた。
瀧内くんの母親であるにもかかわらず、ゆうこさんの口から『玲司』と言う名前が出てきたのは初めてのような気がする。
「はい、詳しい場所までは知らないんですけど、最寄り駅が同じなので駅で会ったことがあります」
奥田さんとフルーツパーラーでお茶をした帰りに駅で会って、私が落とした切符を瀧内くんが拾ってくれたことを思い出した。
たしか私、あのとき『チョロい』って言われたっけ。
「玲司は就職を機に一人暮らしを始めたんですが、わたくしはその部屋に一度も行ったことがないんです」
「えっ、一度もですか?」
「用があるときは外で会いますので、部屋に行く必要がないんです。お互いのプライベートには立ち入らないことになっているので、玲司が中学生になった頃から、わたくしは玲司の部屋に入ったことがありません」
瀧内くんらしいとは思うけど、親子でそこまで線引きしなくてもいいんじゃないか……?
葉月の作ってくれたシチューの残りとトーストで朝食を済ませ、判子や免許証など、必要な持ち物をバッグに入れ忘れていないか確認する。
昨日の夕方、潤さんのスマホに届いたゆうこさんからのメールには、今日のスケジュールや必要な持ち物などが事細かに記されていた。
それによると、8時過ぎにゆうこさんが車で迎えに来てくれるらしい。
いよいよ今日、私と潤さんは入籍して夫婦になる。
29年間ずっと慣れ親しんだ『佐野』の姓が今日から『三島』に変わるなんて、なんだかまだ信じられない気持ちだ。
入社してからついこの間までは、潤さんから『佐野』と呼ばれ、私も潤さんを『三島課長』と呼んでいたのに、今は名前で呼び合っているのも不思議な気がする。
8時前には準備を終え、一緒にコーヒーを飲みながら迎えを待っていると、潤さんはソワソワしながら何度も時計を見た。
「落ち着かないなぁ……」
「うん、緊張しちゃうね」
「入籍したら志織も『三島』になるんだもんな。ずっと『佐野』って呼んでたから、なんかちょっと変と言うか、不思議な感じがする」
「私も同じこと考えてた」
私たちはやっぱり考えることがよく似ているようだ。
「そういえば……有田課長に連絡した?」
「うん、今日と明日の2日間、有給にしてもらった」
火事があって近々引っ越すことは金曜日に話していたけど、急遽今日に決まったので有給を取らせて欲しいと私が言うと、有田課長は『明日は通院日なんだろ?ついでに明日も有給取ったらどうだ?』と言って、2日間有給が取れるようにしてくれた。
「志岐たちにも連絡しといたよ。今日は出かけるから、志岐たちが来るより帰りが遅くなるかもって言っておいた」
伊藤くんたちには今日入籍することをまだ話していない。
夕方に会って「今日入籍したよ」と突然言ったら、みんなビックリすることだろう。
コーヒーを飲み終えてカップを片付け終わるのと同時にチャイムが鳴り、二人とも思わず背筋が伸びる。
新しいコートを着ておそろいのマフラーを巻くと、潤さんはニコニコしながら私の頬にキスをした。
「かわいい。よく似合うよ」
「ありがとう。潤さんも素敵」
恥ずかしげもなくお互いを誉め合いながら廊下を歩き、玄関のドアを開ける。
「おはようございます」
ゆうこさんが丁寧にお辞儀をしたので、私たちも慌てて深々と頭を下げる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
玄関の鍵をしめて、ゆうこさんの車の後部座席に乗り込んだ。
「では早速参りましょうか。時間に限りがありますので、滞りなく事を運ぶために、まずは役所に婚姻届をもらいに行きましょう」
ゆうこさんの運転で役所に着くと、ちょうど業務開始時間になるところだった。
「わたくしが窓口に行ってきますので、このまま少しお待ちくださいね」
これは怪我をしている私たちへの気遣いなのだろう。
ゆうこさんは車を降りて役所の中へ入り、しばらくすると婚姻届用紙を手に戻ってきた。
「ではこれから志織さんのマンションに向かいます。志織さん、住所を教えていただけますか」
マンションの住所をカーナビに入力するのかと思ったら、ゆうこさんは住所を聞いただけでカーナビに触れることすらせず車を発進させた。
「カーナビ使わないんですか?」
「ええ、一応ついてますけど、ここを曲がれとか何百メートル先だとか、わかりきったことを言うのがうるさいので苦手なんです。知らない土地ですと地図を見て道を確認するくらいはしますが、ナビ機能は使いません。最短ルートを走るなら、わたくしの記憶の方がたしかですから」
「そうなんですね……」
ゆうこさんの頭の中には完璧な地図も搭載されているようだ。
一度でも行ったことのある場所はもちろん、行ったことのない土地でも、出発前に地図で確認すれば目的地までのルートは完璧に頭に入っているらしい。
それにしてもゆうこさんの運転はとても滑らかで乗り心地がいい。
潤さんのお父さんが『プロのドライバーより運転がうまい』と言っていただけはある。
「志織さんのマンションは玲司のマンションのすぐ近くなんですね」
ゆうこさんは前を向いてハンドルを握りながら呟いた。
瀧内くんの母親であるにもかかわらず、ゆうこさんの口から『玲司』と言う名前が出てきたのは初めてのような気がする。
「はい、詳しい場所までは知らないんですけど、最寄り駅が同じなので駅で会ったことがあります」
奥田さんとフルーツパーラーでお茶をした帰りに駅で会って、私が落とした切符を瀧内くんが拾ってくれたことを思い出した。
たしか私、あのとき『チョロい』って言われたっけ。
「玲司は就職を機に一人暮らしを始めたんですが、わたくしはその部屋に一度も行ったことがないんです」
「えっ、一度もですか?」
「用があるときは外で会いますので、部屋に行く必要がないんです。お互いのプライベートには立ち入らないことになっているので、玲司が中学生になった頃から、わたくしは玲司の部屋に入ったことがありません」
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