社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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Accidents will happen

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だけど目を閉じると潤さんの顔ばかりが浮かび、気がつくと涙が溢れて、体は疲れているはずなのになかなか寝付けなかった。
今頃潤さんはどうしているだろうとか、潤さんも少しは私のことを考えてくれたりするだろうかなどと思いながら何度も寝返りを打つ。
なんとか眠ってしまおうと備え付けの冷蔵庫からビールを出して飲んでみたりもしたけれど、寝付くどころかますます目が冴えて、余計に寂しくなってしまった。
あまりの寂しさに耐えきれず、せめて声だけでも聞けたらとスマホを握りしめた。
しかし画面に映る時計を見て真夜中であることに気付き、きっと今頃潤さんは夢の中だろうからやめておこうと思い直して再びベッドに潜り込んだ。
もういい大人なんだから、『寂しい』なんて言う理由で甘えて、別れた相手を困らせてはいけない。
あのとき私が潤さんを引き留めて、『別れたくない』とか『結婚する』とハッキリ言い切ることができていれば、そんな甘えもきっと許されただろう。
だけど私はそれができなかったのだから、たいした用もないのにいまさら電話なんかしたって、潤さんにとっては迷惑なだけだ。 

「会いたい……。寂しいよ……潤さん……」

声に出して素直な思いを口にすると、また涙が溢れて嗚咽がもれる。
私は枕に顔を埋めて泣きながら、いつの間にか眠っていた。


出張2日目も支社での会議に始まり、そのあと初日とは別の工場と販売店の視察に駆けずり回った。
夜にはクタクタになってホテルに戻り、またなかなか寝付けないまま、潤さんを想って泣きながら眠る。
最終日の朝にはさすがに疲れ果て、少しでも気を抜くと倒れてしまいそうになりながらも、なんとか気を引き締めて仕事をこなした。
昼過ぎには出張中に課せられていたすべての仕事を終え、満身創痍で新幹線に乗り込んだ。
ぼんやりと車窓からの景色を眺めながら、やっぱり潤さんのことばかり考えていた。
潤さんが好きだから一緒にいたい。
私の望みはただそれだけなのに、先のことを考えるとそんな単純なことでは済まされない。
顔を見ればきっとまたつらくなるとわかっているのに、潤さんに会いたくてどうしようもない。
いっそもう二度と会えないくらい遠くへ行ってしまえたら、あきらめがつくのかも知れない。
だけどもし本当に潤さんに会えなくなったとしたら、私はその寂しさに耐えられるだろうか。
そう思っている今でも、潤さんに会いたくてしかたがないのに。


会社の最寄り駅に着いた頃には日が傾き始めていた。
プラットホームの時計の針は、4時を少しまわったところを指している。
会社に戻ったら帰社報告をして、出張中の資料をまとめておかなければならないので、遅くまで残業することになるだろう。
私の体は自宅に帰りつくまで持つだろうか。
ずっしりと重い荷物を肩に掛け、寝不足と疲労でフラフラになりながら駅のホームを歩く。
改札へ向かう階段を下りようとしたとき、強く射し込んでくる西陽の眩しさにめまいがした。
一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、頭から血の気が引き、次の瞬間には視界が真っ暗になる。
身体中の力が抜け、自分の体重が支えきれなくなった足がふらついた瞬間、電車から降りた乗客の波に押され、私の体は前のめりに倒れる。
一瞬宙に浮いた体は重力に抗う暇もなく、そのまま長い階段を転げ落ちた。
周囲からあがった悲鳴がやけに遠くに聞こえた。


薄れていく意識の中で、悲しそうにうつむいた潤さんが『俺のこと、きらいになった?』と問い掛けた。

潤さん、大好き。
大好きだから、離れたくない。
ずっと一緒にいたいの。




「聞こえますか!」

肩を叩かれ、大きな声でそう尋ねられてまぶたを開くと、ヘルメットと白衣を着用した人たちが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
一体何が起こったのだろうと驚きながら起き上がろうとすると身体中に痛みが走り、白衣の人たちに「動かないで」と止められる。

「駅の階段の一番上から落ちて意識を失っていたんですよ。頭を強く打っている可能性があるので動かないでください。これから病院に搬送します」

ああ……思い出した。
私は電車を降りて会社に戻るところだったんだ。
階段を下りようとしたらめまいがして倒れそうになったところまでは覚えているけれど、そのあとの記憶はなかった。
ただひとつだけ覚えているのは、ひどく悲しそうにうつむく潤さんの顔だけだった。
どうやら私は階段を転げ落ちてしまったらしい。
道理で身体中が痛いはずだ。 

それから救急隊員に担架で運ばれ、救急車の中で名前や年齢、倒れたときの状況などを簡単に質問された。
救急隊員は私の脈拍や体の外傷などを調べたりしたあと、受け入れ先の病院の手配をしている。

「私、出張の帰りでして、会社に戻りたいんですけど……」

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