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覚悟を決めろ!
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「あー、なるほど。下坂課長補佐の好きな人はそういう人なんだ。そう言えば三島課長は浮いた噂がないね。好きな女性のタイプとかあるの?」
有田課長が三島課長の方を見ながら尋ねた。
下坂課長補佐はハンターのような目をして三島課長を見つめている。
「俺は……頑張り屋で裏表がなくて、いつも自分より人の心配ばかりしていて、料理が上手で、すごく鈍感だけど自然に人を気遣える優しい人が好きです」
好きなタイプと言うと『優しい』とか『かわいい』とか『笑顔が素敵』とか、無難で大雑把なものだと思っていたけれど、三島課長の好みのタイプはずいぶん具体的だ。
それに鈍感な人が好きなんて珍しい。
……いや、待てよ。
よく考えたら今は『偽婚約者作戦』の真っ最中なのだから、好きな女性のタイプを聞かれたら偽婚約者の私の話をするはずだ。
と言うことは、もしかしてこれは私のことを言っている?
私ってそんなに鈍感なのか……?
どこからどこまでが芝居なのか、もしかすると全部が芝居なのかはわからないけれど、三島課長は私のことをそんな風に思っているらしい。
これが本心なら『すごく鈍感』以外は嬉しいのだけど、三島課長には好きな人がいるのだと思うと少し落ち込む。
それでも今は私が三島課長の婚約者なんだからしっかりしなければと、水割りを煽って自分を奮い立たせた。
「へぇ……ずいぶん具体的だね。好きなタイプというより、好きな人がそんな人なのかな?じゃあ順番に聞いていこうか。佐野主任は?」
まさか自分までそんなことを聞かれるとは思っていなかったので焦ってしまい、口に含んでいた水割りを吹き出しそうになった。
「えっ、私もですか?」
「当然じゃーん!いつも仕事の話ばっかりしてるんだから、たまには一緒に恋バナとかしてみようよ。佐野主任の好きな人がどんな人なのか知りたいし」
有田課長は楽しそうに笑いながら、「さあさあ早く言え」と私を急かす。
「うーん……。好きなタイプとか、基本的にそういうのはないんですけど……彼は誰に対しても分け隔てなく優しくて、細やかな気遣いのできる心の広い人だと思います。でもたまにそれを好意だと勘違いさせてしまったりもするから、優しすぎるところが長所でもあり短所でもあるとは思うんですけど」
私が思いつく限りの三島課長の人柄を言葉にすると、有田課長は私の顔を見てニヤーッと笑った。
「へぇー……。そういう人が好きなんだ。佐野主任の好きな人は、言うなれば『超絶いい人』だね」
「そうなんです、まさに超絶いい人…………えっ?!」
偽婚約者作戦のことは有田課長には話していないのに、まさか今ので三島課長のことだと気付かれた?!
有田課長は楽しそうに笑いながら目の前の枝豆に手を伸ばした。
やっぱりこの人は侮れない。
今の私の言葉を聞いた三島課長本人はどう思っているのだろうと、横目でそっと様子を窺うと、三島課長は険しい顔をしてウーロン茶のグラスを握りしめていた。
……偽婚約者の芝居ではなく、今のが私の本心だって気付いてない……?
おそらくそれどころじゃないのだろう。
ホッとして顔を上げると、瀧内くんが私の方をチラッと見てニヤッと笑った。
あっ……これはきっと、瀧内くんが仕掛ける合図だ。
瀧内くんは右の口角を上げて、身震いするような冷たい笑みを浮かべている。
「下坂課長補佐、僕の話も聞いてもらえます?」
「なあに、また恋愛相談?」
「僕、1年半くらい付き合ってる5つ歳下の彼女がいるんですけど……最近親が早く所帯を持てってうるさいんです。でも彼女はまだ若いし、お金遣いが荒くて人付き合いのルーズな彼女との結婚はちょっと考えられなくて」
「あら、そうなの?」
「もともと彼女とは、すごく好きで付き合い始めたと言うわけではないんです。僕はよく覚えてないんですけど、飲み会で酔った弾みで一線を超えてしまったらしいんですよね。でも彼女は僕のことが好きだって言うし、なかったことにするわけにもいかず付き合い始めたと言う感じで」
瀧内くんは歳下の小娘が嫌いだし、おそらく瀧内くんが最も嫌いそうな話だから、これが嘘だと言うことはすぐにわかる。
下坂課長補佐は瀧内くんが罠を仕掛けにきたとも知らずに、楽しそうに話を聞いている。
「それでね……最近見つけたんです、結婚にちょうどいい相手。歳上で役職就きで高給取りで。だけど婚約者がいるらしいんですよね」
瀧内くんの話を聞いているうちに、下坂課長補佐の表情が少し歪み始めた。
……そうか、これは三島課長と付き合っていたときの下坂課長補佐の話なんだな。
瀧内くんが言う『彼女』の性格は下坂課長補佐のことで、なれそめや彼女に対する気持ちは三島課長のもの、自分の立場を下坂課長補佐に当てはめているらしい。
これが事実なら、下坂課長補佐は酔った三島課長にありもしない肉体関係の責任を取らせる形で付き合い始めたんだ。
そして結婚しようと言い寄ってきた上司と結婚したのではなく、婚約者から上司を略奪したと言うことか。
有田課長が三島課長の方を見ながら尋ねた。
下坂課長補佐はハンターのような目をして三島課長を見つめている。
「俺は……頑張り屋で裏表がなくて、いつも自分より人の心配ばかりしていて、料理が上手で、すごく鈍感だけど自然に人を気遣える優しい人が好きです」
好きなタイプと言うと『優しい』とか『かわいい』とか『笑顔が素敵』とか、無難で大雑把なものだと思っていたけれど、三島課長の好みのタイプはずいぶん具体的だ。
それに鈍感な人が好きなんて珍しい。
……いや、待てよ。
よく考えたら今は『偽婚約者作戦』の真っ最中なのだから、好きな女性のタイプを聞かれたら偽婚約者の私の話をするはずだ。
と言うことは、もしかしてこれは私のことを言っている?
私ってそんなに鈍感なのか……?
どこからどこまでが芝居なのか、もしかすると全部が芝居なのかはわからないけれど、三島課長は私のことをそんな風に思っているらしい。
これが本心なら『すごく鈍感』以外は嬉しいのだけど、三島課長には好きな人がいるのだと思うと少し落ち込む。
それでも今は私が三島課長の婚約者なんだからしっかりしなければと、水割りを煽って自分を奮い立たせた。
「へぇ……ずいぶん具体的だね。好きなタイプというより、好きな人がそんな人なのかな?じゃあ順番に聞いていこうか。佐野主任は?」
まさか自分までそんなことを聞かれるとは思っていなかったので焦ってしまい、口に含んでいた水割りを吹き出しそうになった。
「えっ、私もですか?」
「当然じゃーん!いつも仕事の話ばっかりしてるんだから、たまには一緒に恋バナとかしてみようよ。佐野主任の好きな人がどんな人なのか知りたいし」
有田課長は楽しそうに笑いながら、「さあさあ早く言え」と私を急かす。
「うーん……。好きなタイプとか、基本的にそういうのはないんですけど……彼は誰に対しても分け隔てなく優しくて、細やかな気遣いのできる心の広い人だと思います。でもたまにそれを好意だと勘違いさせてしまったりもするから、優しすぎるところが長所でもあり短所でもあるとは思うんですけど」
私が思いつく限りの三島課長の人柄を言葉にすると、有田課長は私の顔を見てニヤーッと笑った。
「へぇー……。そういう人が好きなんだ。佐野主任の好きな人は、言うなれば『超絶いい人』だね」
「そうなんです、まさに超絶いい人…………えっ?!」
偽婚約者作戦のことは有田課長には話していないのに、まさか今ので三島課長のことだと気付かれた?!
有田課長は楽しそうに笑いながら目の前の枝豆に手を伸ばした。
やっぱりこの人は侮れない。
今の私の言葉を聞いた三島課長本人はどう思っているのだろうと、横目でそっと様子を窺うと、三島課長は険しい顔をしてウーロン茶のグラスを握りしめていた。
……偽婚約者の芝居ではなく、今のが私の本心だって気付いてない……?
おそらくそれどころじゃないのだろう。
ホッとして顔を上げると、瀧内くんが私の方をチラッと見てニヤッと笑った。
あっ……これはきっと、瀧内くんが仕掛ける合図だ。
瀧内くんは右の口角を上げて、身震いするような冷たい笑みを浮かべている。
「下坂課長補佐、僕の話も聞いてもらえます?」
「なあに、また恋愛相談?」
「僕、1年半くらい付き合ってる5つ歳下の彼女がいるんですけど……最近親が早く所帯を持てってうるさいんです。でも彼女はまだ若いし、お金遣いが荒くて人付き合いのルーズな彼女との結婚はちょっと考えられなくて」
「あら、そうなの?」
「もともと彼女とは、すごく好きで付き合い始めたと言うわけではないんです。僕はよく覚えてないんですけど、飲み会で酔った弾みで一線を超えてしまったらしいんですよね。でも彼女は僕のことが好きだって言うし、なかったことにするわけにもいかず付き合い始めたと言う感じで」
瀧内くんは歳下の小娘が嫌いだし、おそらく瀧内くんが最も嫌いそうな話だから、これが嘘だと言うことはすぐにわかる。
下坂課長補佐は瀧内くんが罠を仕掛けにきたとも知らずに、楽しそうに話を聞いている。
「それでね……最近見つけたんです、結婚にちょうどいい相手。歳上で役職就きで高給取りで。だけど婚約者がいるらしいんですよね」
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……そうか、これは三島課長と付き合っていたときの下坂課長補佐の話なんだな。
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これが事実なら、下坂課長補佐は酔った三島課長にありもしない肉体関係の責任を取らせる形で付き合い始めたんだ。
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