社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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覚悟を決めろ!

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「有田課長、知ってます?社内の一部では、私と有田課長が付き合ってるって噂がたってるらしいですよ」

私が少し大きめの声でそう言うと、一番遠いテーブル席に着いていた若い女子社員たちが身をすくませた。

「えっ、俺と佐野主任が?それは初耳だな」
「ですよね。どこ情報だか知らないけど、他の部署でも噂になってるらしいです」

私が店員の運んできた氷をグラスに入れながらそう言うと、有田課長はビールを飲みながら少し考えるそぶりを見せた。

「あー……でも、それもありかも」
「はぁっ?」

有田課長の予想外の返事に、私は思わず大声をあげた。
ここで有田課長が否定してくれないと、話がややこしくなってしまう。

「佐野主任ならまったく知らない仲じゃないから、めんどくさくないし」
「そうじゃなくて!そこは否定してくださいよ!まったく知らない仲じゃないってなんですか!会社の上司と部下ってだけで、噂になるような仲じゃないでしょう!」
「今まではな。でもこれからそんな仲になってもいいかなーと思ったんだけど……佐野主任的には無し?」

そんな仲ってどんな仲だ?!
私にとって有田課長は上司でしかないと言うのに、余計に周りに誤解を与えるようなことを言わないで欲しい。

「無しです、絶対に無しです!適当なことを言わないでくださいよ!」
「結婚には適当な相手かと思ったんだけど……佐野主任が無しと言うなら無しだな」
「当たり前です。これからも良き上司でいてください」

なんとか噂を否定できたような、余計に誤解を生んでしまったような、微妙な結果になってしまった。
さすがに瀧内くんのようにはいかないかと思いながら、何気なく二課の方に目をやると、なぜかこちらを見ていた三島課長と目が合う。
私が戸惑っていると、三島課長は目をそらしてグラスのビールを勢いよく飲み干した。
そして透かさず下坂課長補佐が空いたグラスにビールを注ぐ。
三島課長はまた注がれたばかりのビールを喉に流し込んだ。
三島課長って、こんな飲み方をする人だったっけ?
私の記憶の中では、一緒に飲んでいる人の話を聞きながらニコニコ笑ってゆっくりお酒を飲む人と言うイメージなのだけど、今日の三島課長の飲み方はまるでやけ酒のようだ。
仕事で何かいやなことでもあったのかなと思ったけど、仕事の憂さをお酒で晴らすような人でもない気がする。
あの超絶いい人の三島課長が険しい顔をしてお酒を煽るなんて、ただごとではない。
一体どうしたんだろう? 
三島課長のことは気になるけれど、よその課にばかり気をとられているわけにもいかない。
生産管理課の歓迎会に出席しているのだから、自分の課の部下たちと親睦を深めないと。
そう思っていると、三島課長が席を立って店の外に出ていくのが見えた。
早いペースで飲みすぎてしまったのか、顔色も悪くなんだか具合が悪そうだ。
大丈夫だろうかと心配していると、下坂課長補佐が後を追おうとしているのを制して、瀧内くんが席を立つ。
そして私に向かって目配せをして、店の外に出た。
今の合図はなんだったんだろうと気にしながらお酒を飲んでいると、ポケットの中でスマホの通知音が鳴った。
確認してみると瀧内くんからのトークメッセージだった。

【今ちょっと外に出られますか?ついでに水を一杯お願いします。そっと出てきてくださいね】

水を一杯……?
そうか、三島課長に水を飲ませるつもりなんだ。
なぜそっと出なければならないのかはわからないけれど、やっぱりかなり具合が悪いのかも知れない。
私は電話がかかってきたふりをして、「少し外しますね」と言って席を立つ。
座敷を出て出入り口の手前で通りかかった店員を呼び止め、「大きめのグラスでお冷やをください」とお願いした。
そして水がなみなみと注がれたグラスを店員から受け取り、店のドアをそっと開ける。
三島課長は順番待ちの客用に用意された店先の長椅子で、膝の上に肘をつき両手で頭を支えるような格好をして、こちらに背を向けて座っている。
瀧内くんはそのすぐそばに立っていた。
私の姿に気付いた瀧内くんは、人差し指を唇にあてて、『静かに』と言うゼスチャーをした。
どうやら三島課長は私がすぐ後ろにいることに気付いていないらしい。

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