社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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ぐずぐずしないで ~準備はいいか~

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「えっと……今夜は帰らないでっていうのは、そういう意味で言ったわけじゃないんですか?」

私が恥を忍んで尋ねると、潤さんは慌てて首を横に振った。

「いやっ、そうじゃなくて……そりゃまぁ、ずっと前からそういう願望がないと言ったら嘘になるけど……って言うか、あるよ?正直言うとめちゃくちゃあるけど……」

ずっと前からそんなことを思われていたのかと思うと急に恥ずかしくなってしまい、顔だけでなく身体中が熱くなる。

「そんなこと考えてたんですか……」
「だってほら、好きな子に触れたいとか、キスしたいとか抱きしめたいって思うのはどうしようもないって言うか……。でもやっぱり、こういうことはちゃんとしたいなと……」
「ちゃんと?」
「酒の力を借りて後先考えずにしたとか思われたくないし、まさか今日こんなことになるとは思ってなかったから、なんの準備もしてないし……」

準備ってなんだ?
二人の初めての夜はきれいな夜景の見えるおしゃれなホテルを予約して、とか?
私はそんなことにはこだわらないけど、潤さんは意外と気にするタイプ?

「えーっと……私はあんまり気にしないんですけど……潤さんがそう言うなら」

私がそう言うと、潤さんは首をかしげて何か考えるそぶりを見せた。
あれ……?私、また何かおかしなことを言ったのかな?

「気にしないって……。志織、ホントに意味わかってる……?」
「えっ?初めての夜は何か特別感を出したいとか、そういうことじゃないんですか?」

思った通りに答えると、潤さんはため息をついた。

「それもいいんだけど、そういうことじゃなくて…………子どもは結婚してから欲しいなと……」
「えっ?!あっ……はい……」

さすがの私も、潤さんの言わんとしていることを察した。
つまりあれだ。
そう、まさしくアレだ。
準備していないものの意味がわかると、その意味を勘違いして『気にしない』と言ってしまったことが無性に恥ずかしくなり、思わず両手で顔を覆った。
とにかく恥ずかしい……。
いや、それ以前に、潤さんが我慢しようとしているのに、私が無理に迫っていたようで、それが余計に恥ずかしい。

「志織……?」
「恥ずかしいから見ないでください。はしたないとか思ってるんでしょ?」

顔を覆ったままうつむくと、潤さんはおかしそうに笑いながら私を抱きしめた。

「はしたないなんて思わないよ。かわいいなぁ……。今夜は一緒にいられるだけでいいって思ってたけど……やっぱり我慢するの無理かも」
「えっ?いや、だってさっき……」
「うん。だからちょっとだけ時間くれる?」


それから潤さんは私に、『ちょっと出てくるから、良かったらその間にシャワー使って』と言って外出した。
シャワーを使ってと言われたって、着替えもメイク落としも基礎化粧品も持っていない。
それにまだ潤さんの前で素顔をさらすのは抵抗がある。
どうするべきかと悩みながらウロウロしている間に、潤さんが帰ってきた。
てっきりコンビニにでも例のブツを調達に行ったのかと思っていたのに、潤さんは手ぶらだった。

「あれ?シャワー浴びなかったの?」
「お借りしようかと思ったんですけど……着替えとか化粧品とか、なんの準備もないのは私も同じでして……」
「あっ、そうか……」

潤さんは洗面台の下の引き出しを開けて何かを確認すると、「ああ、やっぱり」と呟いた。

「近所に24時間営業のドラッグストアがあるから、買い物に行こう」
「えっ、今からですか?」
「歯ブラシの買い置きがなかったような気がしてたんだ。歯も磨けないなんていやだろうからコンビニに買いに行こうと思って財布取りに戻ったんだけど、ついでだからシャンプーとか化粧品とか、志織が泊まるのに必要なもの買いに行こう」

歯ブラシの心配をして戻って来たと潤さんは言うけれど、それでは今までどこで何をしていたのかが気になる。
潤さんはリビングで鞄から財布を取り出し、私の手を引いて家を出た。

それから歩いて5分ほどでドラッグストアに着き、シャンプーや洗顔料、化粧品など必要なものをあれこれと買い物かごに入れた。
ドラッグストアと言うのは便利なもので、薬や衛生用品だけでなく、日用品に食料品、お酒、そして種類は少ないけれど下着まで売っている。
その中から自分に合うサイズのものをひとつ選び、下の方に隠すようにしてかごに入れた。
潤さんはコーヒーと牛乳と台所用洗剤が切れかけていると言って別の売り場に行っているので、隣で見られているわけではないけれど、一緒に来て下着を買うのはなんとなく恥ずかしい。
必要なものが揃ったので潤さんを探していると、潤さんはすでにレジで会計を済ませたあとだった。

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